ショーダウン
カ〇ヨム投稿文をちまちまいろいろ弄っていたんですが、あんまり変わり映えせず。
悩んでもしょうもないのでとりあえず投稿。
「なんだ、これ」「魔法か!?」「こいつ、ついてくるぞ?」
それに気が付いた乗組員たちがざわめく。
彼らの胸元についている|銀色の矢印《水平面に対し斜め45度》とそれと鉛直にくるくると回っている銀環。その表面には各国語で表示が流れている。
『砲撃照準識別標 中 4593/16865』
艦艇やモーターメイデンには特大のそれがついていることは外部からも確認できた。
躁騎士たちは交戦の最中にも隊内無線で軽口をたたき合う。
『なにこれ、嫌な予感しか湧かないんだけど』『あー、なんか死の予感しかしませんねー』『あんた、のんきね」『そっちもですよね』『まぁ、覚悟しちゃってるからねぇ』『わたしも、どー死ぬのかなんてどうでもいいですし。結果同じですから』『ほんと損な性分ね』『ですねー』
多少動揺している程度。とっくの昔に覚悟が出来ている騎士たちは、肝が据わっていた。
”女は度胸”と云うのが合言葉であるくらいだから。
”銀の矢”は走ろうが、はらおうが、なにをしようがいっさい位置がずれない。しかも手ごたえもなにもない。空中に浮かぶ幻像としかいうしかない代物だった。
同時に表示されている文字には、徐々に減っていく数字もあった。ものすごく不気味である。彼らが気づくことは難しいが、その矢印/表示は正確に艦隊人員の40%にだけ付いていた。
オスカーは慄いた。
「これ、は――」
胸元でくるくる回るそれの正体を知っていた。
いったいどういう魔法/技術ならそんなことが出来るのかすらわからない、遥か古代の超技術。――剣聖騎シリーズが装備する隔絶した超未来兵器に協定で義務づけられている攻撃宣告機能。
遥か過去、先史文明では超高度に発達した戦闘兵器には事前に攻撃地点を宣告することが義務付けられており、その位置に幻像を表示するのだという。
地球人類の繁栄を極めた時代、頂点に達した超科学技術。
その全てを受け継いだ超国家組織が運用する最強兵器”剣聖騎”
――剣聖騎の攻撃からは逃げられない。
その攻撃は回避も防御も不可能。抗うことすら無駄に終わる。
なにをどうやっても。
かつて、”姉”に気楽に云われた言葉。
"まぁ、現生人類でも一万年ぐらいかければここまで到達できるかもね~"
完全自動化された専用整備設備でオーバーホールされている一騎の剣聖騎を見下ろしながら。
”普通にこれをなんとかするには正攻法的には三つくらいしかない。こーやって整備中に爆破するか、同数以上の剣聖騎をぶつけるか、戦略的勝利を目指すか。完全稼働のこいつに出会ってしまえばなんとかするのはまず不可能。なにせこいつらは、当時の人類が恐怖した**に対抗するために造られたものだからね。正攻法で戦うなら星系ごとぶっ壊すぐらいの勢いでもまだ足りない”
茶化すような言葉に、おもわず正攻法じゃない方法があるのですかと聞いた記憶がある。その答えは――
"うさぎの耳を付けたカミサマ(笑)に願うのさ。聞いてくれるかはわかんないけどね"
――銀環の表示にある文言から、脳内を検索する。辞書を開くイメージが、自分なりのやり方。
なにかを間違えれば頭が割れそうなほどの頭痛が襲ってくる。だから慎重に、細心の注意を払いながら項目を探す/思い出す。莫大な情報から拾い出される――
「”フェアウィルド条約”、これか――!」
内容を思い出し/確認していき、そして――
「は、はは……」
乾いた笑いをもらすしかなかった。その内容の意味が理解できない/したくない。
魔獣の正体、そしてなぜ今になって条約違反の懲罰行動が発生したのかを。
気が付いてしまった。条項からの逃げ道がない。
それはつまり、何もできることがない。
――剣聖騎からは逃げられない。
自分の胸に突き立った矢印と銀環――照準指標
銀環の数字表示が減少していく。あと――
仲間と自分が造ったグラディエイターは、間違いなく最高傑作だと思っている。
だが、剣聖騎と比べれば巨像とただのアリ、儚き蟷螂の斧にも劣るともわかっている。
同等の戦力なんて存在しない/夢のまた夢。抗うすべもなく、ただ駆逐されるだけ。そう判っていた/知っていた――おかしい?
