彼は如何にして少女の失踪を諦めたか
夜の山は息苦しいほどの暗さで、手にした松明の光も遠くへは届かない。
夜空を見上げれば、木々の隙間から無数の星が輝き、山道をなぞるように細く続いている。
時折強い風が吹き、草木が揺れる音が重々しく響いていた。
ドレビスと少女は、暗闇をかき分けるように歩き続ける。
どれだけの時間が経っただろうか。
二人が山小屋を後にして、人知れずひっそりと暮らせる場所を探す旅に出たのは、今朝のことだった。
少女が彼の元へとやってきてから、色々な出来事があった。
それまでの平穏な暮らしは崩れ去り、何度も惨事に見舞われ、死にかけたこともあった。そして、恐らくは同じような出来事がこれからも続いていく。
人々を危険に晒さないためには、もはやこうするしか無かったのだろう。いや、全ては無駄な努力なのかもしれない。
それでも彼が自らに課せられた責務を投げ出すことなく、困難に向き合い、挙句にはこうして自らの生活を捨ててまで果たそうとするのは、その温和な性格のためだろうか。あるいは、ただの自暴自棄か。
山の中を行くドレビスの表情は寂しげだった。隣で手をつなぐ少女もまた同じだ。
山頂。視界が開けた。
辺りを見下ろせば、森が波打ちながらどこまでも広がっていて、その先には海が月明かりに輝いている。
ドレビスは野宿の用意を始める。山暮らしには慣れたもので、木の枝を集めて火を付けると、手際よく夕食の支度を済ませた。
夏が過ぎ去り、夜は冷たい空気が肌を刺す。二人はスープをよそった器に口をつけながら白い息を吐いた。
やがて食事が終わると、二人は眠りにつくまで、火を囲みながら、細く立ち上る煙を眺めていた。
翌日。まだ日も昇らぬ早朝。
ドレビスが目覚めた時、少女は既に起きていて、遠くを眺めていた。
遥か彼方には、薄明かりに浮かぶ水平線が、空と海の青白さをおぼろげに分けている。
ドレビスが立ち上がると、少女は静かに振り返った。そして、口を開いた。
「帰りたい、帰ろう」
ドレビスは少し驚いた様子だったが、小さく頷きながら、優しげに目を細めて言った。
「そうか」
朝日が、青白い肌を照らした。
振り返れば、かつての街が小さく見えた。
山奥にぽつんと建っている小屋の中で、老人が椅子に座っている。
今日も誰かがドアを叩く音が聞こえる。
老人が腰を上げる前に、少女がぱたぱたと音を立てて駆け寄り、小さな両手でぎこちなくドアを開けた
また、良くないことが起きるのだろう。
終わり。




