5
幼い頃に彼に出逢った。
とても美しい男の人。
彼は母様と話をしていた。
私は扉からそっと覗いた。
彼は私を見て驚いた顔をした。
そうして微笑んだ。
「彼女だ」
と彼は言った。
母様は彼の言葉を聞いてあわてて後ろを振り返った。
「透子さん!
部屋にいなさいと言ったでしょう!」
母様のあまりのあわて様に驚いたのを覚えている。
「僕と一緒に行こう」
彼が私に向かって手を差し出した。
「この子はまだ幼いのです。
まだ、六つになったばかり。
どうか、どうか…」
母様は泣きそうな声で彼に言った。
「例え六つであろうと、僕が求めるのは彼女だ」
彼は母様を見つめて冷たく言い放つ。
「さあ、行こう」
彼が手を差し出す。
私は前に踏み出して、彼の手を握った。
「透子さん!」
母様が叫んだ。
「さよなら、母様」
私は母様に別れを告げた。
そして、彼を見た。
彼は私を見て微笑んだ。
私は安堵した。
彼に出逢えたことに。
一緒になれることに安堵していた。
そして私達は家を出た。
一度も後ろを振り返らずに、離れへ向かった。
きっと後ろでは母様が泣いているのだろう。
私を呼ぶ声と、微かな泣き声が聞こえた。
あれから何年たったのだろうか?
ここには時間が存在しない。
いや、時間を感じることがないのだ。
だからそれはまるで昨日の出来事のように透子は感じた。
トオイが部屋に入って来る。
顔色が悪い。
それに体が濡れている。
何かあったのだろうか?
「どうしたの?」
「…何でもない」
トオイは透子から目を逸らした。
どうやら話してくれないようだ。
「熱はどうだ?」
トオイの手が透子のおでこに触れた。
冷たくて心地よい。
「まだ、下がっていないな。
薬を飲んだ方が良い」
そう言ってトオイは薬と水を差し出した。
透子はゆっくりと体を起こした。
トオイが体を支えてくれる。
そうして薬を飲んだ。
「寝ていろ」
そう言うとトオイは透子を横たわらせた。
透子はそっと目を閉じて呟いた。
「夢を見ていたの」
「夢?」
「そう。天上の世界で二人、手を繋いでいたわ」
「そんなこともあったな」
トオイは遠くを眺めるように頷いた。
「ずっと傍にいてね」
透子はトオイの服をつかんで言った。
「ああ。ずっと傍にいるよ」
トオイはそう言ってくれるけれど、透子は不安だった。
なぜか分からないがとても不安だった。




