メルヴィル編 上
「あー、うぅぅ…お腹すいたの…」
「あ、ちょうちょだ! ちょーおーちょー! まってよー!」
常春の国メルヴィル。
メルヴィルは、千年前の事件があった後もなお、竜を神と崇め、国民のほとんどがメルヴィル教という教えを信じている、一風変わった国だった。
未だに竜と共生をしている村落がある、という噂も囁かれており、竜を崇める一方、魔獣に対しての考え方が異常に傾倒していることも有名で、魔獣とはすなわち、人と竜を破滅させるために、邪神より遣わされた存在である、と考えられていた。
魔獣の出現した当時から続く冒険者組合…通称ギルドと呼ばれる、人への魔獣被害を未然に防ぐことを目的とした組織が、各国より先んじて設立されたのは、そういった背景がある。
「あの、後ろのお二人は、大丈夫ですか…?」
そのギルドの受付に座る女性は、討伐依頼を受けにやってきた、三人のうちの一人に、そう訪ねた。
「ご心配おかけしますです。こう見えて、ふたりとも、ただお腹が空いているだけなのですよ」
「でも…」
受付嬢が、明らかに困惑の表情を浮かべるのも無理はない。お腹がすいたと、今にも倒れそうな少女はまだいい。その後ろに見えている短髪の少年は、室内だというのに、いるはずのない蝶を追いかけているのだ。
まともな会話すらできない二人を引き連れた、銀髪の少女もまた、困ったような顔をしていた。
「言いたいことは、察するです。特に、蝶を追いかけている方は、気にしないで欲しいのです。幻覚が見えるほど、お腹を空かせているのもあるですが、基本、アホの子なので」
「はぁ…」
「と、いうわけで私たちは、お仕事を探しているのですよ。着手金がもらえる仕事が望ましいのです」
「着手金ですか…」
受付嬢は、言い淀んだ。
魔獣討伐の依頼には、その魔獣の強さや、想定される難易度に応じてランク付けがされる。依頼を受ける者もまた、個人に与えられるギルドランクや、登録しているパーティー単位でのパーティーランクが存在し、実績やそれまでの依頼の遂行状況によって、ランクFから始まり、E、D、C、B、Aランクと上がっていく。
この制度の主な目的は、依頼の受理者に対しての安全を確保することにある。依頼は、人手が足りない場合や、依頼者から直接指名された場合を除けば、同ランクもしくは、同ランク以下の依頼を受けることしか認められていない。
報酬額は依頼内容の難しさに比例する。数ある依頼の中で、報酬の他に着手金が払われる依頼というのは、難度の高いBランク以上の依頼でしか見られない。
受付嬢には、目の前の三人が、Bランク以上には到底思えなかった。
「それでは、ギルドカードをお見せいただけますか?」
しかし、これも仕事である。
受付嬢たるもの、魔獣討伐を志すギルドパーティーには、誠意を以て、マニュアル通りの対応をしなければならない。
「はい、どうぞなのです」
「…!?」
差し出されたギルドカードを見て、受付嬢は驚きのあまり、絶句した。
「いただきますなの!」「いっただっきまーす!」
着手金を受け取った三人が真っ先に向かったのは、町外れにある食堂だった。
「ふたりとも、ゆっくり味わって食べるのですよ。そして、満腹中枢を刺激して、食費を少しでも抑えるです」
「もぐもぐもぐ!」「あむあむあむ!」
「はぁ…いただきますです」
全く話を聞いていない二人を見て、銀髪の少女はため息を吐きながらも、幸せそうに食べる姿を見ると、つい笑顔が浮かんできてしまう。
その優しげな笑顔も、見る間に消えていく食材を見れば、自然と引きつろうというものだが。
「おじさーん、おかわりなの!」
「ぼくも、このでっかい肉、おかわり!」
(町外れで移動は面倒ですが、事前のリサーチ通り、値段もお手頃で盛りがいいお店を選んで、やっぱり正解だったのです)
次々と運ばれてくる料理と、直ぐに空になる食器を見ながら、いつものことなのです、と引きつった笑みを戻した少女は、自らの判断が正解だったことを確信し、テーブルの下で小さくガッツポーズをした。
「もぐもぐ…そういえばヴィオラちゃん、結局どんな依頼を受けたのー?」
「ヒカリちゃん、その質問はギルドにいる時にして欲しかったのですよ…」
ヴィオラと呼ばれた、赤い法衣を着た銀髪の少女は、目を細めながらそう非難した。
「えへへ、ごめんね」
小柄な身体に似合わず、周りにいる大柄の男にも負けないほど大量の料理を平らげる、長い蒼髪の少女…ヒカリは、はにかむように笑った。
服に法衣らしい装飾が施されているヴィオラとは対照的に、ヒカリは白と青を基調とした、比較的動きやすそうな服装だ。
