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天の花  作者: 東亭和子
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 透子は正志の姿が見えなくなるまで立っていた。

 離れの扉が開く。

「誰かいたのか?」

「ええ、昔の友達が。

 遊びに来ていて迷ったみたい」

 透子はトオイを見上げる。

「入りましょう。

 冷えてきたわ」

 透子はトオイの腕を引っ張り、離れの中へと入っていった。


 透子が正志に会った日の夜、舞子は部屋を抜け出して、離れまでやって来ていた。

 トオイに会うためだ。

 約束などしていない。

 でも確信していた。

 きっと、彼は来る、と。

 土を踏む音が聞こえた。

 舞子は満面の笑みで振り返った。

「トオイ」

 愛しい男の名前を呼んで。

 トオイは不機嫌な顔をした。

「なぜ、ここに来た?」

「会いたかったの」

 舞子はトオイに近づき、腕に触れようとした。

「触れるな!」

 トオイは冷たく言った。

「俺に触れていいのは、アツキだけだ」

「私がアツキだわ!」

 トオイは首を横に振った。

「違う」

 もう帰れ、そう言ってトオイは離れの中に入ってしまった。

 

 どうして?

 アツキは私だわ。

 舞子は納得できなかった。

 苛立たしい気持ちで母屋に戻った。

「舞子」

 急に声をかけられて舞子は驚いた。

「…父様?」

「こんな時間にどうしたのだい?」

「…何でもないわ」

 舞子は父から目を逸らした。

「…体が冷えているだろう。おいで」

 父は舞子を居間へ連れて行った。

 そして座らせると、ホットミルクを持ってきた。

「これを飲んでから戻りなさい」

 暖かさが喉から流れ込んで体中に広がった。

 舞子は涙があふれた。


「どうして、どうして、トオイは私を拒絶するの?」

 思わず舞子はつぶやいた。

「…離れにいる天人のことかい?」

 舞子は溢れる涙を止めることが出来なかった。

 顔を手で覆ったまま頷いた。

「彼は天人だよ、神だ」

「知っているわ。それでも私は…!」

 舞子は顔を上げて叫んだ。

 父はそんな舞子を優しく見た。

「酷い顔だ」

 苦笑して舞子の涙を拭う。

「舞子、天人と人は一緒になることは出来ない。

 彼と一緒になることが出来るのは、一人だけ。

 天女の生まれ変わりだけだ」

「私がその天女だわ」

「…」

 父は知っていた。

 舞子が天女だと。

 そして天人が選んだ天女はすでに離れにいることを。


「選ぶのは彼だ」

「違う。もう決まっているの。

 産まれる前から」

 舞子は首を横に振った。

 小さな頃から声がした。

 遠くで、呼ばれていた。

 幼すぎて、分からなかった。

 でも今は分かる。

 出逢ったから、思い出したから。

 私を呼んでいたのはトオイだ。

 父は舞子の頭を撫でた。

 そうすることしか出来なかった。

 一体何を言うことができよう。

 だから、ただ撫でた。

 舞子は父の優しい手の感触で落ち着きを取り戻した。

「ありがとう、父様。もう戻ります」

 舞子は父の顔を見て言った。

「…おやすみ」

「おやすみなさい」

 父は舞子が居間を出て行くのを見ていた。

 何も出来ないことをもどかしく感じながら。


 離れに戻ったトオイはため息をついた。

「舞子が来ていたのね」

「…ああ」

「私にそっくりでしょう?

 舞子は私の半身なの」

 トオイは驚いた顔をした。

「アツキは二人いたのか?」

「そうよ。

 私が死んだら、舞子の元へと行っていいわ。

 でも、今は私の傍にいて」

 あなたが選んだのは私だもの。

 透子はトオイに寄り添い、抱きついた。

 決して離れることがないように、強くしがみつく。

 私だけのもの。

 一緒にいるのは、私。

 透子は優越感に浸っていた。

 トオイに愛される自分。

 そして愛されない舞子。

 渡しはしない。

 舞子には正志がいる。

 これ以上何を望むのだ。

 これからもずっと一緒にいるのは私なのだ。

 透子はトオイを見上げた。

「私だけを愛してね。

 ずっと、私だけを」


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