オスカーは不意にそう思った。
これだけの知識を持っている/持たされたのに、俺はなぜ外に出されたのだろう?――それは、自分の境遇にたいしての初めての疑問。
門外不出とされてもおかしくない、繁栄の頂点を極めた時代の知識がある者を自由にさせている。
それだけじゃない。助けてくれた剣聖騎に憧れを感じた、それはいい。
だけれどそれで、なぜモーターメイデンを創りたいと思った?
剣聖騎を知れば知るほど現代技術では出来ないと理解しているのに。
あれは、あの組織の技術者ですらまともに理解していない超技術の遺物。それを再現したいなどと、なぜ考えた?
この”知識”は埋め込まれたもの。必要と感じた時や何らかの条件により読める百科事典のようなもの。それはいい。そういう技術があるのだと、”知識”が教えてくれる。
幼いころに助けてくれた剣聖騎を、きれいだとおもった。憧れた。
だけれども、それで、なぜモーターメイデンを造りたいとおもったんだ?
動機/その理由を、自分が憶えていないことに気が付いた。心の何かが、がらがらと崩れてくるのを感じる。
同時に思い出す。
グラディエイターの基礎設計に入れた/盛り込んだいくつもの自分でも理解できない機構と部品設計。
あの工場長ですら、理解が及ばない/わからないものを、半ば強引に盛り込んだ。
いつか必ず必要になる/拡張用の機構なのだと説明して。
確かにその時の自分は確信していたのだ。
それはおかしくないか?――なぜ?
そう問いかけてしまった。
唐突に黒髪の少女の顔と声を思い出す。
それは、彼の脳に転記された情報の中で、条件を満たした時に思い出せるメッセージ
『これを思い出したということは、あることに気づいたということだよね? うん、キミが考えていることはおおむねその通りだろう。ボクのことを恨むだろうけど、それは当然の権利だ、恨むべきだ――』
その語られることを理解した瞬間
「そういうことかよ、アイン姉っ!!!!」
オスカーはあふれ出る憎悪とともに絶叫した。
――直後、艦隊は劫火に包まれた。
★★★
『カウント 0 砲撃開始』
――莫大な光と轟音が世界を塗りつぶす。
白と朱の巨人が持つ40口径51サンチ重力加速式レールガンから発射された円筒砲弾は、白い水蒸気の尾を引きながら曲射弾道を描き、遠征艦隊直上5000メートルで256の小型円筒に分裂。
その円筒内には256の短い矢が束ねられており、円筒の局所重力加速帯により第二次加速されて射出。短い矢は、音速の三十倍というとてつもない速度で、雨のように花火のように自然曲線を描いて目標へと射出された。
『上空防御、防御魔法全開!!!』
上空の異変に、危険を直感した小隊長の怒鳴り声。
残存していたモーターメイデン十八騎は即座に従った。防御魔法を発動し、さらに分厚い装甲をもつ腕を盾とする。
モーターメイデンを覆い尽くすほどの六角形の光り輝く防御魔法が発動する。攻城級弩や発掘戦艦の主砲にも耐える防御魔法と盾による堅固な防御態勢。この世界に貫くものなしとまでうたわれる絶対防御。
だが、白熱化した極超音速の朱矢はそれらを紙のごとく貫通してみせ、何重もの装甲に守られた堅固な操縦槽に、操縦環ごと躁騎士たちを射抜いて絶命させていく。
朱矢は雨のごとく降り注ぎ、艦艇の分厚い装甲を容易く抜いて、乗組員たちを正確に貫いていく。声をあげる間すらなく落命。
あまりの威力に人間は射抜かれた瞬間、爆散。丸くくりぬかれた操縦槽には肉片すら残らない。
それだけではない。
遅れて届いた低速の貫通変形弾頭が、まだ動いている艦やモーターメイデンの動力炉補機だけを狙い澄ましたかのように命中。