「まあまあヴィオラ、そのへんで許してあげようよ」
「どうして他人事なのですか、アルちゃんもなのですよ!」
「やぶへびだった!」
先ほど、室内で舞う蝶の幻覚を見ていたのは、アルフレッド。一人称がぼくで、茶色の髪を短めに切り揃えている外見から誤解されがちだが、こちらも少女である。
服装はヒカリよりも、更に動きやすさを重視した出で立ちで、腿に巻かれたホルスターが、よりボーイッシュな雰囲気を醸し出していた。
「今回は、いつもとは少し違った依頼なのですよ。この町から北に行ったところに、山脈があるらしいのですが、そこには、突竜と呼ばれている竜がいるらしいのです」
「竜を倒しにいくの?」
「あわわわ、そんなこと言っちゃダメなのですよ、アルちゃん!」
竜を倒す。そんなことをこのメルヴィルで話しては、周りが黙っていないだろう。
「え、なんでー?」
「アルくん、ここでは、竜は神様なの。この国で、お腹いっぱいごはんを食べるには、竜はみんな大切にしなきゃなの」
「ごはん、お腹、いっぱいっ!なるほど、わかったよ!」
話してはいけない理由が、いまいち伝わっていないように感じるアルフレッドの納得の仕方だが、これもいつものこと。ヴィオラは気にせず、アルフレッドの発言が、周りには聞こえなかったことを確認してから、話を続ける。
「最近、なんだか竜の様子がおかしいみたいなのです。食事などをお供えしている人が、なかなか帰ってこなかったり、時には怪我をして帰ってくるらしいのですが、誰もその詳細を言おうとしないみたいなのです」
「なんだか、心配なお話なの…」
「ぼく、わかったよ!きっと、お供えの食べ物を、まじゅうが横取りしてるんだ!」
「そ、そうかも、しれないのですね…」
メラメラと、まだ見ぬ魔獣への闘志を燃やすアルフレッドに、ヴィオラは乾いた笑みでそう答えるしかなかった。
「とにかく、その原因の調査が今回の依頼なのです。調査報告が終われば任務完了なのですが、もし原因を排除できたら、臨時報酬がでるのです…!」
「臨時報酬…いい響きなの」
「よし、まじゅうをやっつけようね!」
やる気に満ちる二人に、どこか不安を覚えるヴィオラだったが、今この瞬間、最も気にしなければならない命題は、別にあった。
「それはそうとふたりとも、今日の寝床の確保がまだなのですよ。私の計算では、もうそろそろ、いただいたお金がなくなる頃合なのです」
「「あ…」」
(やれやれです。今日も、野宿なのですね…)
女性のみのギルドパーティーなのに、野宿に慣れすぎている現状を、ヴィオラは一人憂いた。
翌日。三人は依頼内容を果たすため、町の北にある山脈に足を踏み入れていた。
「今日はお腹がいっぱいだから、わたし、がんばるの!」
「これも、ヴィオラが食堂のおっちゃんに、交渉してくれたおかげだね!」
「まあ、結局宿屋は諦めて、野宿することになったですが」
食堂での請求額は、ヴィオラの予想通り、着手金のほぼ全てを使い切ってしまう額となった。
大量注文で店の売上に貢献したことや、今日の依頼を成功させた際には、また食堂に立ち寄ることを条件とするなど、理詰めの交渉を行ったヴィオラは、寝床を確保できるだけの差額を得ることに成功した。
しかし今日、ヒカリとアルフレッドが、お腹が空いただの、動けないだの、ちょうちょがいるだのと言い出すことが、ヴィオラには未来予知レベルで想像できたため、あえて宿屋で部屋は借りずに、値切った差額を朝食代として確保。そのため結局、昨晩は野宿となったのだ。
「でも、食堂の人がおまけしてくれたのは、ヒカリちゃんのおかげもあると思うですよ」
「え?そうかなあ?」
ヴィオラやアルフレッドも、顔立ちは整っており、系統は違えど美形である。しかし、その中でもヒカリは、庇護欲を掻き立てられるような見た目の愛くるしさと、天真爛漫な明るい性格から、男女問わずに好かれることが多かった。
彼女が時折天然で見せる、上目遣い&瞳ウルウル攻撃は、特に食堂で働く中年男性に、無類の精神的殺傷能力を誇る。
「あと、ぼくの応援も、きっと役に立った!」
「確かに、あれもかなり効果があったと思うです」
「アルくんも、がんばったの!いいこ、いいこ」
「わーい、ほめられたー!」
後ろで、ヴィオラがんばれー、と大声で値切り交渉を応援していたアルフレッドも「あんな子が必死で応援しているのに、少しもおまけしてあげないなんて」と周囲の人々をマインドコントロールすることに成功し、食堂で働くみなさんの社会的体裁を、直接脅かす効果を発揮したことも、間違いなかった。
