7
次の日、正志がお見舞いにやって来た。
「熱をだしたと聞いてね」
お土産だ、とりんごを持ってきてくれた。
優しい正志。
私は彼とこのまま一緒になることは出来ない。
「まさちゃん」
「ん?」
「ごめんね。私、まさちゃんと結婚できない」
ごめんね、と舞子はまた言った。
「舞子?」
「ごめんなさい」
舞子は両手で顔を覆った。
「…熱で気が弱くなったのだろう?
今の話は聞かなかったことにするから」
正志は舞子の顔を見ずに言った。
「違う!そうじゃない」
「じゃあ、なんで急に…」
あれから二ヶ月しか経っていない。
「あの時は良いと言ったじゃないか!」
正志は舞子を見つめた。
「…」
舞子は何も言えなかった。
そうだ、私がこの話を承諾したのだ。
でも、思い出してしまった。
出逢ってしまった。
トオイに。
「また、来るよ」
何も答えてくれない舞子に、正志はそう言うと部屋を出て行った。
入れ違うように、千春が来た。
「どうしたの?喧嘩でもしたの?」
千春は正志の青ざめた顔を見たようだ。
「前に、違和感があると言ったのを覚えている?」
「ええ」
「分かったの。だから、結婚できないと、言ったの」
「ええ!」
千春は驚いて叫んだ。
「トオイを思い出したの。
出逢ってしまったの」
だから、と言う舞子を千春は黙って見つめた。
「それで、彼はなんて?」
「まさちゃんは聞かなかったことにするって」
「どうるすの?
本当に彼と結婚しないの?」
「出来ないわ。
私はトオイを愛しているもの」
この地上におりた時とは違う。
子供のためにトオイ以外の男と結婚したあの時とは違うのだ。
そんな舞子を見て千春はため息をついた。
「私はこうしろとか、ああしろとかは言えないわ。
ただ、何かあったら話してちょうだい。
一人で決めないで、話してちょうだい」
千春は舞子の手を取って言った。
「分かったわ」
ありがとう、と舞子は千春にお礼を言った。
千春は微笑んだ。
一方、舞子の家をでた正志は混乱していた。
どうして?
なぜ、舞子は急にあんなことを言ったのか?
正志は混乱のあまり、離れ側まで来ていた。
そこで、正志は出会った。
「透子?」
たくさんの曼珠紗華の中に一人の女性が佇んでいた。
「あなたは?」
「正志だよ」
「正志?ああ、舞子の後をいつもついてまわっていた、正志」
「…そう、その正志だよ。
でも君がなぜここに?
君は養子に行ったはずじゃ…」
「…」
聞かれたくないのか、透子は沈黙した。
「舞子は?舞子はどうしているの?」
「今、熱をだして寝ている」
「そう」
「君が養子に行ってから、舞子はすごくショックを受けた。
そして君を忘れることで自分を守った。
せっかく戻って来たのに残念だけど、会っても舞子は君がわからないよ」
「…そう」
舞子は私を忘れたのね、と透子は悲しそうに言った。
「僕が言ったんだ。
忘れろって。怒るかい?」
舞子は透子を探し続けた。
泣いて名前を呼び続けた。
透子がいないの。
ずっと一緒にいるっていったのに!
正志はそんな舞子を見ていることがつらかった。
だから言ったのだ。
透子のことは忘れてしまえ、と。
舞子はその言葉を聴き、忘れてしまった。
透子の存在を。
「いいえ。怒らないわ」
正志は透子を見て昔と変わっていないと思った。
舞子と透子はそっくりだった。
しぐさも考えも、何もかもが。
大人になっても舞子と透子は同じだった。
「もうすぐ、舞子は僕と結婚する」
その言葉を聴いて透子は驚き、正志を見た。
「いつ?」
「四ヵ月後。舞子が女学校を卒業したら」
「そう、おめでとう。良かったわね」
ありがとう、と正志は嬉しそうに言った。
「あなたはずっと舞子しか見ていなかったものね」
そう言うと正志は少し悲しそうに微笑んだ。
「ああ、ずっと見てきた。舞子だけを」
舞子だけを、愛してきた。
やっと、舞子と一緒になれるのだ。
「良かったわね」
透子は心から思った。
ずっと舞子を見てきた正志の想いが報われて良かった、と。
「もう戻らなきゃ。
あなたも早く帰りなさい。
ここに長居してはいけないわ」
そう言うと透子は正志に背を向けた。
「ああ、そうだった」
ここは舞子の家の離れだ。
昔、聞いたことがある。
禁忌の場所だと。
「透子、元気で」
「ええ、あなたも」
正志は透子に別れを告げた。
透子は離れの前に立っていた。
正志は一度も振り返らなかった。
振り返れなかった。
後ろを見てはいけない、なぜか分からないがそう思った。