命中した瞬間、弾頭が変形して貫通、直径を約10倍に拡大した弾頭が圧潰させて修復不可能な状態にさせる。補機を失った動力炉は強制安全装置が作動して停止する。
"制御機構"を破壊された魔力転換炉が非常停止する。動力を失い、モーターメイデンが次々と頽れていく。
一際大きな爆発が生じる。
護衛艦のひとつが半壊した動力炉を貫かれ、大爆発を起こしたのだ。爆炎と衝撃波を盛大にまき散らしながら爆発煙が巨大なキノコ雲をつくる。
ただ一度の砲撃、それだけで連邦艦隊は戦力の40%を失った。
★★★
鈍く、強い音が操縦槽内に響く。
装甲表面に遠くからの空間衝撃波があたった音。
映像板に映る、状況映像――一変していた。
そこには黒煙をあげる艦艇、地に頽れているモーターメイデン、無数の貫通孔から黒煙を上げて擱座している母艦HMSクィーンヴィクトリアⅧ、そして大量に重なる"Hit!"と――"DEAD"の文字。
あの堂々たる威容を誇った大艦隊の無残な姿がそこに広がっていた。
「あ」その光景の意味を理解してしまう。
それは失ったということだ。上司も仲間も友も
その映像が、嘘だとは一瞬も考えなかった。――そうじゃなきゃ、この虚脱感がわからないから。
「あ、あ、あぁ……」
このあつくてつめたい胸の奥にぽっかりとあいたあな――
永遠に喪ったのだと――彼を。
「ーーーーーーーーーー!」
絶叫。
それは魂の慟哭、喪ってはならないものを失った叫び。
――それは憎悪 理不尽な運命に抗う力を望んだ者たちの剣
自分を肉壁にしてでも生き残らせようとした半身を、理不尽に失わせたモノへの、憎悪。
――それは願い 神をも殺す力を望み届かなかった者たちの嘆き
かつて理不尽と畏れに打ちひしがれ、抱いた願い
――それは希望 届かぬと知った者たちが未来へ託した種子
恐れ慄き希望にすがった者たちが、抗うためにつくりあげて後世に託した究極の戦機
少女が座す操縦槽の映像板、その片隅で激しく点滅する文字
”イグ=マクファーソン法による種族分類判定 OVEREDと認証”
――それは祈り 理不尽に抗う者たちへの贈り物
”物質転換機関全起動条件 適合 機能全解放”
慟哭は咆哮へ
その絶望は、殺意へ
――足りないというならば、全てをもってしてでも
ゆるぎの消えた意思は、己をただただその目的を果たすモノへ。
意思を、その身を、願いも絶望も思いも何もかも全てを造り変え
ゆえに至る――その位階へと
――" ”へのダイレクトリンク確立 ゲートオープン
――|想念機関《イマジナリ―・ドライブ》起動
かくして、少女は形而できぬナニカへと変貌する――
ゥィイイイイイァアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――
突如、グラディエイターが再起動する。停止していた機関が最大稼働へと。
甲高い”女幽霊の哭き声”を奏で立て、白銀の装甲が黒く染まっていく。
砕けた装甲の隙間から伸びた黒い帯状のものがまるで拘束具のように巻き付いて固まる。
上半身をがくんがくと反らしうねらせる奇妙に生物的で奇怪な動きと共に立ち上がる。
武装背嚢が落され、背中の装甲が割れて開く。内部から噴出する漆黒の何かが、背に集い黒光の翼と化す。
それは、黒き天使の巨人。
旧地球人類の叡智、カミ殺しの刃――物質転換機関の全能力を解放した真なるモーターメイデンがいまここに。
フィィイイアアアアアアアアアアゥウウウウウ――
『甲高い女幽霊の哭き声』と共に漆黒のモーターメイデンが疾った。影すら残さずに白と朱の巨人の眼前に突進し、右の手刀を叩き込む。
ィイイインンッ
甲高い水晶を弾く音をだして光壁に阻まれる。委細構わずに左の手刀/結果は同じ――手刀では足りない/届かない、ならば届くモノを造れ――!