加えて、魔獣に対抗する術がマナを操る法術である以上、男女での強さの差はそれほどないが、筋力や体力など、自力で不利のある女性だけのパーティーが、数多くあるギルドパーティーの中では希なことも、周りの目を注目させたひとつの要因だっただろう。
(若干、反則な気もするですが、今日の依頼をこなして、また食堂に行けば問題ないのです!…きっと)
おおよそ、これから竜と対峙するかもしれないという緊張感は、まるで感じられない雰囲気で、現れる魔獣を撃退しつつ、一行は山頂に向かって着々と歩を進める。
「あれ?もしかして、あそこにいるのは、人かな?」
山も半ばまで上がった頃、三人の中でも突出した視力を持つアルフレッドが、八合目ほどのあたりに人の姿を見つけた。
「もしそれが人なら、突竜に食事を運びに行った人かもしれないです。調査を進めるチャンスなのですよ」
「早速、お話を聞きにいくの!」
ヒカリの声に呼応するかのように、ヴィオラは、大きな赤い宝石を先端に冠した杖を掲げた。
「風の精霊よ、背より追いし風を吹かせたまえ…『ハイスピード・ウィンド』」
法術により、三人の周りには緩やかな風が吹き始め、徐々に集まってきた風はやがて、背中から吹き付ける強烈な追い風となった。
「ヴィオラちゃん、待ってましたなの!」
「わあ、身体が勝手に前に進むよ!たのしい!」
ただ立っているだけなのに、身体が前に進もうとするほどの風を背面から浴びて、二人は楽しそうにはしゃいだ。
「風を操り続けるのは、わりと疲れるので、早く行くですよ」
「はーい!」「りょーかいだよ!」
遠く離れていた山頂が、みるみると近づいていく。
先頭を走っていたアルフレッドが、目標の人物に近づいてスピードを緩めていくのに合わせ、ヴィオラが法術を止めた。
「ねえねえ、何してるのー?」
道端の大きな石の上で座り込み、悲しそうに俯く少女には、アルフレッドの素直な心配が伝わっただろうか。
セミロングの金髪を、年相応の可愛らしい髪留めで後ろに結った、三人よりもまだ幼く見える少女は、その声に反応してゆっくりと顔を上げた。
「あの、あなた達は…?」
「私たちは、とある用事で山頂を目指しているです。その途中であなたの姿が見えたので、少し気になって声をかけさせてもらったのですよ」
「そうでしたか、ご心配いただきありがとうございます。私は、メルヴィルの商家で給仕をしている、キズナと申します。この度、竜神様にお供物を捧げ終わり、町へ戻る途中でした」
微笑む少女の顔は、疲れからなのか、どこか無理をしているようにも感じられる。
「ひとりでここまで登ってきて、これから降りていくなんて、キズナちゃんすごいの!」
「ひとり…ええ、そうですね。はい、私はひとりです」
どこか不審な言動に、ヴィオラが違和感を感じていると、なぜかキズナの周りをくるくると走り回っていたアルフレッドが、あることに気がついた。
「キズナは、武器を何も持っていないの?せっかく、どんな武器を持っているのか、見せてもらおうと思っていたのに」
「はにゃうぅ!?」
決して疑っているわけではないアルフレッドの言葉に、少女は素っ頓狂な声をあげて驚いた。
…怪しい。
大人びた言葉遣いも、それなりに良い家柄の商家に勤めている故だろうと思っていたが、アルフレッドの指摘にわかりやすい動揺を浮かべた少女の反応は、年相応に見えた。
しかしながら、ここに来るまでの道中、一度も魔獣に遭遇しなかったとは思えない。法術の使い手だったとしても、最低限の武器や防具は身につけているべきだ。
ギルドから聞いた話でも、突竜へ食事を届けに行った人々は、その場であった出来事について、皆一様に黙秘を貫いているという。キズナという少女もまた、意図的に何かを隠していると考えたほうがいいだろう。
(ですが、直接聞くのは得策とは思えないのです。ここは、からめ手でいくですか)
ヴィオラは、町で聞いた突竜の特徴などを思い浮かべた。
「実は私たちは、竜神様にお会いするために山を登ってきたですよ。聞けば、竜神様はまるで水晶のような甲殻を身にまとっているというお話でしたので、お金に困っている私たちに、少しばかりその竜鱗をわけていただけないかと思いまして」
嘘をつくときには、追及された際の切り返しをスムーズにするために、わずかでも真実を内容に含むのが定石だ。この場合は悲しいが、お金がないことが真実である。
(ヒカリ、ぼくたちの目的って、竜のウロコを剥ぐことだったっけ?)
