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約束

 高校を卒業して、僕は大学、彼女は専門学校にそれぞれ進学した。

 どちらも学校が都会にあるため、一人暮らしをすることになった。彼女の家は、専門学校から徒歩五分のところに部屋を借りていた。近くには映画館やショッピングモールもある。高校二年のとき、二人で映画を見に行った想い出の街だ。そこを通るたびにバカにされる。


「あの告白、もう一回してみてよ」

「嫌だよ。恥ずかしい。もう忘れてくれ」

「えー、大事な想い出じゃん。話してもすぐ無言になってさ。なんか言おうとしてるのバレバレだったし」

「うっさいな。あのときは余裕なかったんだよ」

「隠すの下手だもんね」


 僕は隠している気でいたんだが、全く通用してなかった。

 そして、彼女は悪戯っ子のように微笑んで続ける。


「プロポーズはちゃんとしてね」

「……はいはい」


 そんなことを軽々しく言っていた。本気とも冗談とも言える、そんな約束を。


 付き合ってから二年目。一人暮らしを始めてからはお互いの家に泊まる事がほとんどで、ほぼ半同棲生活に近かった。朝起きてどちらかが朝食を作り(主に僕)、洗濯や買い物に行き(主に僕)、彼女を送り迎えした。

 これだけ言うと、僕がこきつかわれているように聞こえるかもしれないが、そうではない。単純に、専門学生よりも大学生のほうが時間に余裕があるからである。必然、暇な時間に僕が家事をこなすことになっているだけの話だ。なんだったら、僕よりも彼女のほうが家事の腕前は数段上である。


 料理で言えば天ぷら、ハンバーグ、パエリアにグラタンも作ってくれたし、几帳面な性格を持ち合わせていて部屋の整理整頓もきちんとしている。

 それに比べ僕はわりと大雑把で、洗濯物を綺麗に畳んだにも関わらず、しまい方が汚かったり、掃除をして本棚のほこりを綺麗にとって、本を戻すときに雑にいれてしまうような男だ。それを見て、「どうしていつもそうなるの」と叱られる。

 そりゃ実家にいる時は料理もしなかったし、せいぜいやっても自分の部屋を掃除する事くらいだった。効率のいいやり方を知っているわけがない。

 まぁ、彼女の小言のおかげもあってか、半年もすれば家事のスキルも格段に上がった。その間、飲食店のキッチンでバイトもしていたし、料理も作れるようになった。


 彼女との半同棲生活は本当に楽しいものだった。夜中に出かけてアイスを買いに行ったり、普段は中々行けない都内のおしゃれな街へ繰り出したり、机で寝オチしている彼女をベッドまで運んだり。そんな些細な日常が幸福だった。


 大学二年、GWのある日、飛び石連休というラッキーホリデイがあり、平日にもかかわらず講義が休みになった。彼女は関係なく学校で、ずるいだなんだと文句を言われながらも、僕は彼女の部屋で留守番をしていた。


 朝、彼女と一緒に起床し、トーストに目玉焼きとベーコンを挟んだ簡単な朝食を食べ、彼女を自転車の後ろに乗せて送る。

「お昼は家で食べるから」ということだったので、お昼のメニューを考える。勝手に決めるのもなんなので、何が食べたいかメールをして返信を待つ。その間、掃除やら洗濯やらをこなし、ひと段落したところでメールを確認する。


 『ぺぺ!』


 返事は簡潔だった。

 ぺぺとはペペロンチーノのことである。サ○ゼで食べて以来、お気に入りらしい。

 冷蔵庫の確認をし、近くのスーパーへ買い出しに行く。チラシで安くなっている物だけを買って帰宅。

 時間は十一時。お昼の支度まで時間があるので、テレビやゲームで時間をつぶし、頃合いを見て準備に取り掛かる。

 彼女の部屋のキッチンに立ったところで、ふと思う。


 ――――――あれ?これってもう主婦じゃないか?