思考と魔法展開が同時に発動。
モーターメイデンへとつながった彼女の動きはそのまま拡大されてMMの動きである。
両手を後ろに構えた。掌の空間がぶれ/ノイズが走り――
届かないというなら届くモノを/斬れぬと云うなら斬れるモノを/想定せよ、その意思を、怨念を貫くモノを/思念せよ、その理想を叶えるものを/思考せよ作れ造れ創れあらゆるものを叩き斬る概念を
――その意思/思考は、物理法則を超える。
――激震とともに空間がひび割れ、光と闇が掌に集い、両掌に形/型/作/顕現。
現われたるは、少女の絶えた望み/果たされぬ誓いをカタチにした闇よりも暗い漆黒の双刀
構え――超音速突撃/斬撃
右手の刀で撫で斬り――光壁が音を立てて割れ散った。
その狭間を左の刀で神速の突き――白朱の巨人、その頭部へと吸い込まれ
チッと装甲に掠った音――転瞬、白朱の巨人の姿が掻き消えた/大きく跳び下った。
漆黒は追撃する/手首だけで刀を投擲。
音と衝撃波を残し、姿が霞み射られた刀は、白と朱の巨人は鞘でこともなげに弾いた/弾く動きをした――一拍子の遅れ。
投擲体勢のまま漆黒は疾走突撃。
絶対の信念――殺せるか/殺すのだ――絶対に
思考は光を超えて。
白朱の巨人、その動きは手に取る様に判る。
懐に入り込み絶対にはずすことのない/必中距離にて放たれる斬撃。
絶技――双連撃
斬り上げ/薙ぎ払い/切り下げ/薙ぎ払うの四動作を絶対必中距離で行う絶技/巨人は当然のように回避
漆黒が前方に跳びながら回転切り/白朱が”威圧”、空気をも堕とす剣気が漆黒を撃ち墜とす。漆黒は地面に這いつくばる様に四肢で着地、跳ぶ。/振り落しの太刀筋が変化、横薙ぎに/横っ面をひっぱたいて打ち落し/光の粒子を曳きながら自ら跳んで威力を殺す。
息を突かぬ攻防が続く。
モーターメイデンでは到底不可能な超々高機動。
それは、彼がそれと意識しないまま組み込んだ、超駆動システムの恵み。
魔力造成された仮想筋肉帯による外部駆動機構。騎体が破損しようとも魔力顕現物質で置き換え無理矢理動かす。莫大な魔力と引き換えに
「――――っ!!!」
可聴域を超えた獣の咆哮をあげて、騎体を駆るリーア。
ヒト一人が扱える量を遥かに超えた魔力を取り込み、魔力転換炉に叩き込みながら。
殺す/殺す/殺す/殺せ/殺せ
アレを殺せと蠢く衝動のままに駆る。
一心同体、自分の身体のように動くままに、宙を蹴り、刀を振るって打ち合う。
地に足をつけたまま悠然と受けて立つ白の巨人に宙をも足場とした剣戟を叩き込む。
白の巨人の防御を突き崩せない。幾十合もの打ち合いを経て、空中より着地した瞬間、最速/神速の踏込
蹴り足による地面爆破はおろか音すら後に残し、手甲すら見せぬ突きを放つ。
音を後に残した神速の刃は、停止力場の反応よりも早く滑り込み、白と朱の巨人の胸部を貫――
指二本に挟まれて止められていた。虹色の華が盛大に跳び散らせながら。
『なるほど、至ったんだね』
白と朱の巨人から初めて声。
それは、まだ若い女、いや少女の、憐みを憐憫を悼みを、そして何よりも悲哀にあふれた、それであった。
。
『22層ある防御力場を18まで貫通。想定を超えてきたけど、まだ足りない』
リーアは聴きもせずに刃を繰った。体に隠した左腕の刀、死角からの超速の逆袈裟。
白と朱の巨人は別に避けるでもなく、肩可動装甲が動き、ぎゃりぎゃりりと総毛立つ異音をあげながら刃をいなした。
『ならば、これくらいのことは超えてみせて。貴女はその域に来ちゃったんだから』
悠然としている白と朱の巨人にむけ――リーアは咆えた。
同時に鋭い脚払い/脚を潰すようにして踏込み/それを読んで躱す。
神々しき白と朱の巨人に挑む、黒焔をまといし漆黒のモーターメイデン――それは神話の再現。
