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再生

 その日、彼女と連絡を取ることができなかった。

 連絡できたらお願いします、とだけメールで送信し、打ち上げに戻った。とはいえ、戻ったところで気分は晴れず、結局テキトーな理由をつけて先に家に帰ることにした。


 次の日、うまく寝付けないまま、朝になっていた。今日は夕方からバイトだったが、どうにも行く気になれなかった。

 こんなこと、初めてだった。彼女と連絡が取れないというだけで、ここまでとは。

 本当は仕事へいかなきゃいけないけど、大事なのは彼女のほうだった。

 バイト先に休むと伝え、支度してすぐに家を出る。

 今日は日曜日ということもあって、電車も空いていた。

 電車を乗り継いでいる間に、もう一度彼女にメールする。


『今からそっちに行くから。ちゃんと会って話がしたい』


 すると、思いがけず返事が来た。


『バイトは?』

『休む。十二時ごろにそっちに着く』

『来なくていい。バイトにいけ』

『無理。休むって言っちゃったし、それにもう電車乗ってる。会いたくないなら会わなくていい』


 我ながらずるいやり方だと思った。僕たちには約束があるから。このまま終わることはあり得ない。

 膠着こうちゃく状態になった時、いつも折れるのは彼女のほうだった。


『わかった』


 何年かぶりに、彼女の地元で降りた。あのベンチはもう無くなっていた。

 改札を出てすぐ、待合室に彼女はいた。


 十一月の中頃ともなると、さすがに肌寒い。彼女もエンジ色のロングスカートに灰色のパーカーを着ていた。


 開口一番。

「ばかじゃないの」と彼女は言った。

「ごめん」と謝るしかない僕。


「じっとしてると寒いし、少し歩こう」


 そういって彼女は先を歩きだした。

 民家が連なる細道を抜けると、田園地帯にでた。田舎では良く見る光景。初めて来たはずなのに、見なれた景色。実家を思い出し、少し懐かしくなった。


「どこ行くの?」と尋ねる。


「家」


 ぶっきらぼうに彼女は言う。


「えっ?いや、だって、まだ……」

「車を取りに行くだけだよ。私だって親に会わせたくないもん」

「あ、そうですか……」


 それはどっちの意味なんだろう。


「まぁ、そのうち、ね」


 会わせる気はあるらしい。ちょっとほっとした。


「で、なんでわざわざ来たの」


 相変わらず、ぶすっといじけ声で彼女は言った。

 僕もそれに気圧けおされて、ひるんだ声を出す。


「いや、連絡くれないから……」

「連絡くれないからってバイト休むとかダメでしょ」

「……はい。ごめんなさい」


 まぁ、それは怒られるよね。


「全く。……まぁ、それだけ心配してくれてるのはわかった。私も悪かったし」

「うん」

「何が悪いのか、わかってるの?」

「……たぶん、バンドの事?」

「……わかってるじゃん」

「ごめん」

「一回だけなんだよね」

「そう思ってたんだけど、やっぱり……」


 彼女は嘆息たんそくをつき、呆れたように言う。


「……そんな事だろうと思った」


 その場で立ち止まり、彼女がこちらを振り返る。そして、少し強い口調で言った。


「そんなことやってて平気なの?これから就活でしょ?四年になったら卒論とかもあるんでしょ?どうするの?」

「いや、まぁ、やれるだけ頑張りたいと思ってる」

「本当に大丈夫なの?」

「なんとかします」


 彼女はまた嘆息をつき、肩を落とす。


「……あなたがバンドをやりたいって思っているのはずっと知ってた。高校の時から」


 彼女は何かに耐えるように、先ほどとは明らかに違う柔らかい声音で続けた。


「だからバンドに誘われたって聞いた時、絶対やるんだろうなって思った」


 その言葉を聞いて、ハッとする。


 バンドに憧れていたのは事実だった。実際にステージに立ちたいとか、歌いたいとか、そんな風に思っていたけど、無理だと諦めていた。

 

 ―――――はずだった。


 それでも、やろうと言ってくれる人がいた。評価してくれる人がいた。それに応えたいという気持ちも、また事実だった。


「……そんなに僕、わかりやすかった?」

「隠すの下手だもんね」


 そう言った瞬間、彼女は泣いていた。


「ずっと、やりたかったんだよね。それは見てたらわかる。好きなバンドのライブもそう、音楽聞いてるときもそう、いつだってあなたは歌ってた。それを見るたびに、高校の時を想い出す。やり出したら一生懸命になるのを知ってたから。私をないがしろにされるのが怖かったから。応援してあげたいと思ったけど、嫌だった」


 そんな想いをしていたなんて知らなかった。


 この目で、今まで何を見てきたのだろう。

 大事な彼女のことすら、見落としていた。


 僕はただ「ごめん」としか言えなかった。


「こんなこと言いたくなかった。何も言わないで、放っておきたかった。でも、こっちまで来るから……」


 そういってまた、彼女は泣く。泣かしたのは僕のほうなのに、嬉しくなるのはなんでだろう。

 こんなに想ってくれている。その事実だけで、心が満たされていくようだった。


 僕は寄り添い、肩を抱く。

 彼女は僕の胸で泣いた。僕も泣いた。男のくせにみっともなく、鳴咽まじりの声を振り絞って出す。


「泣かしてごめんね。わがまま言ってごめんね」


 真昼間の田園地帯で、僕らは泣いた。

 しばらくして、遠くからおばあちゃんが自転車でこちらのほうに来るのに気付いて、泣くのをやめた。



   ・・・×・・・×・・・



 彼女の家に到着。

 綺麗な二階建ての一軒家だった。小さい庭と車庫には親の車と彼女の車が停めてあった。

 家の中に入ることもなく、そのまま車に乗り込む。


「あーあ、泣いたから目が腫れちゃうよ。私まで細くなる」


 そう言って彼女は車のバックミラーで目元を確認していた。


「僕とお揃いでいいじゃないか」

「それは勘弁してほしいね」

「遠慮するなよ」

「ふふ」


 いつも通りの笑顔だった。


「バンド、頑張ってみれば?」


 彼女は車にキーを入れ、エンジンをかける。


「……いいの?」

「だって、辞める気ないでしょ?」

「……うん」

「ほら。ほんと頑固だよね」


 そう言いながら、左右を確認し、車庫から車を発進させた。


「そうかな」

「そうだよ。昔から。結局私が折れるんだから」

「ごめん」

「いいって。そのかわり、結果が重要だからね。就活も、バンドも」

「うん。ありがとう。頑張る」


 ここからまた、新たにスタートするような感覚だった。


 見慣れた田園風景は、車のスピードをもってしてもなかなか景色は変わらず、広々とした田んぼや畑がしばらく続いていた。


 ―――――やるしかない。


 とにかく僕にはそれしかなった。

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