おっかあ(童話13)
若い盗っ人がいた。
この若者、生まれてまもなく捨てられた。だから親の顔すら覚えがない。
生きていくために、気がついたときには盗っ人になっていた。
ある日のこと。
村はずれにある一軒の家に盗みに押し入った。
運よく留守である。
めぼしい物をさがしていると、
「元吉か?」
若者の背後でいきなり声がした。
おどろいてふり向くと、いつのまに帰ってきたのか老婆が戸口に立っている。
老婆の目は両方ともつぶれていた。
顔はあらぬ方向に向いている。
目が見えないようだ。
「ああ、そうじゃ」
若者はとっさに返事をしていた。
「よう帰ってきてくれたのう。はよう、こっちに来ておくれ」
老婆が両手をさしのべてくる。
盗みが知られ、さわがれてはこまる。
若者は老婆の手をとった。
「久しぶりじゃのう」
老婆が手を強くにぎりしめ、涙をポロポロとこぼし始める。
息子は長い間、家を離れているようだ。そして老婆は、息子の久方ぶりの帰りを喜んでいる。
――そうだ、息子になりすまそう。そうすりゃ、食うにはこまらんだろうしな。
老婆の目が見えぬことをよいことに、あろうことか若者はこの家に転がりこむことにした。
それからは……。
若者は老婆の息子になりきった。
聞かれたことには作り話をして、若者はなんとかごまかしとおした。さらには、老婆の話からいろんなことを知った。
五年前、息子は遠くの町へ奉公に出たらしい。そして家を出るとき、こう言い残したという。
「おっかあ、必ず迎えにもどるからな」
それからの若者。
わずかな畑を耕しながら、目の不自由な老婆のめんどうをみて過ごした。
ひと月ほどが過ぎた。
老婆はやさしく、若者にはそんな老婆が母のように思えてくるのだった。
そんなある日。
老婆が思わぬことを口にする。
「オメエ、元吉じゃねえんだろ?」
「いきなり、なにを言うんじゃ?」
「わかっとるんじゃよ。ワシにつらい思いをさせまいと、オメエはせがれになってくれてたんだな。まことすまんかったのう」
老婆が頭を下げるのを見て、若者はかんねんせざるをえなかった。
「いつわかった?」
「オメエがここに来て、三日もしたころじゃ」
「じゃあ、どうしてそんときに……」
「ずっとワシは、せがれの帰りを待っておった。やっとその夢がかのうたのに、そいつを言えばオメエに出ていかれてしまう。それがつろうてな」
「……」
若者は返す言葉を見つけられなかった。
「けんど、もういいんじゃ。オメエにも母親がおるじゃろうに、はよう帰ってやれ」
「オレは捨て子じゃ。母親がおるなんち、いっぺんも思うたことがねえ。じゃから、帰るところなんてどこにもねえ」
「かわいそうにのう。オメエ、ずいぶん苦労したんじゃろうなあ」
若者は正直に話した。
親の顔を知らないこと。物覚えのついたころから盗っ人をして、なんとか生きてきたことを……。
「オメエは、ほんとは悪い人間じゃねえ。こんな年寄りのために、こげえによくしてくれたからのう」
若者にとって、他人から良く言われるのは初めてのことだった。
胸が熱くなり涙があふれた。
老婆が若者の手をとる。
「まだ若いんじゃ、今からでも遅くねえ。これからまっとうに生きりゃいい」
老婆の手のぬくもりが伝わってくる。
若者は強くにぎり返して言った。
「盗みは、もう二度とせん」
三年の月日が流れた。
若者は盗人から足を洗い、今では行商で身を立てていた。
ある日のこと。
行商の帰り、老婆の村に立ち寄ってみた。ずっと気がかりだったのだ。
家をたずねてみると、人の住んでいる気配がまるでない。畑もひどく荒れはてていた。
若者が家を出るとき――。
目の見えない老婆は、食べることにもずいぶん苦労をしていた。
――死んだのだろうか……。
一緒にいてやればよかったと、後悔の思いに胸がひどく痛んだ。
帰りしな。
村の者に老婆のことをたずねてみた。
「もう、ここにはおらんがな」
去年、息子が迎えに来たという。
――あたりめえだ。何年も、その日を待ってたんだからな。
涙があふれてきた。ぬぐってもぬぐっても、とめどもなくあふれてくる。
そして、このとき。
「おっかあ……」
若者はひとことつぶやいていた。