先読みが先読みを呼び、攻防一体の舞踏と化す。
打ち合う刃と装甲と力場が干渉し、緋と白と虹色が空に散り豪華絢爛。流れるように予定調和のごとく攻め躱すこと二十余合。
先に根をあげたのは――グラディエイターだった。
超速で揮った左腕から白煙が噴出。限界を超えた関節部が焼きつく。
リーアはそれが判っていたかのように冷却液と流体開放弁を開いていて敵巨人の頭部へ向かって噴出させ、視界を奪う。
完全な死角となった右腕の刀で、胸部めがけて刃を差し込み――『そんなの、甘いよ?』
――再び指先で止められていた。
「――ぅるわあああああああああっ!」
リーアはここを先途と全てのパワーを右腕に投入する。次はない。騎体もこの身体も限界をとっくに超えている。脹脛の二連魔力炉が咆哮し、大気中の、魔力炉芯と化したリーアの魔力を搾り上げ、莫大なエネルギーを発生させる。甲高い唸りをあげる熱電力変換機構から立ち上る火焔。変換しきれない排熱で大気が燃え上がっているのだ。
掛け値なしの全力全開。殺意と情と思いをもって、己を魔力回路と成す。莫大な魔力が身体の内部を灼きながら魔導機関へたたきこむ。
仲間が、彼が、思いを込めて作ったこの機体。何者にも負けぬと感じた、あの時の思い。
あの人が遺してくれた、この機体
あの人との思い出、この思慕は、決して、けっして、けっしてっ!
負けてはいけないんだからぁ!!!!!!!!
――ヒトの思いは、意思は、物理法則を超える。
盛大な、空間の絶叫を奏て、押し込まれていく切っ先。ゆっくりと少しずつ。
『お、おお?』意外そうな声が敵巨人より聞こえる。
「ああああああああああっ!!!!!」
もはやリーアは見ていない、みえていない。ただただ眼前の怨敵を殺す。
"生命の泉"が、神経が、脳が灼き切れても、仇をとる、あれを殺す!
後先を投げ捨て、命を燃やして、なにがなんでもあれを討つ。
その一心しか彼女には残っていない――
『――でも、この程度の思いじゃあ足りないよ』
停まった切っ先。動かない。軋みひとつなく。
空間に歪曲波紋が幾重にも広がり魔法干渉の火花を盛大に飛び散らせながら、なおも神話の巨人は悠然と不動。お前の力はその程度か?と云うかのように
「―――っ!!!!」
憎悪にゆがみ、獣の咆哮をあげて。
漆黒の巨人が白と朱の巨人を貫かんと挑み――なお届かない。
『残念だ、とてもとても。ほんとうに、久しぶりに到達した者がいたというのに――』
つまんだ切っ先をくいっと捻り、ただそれだけで漆黒の巨人はぶん回されて地に叩きつけられる。地を穿つ轟音、衝撃。衝撃緩衝装置では全く足りずにめちゃくちゃに振り回されてリーアは全身を強打する。
「あ、がっ……」激痛に呻きながらも、なおもリーアの闘志は薄れず、自分の身体は無視してすぐさまモーターメイデンの状態を確認する。警告灯は全点灯、だが――まだ動く、と魔力炉は訴えて/咆哮している。
立ちあがる――関節機構を絶叫、まともに動くことも出来ない状態のモーターメイデンだが、莫大な魔力を廻らして、もはや己の肉体である騎体を無理矢理に動かす。
『ああ、まだ立つのか……きっと戦闘能力を奪わないと、キミはあきらめないよね』
白と朱の巨人が腰から刀を引き抜いていく。
白銀に輝く刀身が現われる。豪壮なつくり、だが同時に繊細な刃紋のそれを見た瞬間、渾身の力で回転、持っていた刀を投擲。
爆砕する大気の壁/音を後に残し、突き立つ寸前に巨人は刀で弾き、返し刃がリーアの眼前に。白と朱の巨人は転移のごとき唐突さで距離を詰めていた。
『これでおわり』
太刀一閃――宙を舞う、グラディエイターの手腕装甲。
『あれ、浅かった?』機能支障がないように装甲だけに掠らせたのだ。