(違うの。でも、ここはヴィオラちゃんに任せるの)
ヴィオラの発言に驚くあまり、キズナはひそひそ話をする二人に気がついていない。
「竜神様のお体の一部を!?なんてことを考えちぇいるにょ…考えているのですか!?」
(キズナちゃん、かわいいの)
怒気を孕んだキズナの言葉ではあったが、彼女は慌てたり感情が昂ると、どうやら噛んでしまうらしく、ヴィオラの発言が嘘だとわかっているヒカリは、ほっこりとした気持ちになった。
「いえ、直接剥ぎ取ろうなんて、そんな恐れ多いことは考えていないのですよ」
「はぎっ…当然です!そんなこと、許されません!そんなことをすれば、あなた達の命はありませんよ!」
「さすがにそんなことをすれば、竜神様のお怒りを買ってしまうかもしれないのですよね」
「そうですよ!ただでさえ今の竜神様は見境がなく、供物を捧げる私たちですら命懸けだというのに、直接、なん、て?」
話しているうちに、キズナは、自分が言ってはいけないことを口にしてしまったことに気がついた。
「命懸け…?まさか、竜神様が人を襲っているのです?」
「あ…」
(ヴィオラちゃん、さすがなの!)
「え、え?なに、どういうこと?ヴィオラ、ぼくにもわかるように説明してよぉ!」
誘導尋問によって核心を喋らされたキズナは呆然とし、心の中でヴィオラを褒め称えるヒカリの横では、話のいきさつが理解できなかったアルフレッドが困惑していた。
「この国で信じられている教えには、竜は人々を守護する神だという大前提があるです。ですが今、キズナちゃんが言ったように、その神たる竜が人を襲うという事態が起きているのです。これは、メルヴィル教という教えを根本から覆すような話しですので、帰った人は口を噤み、確実に起きるであろう大混乱を、水際でなんとか防ごうとしているのですよ」
「ううぅ、私が言ったんじゃなくて、言わされたんですよぉ…」
的確な推論にぐうの音も出ず、恨めしそうな目を向けるキズナに、ヴィオラは「ごめんなさいです」と謝罪した。
「ええっと、つまり…神さまが人を襲ったから、大変だー、ってこと?」
「その通りなのです!」
なるほどね!とすっきりした表情のアルフレッド。
「うう、もうこのお話は終わりです。そんなわけですから、竜神様には近づかない方がいいです。あと、このお話は絶対に内緒にしてください…」
秘密を喋ってしまった罪の意識に、両手で顔を塞ぎ懇願するキズナだったが、話をこれで終わらせるわけにはいかなかった。
「あともうひとつだけ、教えて欲しいのです。私はキズナちゃんが、ひとりでここまで来れたとは到底思えないのです。もしかすると、今もまだ竜神様のところに、誰かが残っているのではないですか?だから、ひとりで悲しそうに、ここで項垂れていたのでは…?」
「にゃうぅぅ!もう、勘弁してくださいー!!」
それは、ヴィオラの考えが正しいことを示しているような反応だった。
「それなら、わたし達が力になれるかもしれないの!」
「…え?」
ヒカリからの提案に、ポカンとした表情のキズナ。
「そうだよ、人助けなら、ぼくたちにおまかせだよ!」
そう言って、アルフレッドがにこやかに笑った。
2018.9.4 内容の一部を変更(物語への影響無し)




