未来
都内のレコーディングスタジオを抜けだし、一人、定食屋に入る。
ここの定食屋はチェーン店だが、店舗数が少ないのかあまり見かけない。リーズナブルで、品ぞろえも豊富、何よりご飯のおかわりが無料というお得さが昔から気にいっていて、見かけるとついつい入りたくなる。店内を見渡すと五十席くらいはありそうな規模で、お客はまばらだった。
時計も十五時を回っていたので、そんな中途半端な時間にご飯を食べる人も少ないのだろう。僕にとってはそのほうが自由に座れるし快適でいい。店の中央付近にあるしきりに囲まれた二人席へ移動し、入口を背にして座った。
二年ぶりに来たが、メニューを見ても変わり映えしなかった。何種類か盛り付けに変更があったくらいで、ラインナップはほぼ昔のままだった。
ここは安定のから揚げ定食にした。僕は無類のから揚げ好きだが、ここのは普通のファミレスよりうまい。しかも安い。例えそれが業務用の冷凍食品だったとしても別にいい。安くてうまいのなら文句はない。
料理は案外早く来た。お腹も減っていたので十分もかからずに完食。もちろんおかわりもした。満足。
食後のほうじ茶のサービスまである。至れり尽くせりだ。
のんびりとほうじ茶を飲んでいると、後ろの席からすいません、とハキハキとした男性の声が店内に響いた。
そのハツラツな感じにちょっとびっくりしつつ、携帯を見る。
メンバーから今どこだ、というメッセージが連発していた。こっそり抜けたのがまずかったか。やっぱり。
返事、めんどくさいなーと思っていると、後ろの人が相変わらずハキハキと注文していた。
「生姜焼き定食が一つと、それとチキン煮込み定食のご飯は五穀米でお願いします」
不意に想い出す。
あの時もそうだった。忘れていたものが、一瞬にして脳裏をよぎる。
そんな頼み方する奴を僕は一人しか知らない。
でも、そんなこと、あるわけなかった。都内の定食屋にいるはずもない。
伝票をとり、入口付近のレジへ向かう。
一組のカップルがレジ近くの四人テーブルに座っていた。
奥に座る男の顔ははっきり見えた。僕と同い年くらいで短髪の似合う、笑顔が爽やかな男だった。手前の女性は背を向けていて顔まではわからなかったが、ショートヘアでピンクのカーディガンを着ていた。
会計を済ませ、外へ出る。
上を見上げると、高層ビルに囲まれた青い空は、田舎に比べて狭く感じた。
久々に胸を締め付けられる感覚がした。多分、それは勘違いだ。似ている人を見て、想い出して、驚いただけだ。
―――――急いで戻らなきゃやばいかな。
少しだけ、歩く速度を上げる。
人混みをすり抜け、スタジオを目指す。
何でもないちょっとした段差に躓く。かっこ悪い。
いつからだろう、下を向かなくなったのは。
いつからだろう、あの日々を想い出さなくなったのは。
もうすぐ、新しいアルバムが出来る。たくさんの人に届いたらいいなと思う。
ツアーが始まれば、また、あのステージに立つことができる。
そして、また―――――、
あのステージの上から―――――、
僕は、君の姿を探す。