『ま、だぁあああぁあああっ!!』
リーアが咆える。背よりから莫大な粒子を噴出、光の矢のごとくタックルを敢行、思いっきり引いた頭部を叩きつけ
『頭突きっ!?』
「っ!?」
――られなかった。相手が消えていた。
もんどりうって倒れそうになりながら空中で前転して着地、そして周囲を見回して、見つけた。
刀を下げた白と朱の巨人。
真正面に。
『あーちょっとびっくりした。”頭突き”は予測していなかったよ……』
言葉など無視、跳びかかろうとして、停まった。
動けない。意思に反して身体が停めた。
「あ……」我知らずにかすれた声が漏れていた。
殺せ殺せ殺せ! 仇を取れ! アレはオスカーを殺した元凶――
荒れ狂う思考と肉体の本能が相反する。
ここは既に死地と化していることを、肉体の方が先に理解していた。
肉がぎちぎちと軋む。ミシミシと歯ぎしりが鳴り、どろどろと流れていく血液を感じながら、死は目前にありてなお、あれを殺せと心が絶叫する。
だというのに、動けない。やけどするかのように火照っていた身体が、冷たく氷のように。
『こっちの演算予測を上回る、か。そんなの久しぶりだよ」
おどろいたようにうれしそうに、女の言葉は続く。
「だから、試させてもらうよ? ボク達に届くのか、それとも――』
白の朱の巨人が巨大化/幻視する。
「ただの、駒でしかないのか――」
噴きだす圧力に地に亀裂が走り/空が軋む。強大無比な威圧。
ゆっくりと片手上段に刀を構え――
『今から繰り出すは、遥か太古、とある剣豪が地表近くを飛ぶ燕を斬れないかとふと思いついて、来る日も来る日も試しつづけた末に、編み出したとされる剣技。――受けてみせて、ボクたちに希望をみせて』
リーアには意味が解らないふざけた言葉だが、その威圧は正真。
彼女もまた荒れ狂う内心をそのままに最後の刀を抜き、表示された大量の警告をすべて無視して炉の出力を上げ、さらにいくつかの非常操作を実行。
グラディエイターの全身でいくつもの小爆発。胸部、椀部、脚……爆発ボルトによって支えを失った装甲が地上に落ちて地響きをたてる。
装甲と云う装甲を全て落とし、一次骨格を露出した状態。
この期に及んで後などない、あと数秒持てばよい、とリーアは見切った。
そうして刀を構える。
『覚悟はできたかな? なら、いくよ――』
その声とともに、リーアが疾走。地を這うように低い体勢。
まるで動じずに、白朱の巨人はただ一声。
『剣聖絶技――”燕返し”』
風が疾る――そう幻視する。四つの刃が上下左右より迫る。
ただ一刀で四つの斬線、四か所同時攻撃という時空間攻撃。
機能ではない。それは生身の技を完全再現した写しを超えた相似。
ただただ技だけでその域に至ってしまった者が、かつていたという証明そのもの。
リーアは死を幻視する。回避不能防御不能の死地。逃れぬ道なき刀の結界。
――ゆえに、彼女は踏み込んだ。
活きる道なきならば前へ。
数々の戦場を超えた騎士の直勘。
それゆえに前へ踏みこみ、刀にて迎撃/砕かれながら、なおも前進。
動かぬ左腕を叩きつけ、刀を放した右腕の手刀、左膝で迎撃――砕かれ/へし折られ、これで四刀を受けた、残ったただ一つの脚で跳んで、敵の懐へと飛び込み、機体を一個の弾丸としようと――四刀だとなぜおもったのか?
背筋の悪寒とともに迫るそれに気づいた。
鏡写したる四つの返し刃――
立ち竦む、両腕を失った片足の漆黒の巨人。
白と朱の巨人は刀を残心の構え。
両者の間に一陣の風がながれ――
漆黒の巨人、その上半身。
ずるりと斜めにずれ、鏡面のような美しい切り口をさらして地に墜ち、重々しい地響きをあげた――。
次回で最終話およびエピローグです。