表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天の花  作者: 東亭和子
7/15

 次の日、正志がお見舞いにやって来た。

「熱をだしたと聞いてね」

 お土産だ、とりんごを持ってきてくれた。 

 優しい正志。

 私は彼とこのまま一緒になることは出来ない。

「まさちゃん」

「ん?」

「ごめんね。私、まさちゃんと結婚できない」

 ごめんね、と舞子はまた言った。

「舞子?」

「ごめんなさい」

 舞子は両手で顔を覆った。


「…熱で気が弱くなったのだろう?

 今の話は聞かなかったことにするから」

 正志は舞子の顔を見ずに言った。

「違う!そうじゃない」

「じゃあ、なんで急に…」 

 あれから二ヶ月しか経っていない。

「あの時は良いと言ったじゃないか!」

 正志は舞子を見つめた。

「…」

 舞子は何も言えなかった。

 そうだ、私がこの話を承諾したのだ。

 でも、思い出してしまった。

 出逢ってしまった。

 トオイに。

「また、来るよ」

 何も答えてくれない舞子に、正志はそう言うと部屋を出て行った。


 入れ違うように、千春が来た。

「どうしたの?喧嘩でもしたの?」

 千春は正志の青ざめた顔を見たようだ。

「前に、違和感があると言ったのを覚えている?」

「ええ」

「分かったの。だから、結婚できないと、言ったの」

「ええ!」

 千春は驚いて叫んだ。

「トオイを思い出したの。

 出逢ってしまったの」

 だから、と言う舞子を千春は黙って見つめた。

「それで、彼はなんて?」

「まさちゃんは聞かなかったことにするって」

「どうるすの?

 本当に彼と結婚しないの?」

「出来ないわ。

 私はトオイを愛しているもの」

 この地上におりた時とは違う。

 子供のためにトオイ以外の男と結婚したあの時とは違うのだ。

 そんな舞子を見て千春はため息をついた。

「私はこうしろとか、ああしろとかは言えないわ。

 ただ、何かあったら話してちょうだい。

 一人で決めないで、話してちょうだい」

 千春は舞子の手を取って言った。

「分かったわ」

 ありがとう、と舞子は千春にお礼を言った。

 千春は微笑んだ。


 一方、舞子の家をでた正志は混乱していた。

 どうして?

 なぜ、舞子は急にあんなことを言ったのか?

 正志は混乱のあまり、離れ側まで来ていた。

 そこで、正志は出会った。

「透子?」

 たくさんの曼珠紗華の中に一人の女性が佇んでいた。

「あなたは?」

「正志だよ」

「正志?ああ、舞子の後をいつもついてまわっていた、正志」

「…そう、その正志だよ。

 でも君がなぜここに?

 君は養子に行ったはずじゃ…」

「…」

 聞かれたくないのか、透子は沈黙した。


「舞子は?舞子はどうしているの?」

「今、熱をだして寝ている」

「そう」

「君が養子に行ってから、舞子はすごくショックを受けた。

 そして君を忘れることで自分を守った。

 せっかく戻って来たのに残念だけど、会っても舞子は君がわからないよ」

「…そう」

 舞子は私を忘れたのね、と透子は悲しそうに言った。

「僕が言ったんだ。

 忘れろって。怒るかい?」

 舞子は透子を探し続けた。

 泣いて名前を呼び続けた。


 透子がいないの。

 ずっと一緒にいるっていったのに!


 正志はそんな舞子を見ていることがつらかった。

 だから言ったのだ。

 透子のことは忘れてしまえ、と。

 舞子はその言葉を聴き、忘れてしまった。

 透子の存在を。

「いいえ。怒らないわ」

 正志は透子を見て昔と変わっていないと思った。

 舞子と透子はそっくりだった。

 しぐさも考えも、何もかもが。

 大人になっても舞子と透子は同じだった。

「もうすぐ、舞子は僕と結婚する」

 その言葉を聴いて透子は驚き、正志を見た。

「いつ?」

「四ヵ月後。舞子が女学校を卒業したら」

「そう、おめでとう。良かったわね」

 ありがとう、と正志は嬉しそうに言った。

「あなたはずっと舞子しか見ていなかったものね」

 そう言うと正志は少し悲しそうに微笑んだ。

「ああ、ずっと見てきた。舞子だけを」

 舞子だけを、愛してきた。

 やっと、舞子と一緒になれるのだ。


「良かったわね」

 透子は心から思った。

 ずっと舞子を見てきた正志の想いが報われて良かった、と。

「もう戻らなきゃ。

 あなたも早く帰りなさい。

 ここに長居してはいけないわ」

 そう言うと透子は正志に背を向けた。

「ああ、そうだった」

 ここは舞子の家の離れだ。

 昔、聞いたことがある。

 禁忌の場所だと。

「透子、元気で」

「ええ、あなたも」

 正志は透子に別れを告げた。

 透子は離れの前に立っていた。

 正志は一度も振り返らなかった。

 振り返れなかった。

 後ろを見てはいけない、なぜか分からないがそう思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