 その瞬間、これからのことが、未来の事が、頭を駆け巡る。


 就職、結婚。


 自分が今、どうしたいのか、わからなくなった。

 彼女はもう専門二年目、すでに就職活動中だ。第一志望の会社は昔からの目標だったようで日々忙しくしていた。


 僕には働きたい会社も、やりたいことも、何もわからなかった。

 今やれる事は、彼女を支えることだけだった。

 

 数ヵ月後、彼女の就職活動は終わった。

 結果は第一志望の会社は不採用、他の会社にも内定が取れず、彼女の父親の口添えで地元の小さな会社に就職が決まった。

 第一志望の会社は人気企業で、その難関を突破することは叶わなかったのだ。落ち込む彼女に、僕は何も言えなかった。

 自分がものすごく頼りない男だと感じた。何が支えるだ、ばかやろう。何も言えないくせに。彼女を救ってやれないくせに。


 彼女は諦めがついたような顔で言った。


「まぁ、仕方ないよね。とりあえず内定はとれたし、気が楽になったよ」


 その微笑みは僕の心を締め付けた。もうどうにもならない、あがいても取り返せない結果なのだと。

 それは同時に、二年間の半同棲生活の終わりを意味していた。


 三月、彼女は卒業式を終え、部屋を引き払うことになった。その前日、合い鍵を彼女に返すついでに、想い出の地を巡ろうということになった。

 映画を見て、ご飯を食べ、買い物をして、そこへ行くたびに、沢山の事を想い出す。


 服を買い過ぎて金欠になったこと、ちょっとお高いケーキ屋でクリスマスケーキを買ったこと、ゲームセンターででかいぬいぐるみをとったこと。

 春には花見をして、夏には花火大会に行って、秋には京都へ紅葉を見にいって、冬には雪山にスノボに行った。


 彼女の髪型もショートヘアからロングヘアになっていた。


 半同棲生活をはじめての二年間、沢山の場所へ行き、沢山の時間を一緒に過ごした。それが明日、一区切りする。

 別れるわけでもないし、会えなくなるわけでもないが、毎日隣にいた人がいなくなるというのは、どうしたって寂しくなるものだった。

 これからは会えたとしても月一、二回だろう。電車で一時間半とはいえ、彼女も仕事が始まるわけだし、そう簡単な事ではなかった。


 その日、彼女の家には両親が泊まる予定だったので、それぞれの家に帰った。

 家の中が少し広く感じた。いつも二人で寝ていたベッドも、三人掛けのソファも。一人いないだけで空間を持て余しているみたいだった。


 ―――――別れたらこんな気持ちになるんだろうか。


 なんて考えた。

 破局の危機は一回だけあった。それも些細なケンカが原因だ。彼女の言動に理解できない時期があった。

 彼女はよくて僕はダメ、みたいな、そんなわがままに納得がいかなくて口論になった。

 その口論の最中、彼女は僕を嫌いだと言った。でもそれは嘘だとわかっていた。なぜかはわからないけど。

 滅多に怒らない僕だけど、その時ばかりは声も張って強く怒った。


「嫌いならもう別れろよ。そうじゃないなら嘘でもそんなこと言うな」


 彼女は怯えて泣いてしまった。そのあと、お互い謝罪し、約束事を決めた。


 僕からの約束は、『嘘で嫌いとか別れると言わない。それを言っていいのは本気のときだけ』。

 彼女からの約束は、『もう怒らないで』だった。


 彼女は昔から、大きな音が苦手で、雷や大きな声で怒る人が怖いという話だった。


「でも、バンドのライブとか好きでしょ?あれは大丈夫なの?」

「あれは楽しいから大丈夫」


 本当に女というのはよくわからないなと実感した。

 ともあれ、それ以来別れ話など微塵もなかった。

 こうして、彼女と出会ってから五年目の春を迎えた。


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