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天の花  作者: 東亭和子
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 幼い頃に彼に出逢った。

 とても美しい男の人。

 彼は母様と話をしていた。

 私は扉からそっと覗いた。

 彼は私を見て驚いた顔をした。

 そうして微笑んだ。


「彼女だ」

 と彼は言った。 

 母様は彼の言葉を聞いてあわてて後ろを振り返った。

「透子さん!

 部屋にいなさいと言ったでしょう!」

 母様のあまりのあわて様に驚いたのを覚えている。

「僕と一緒に行こう」

 彼が私に向かって手を差し出した。

「この子はまだ幼いのです。

 まだ、六つになったばかり。

 どうか、どうか…」

 母様は泣きそうな声で彼に言った。

「例え六つであろうと、僕が求めるのは彼女だ」

 彼は母様を見つめて冷たく言い放つ。


「さあ、行こう」

 彼が手を差し出す。

 私は前に踏み出して、彼の手を握った。

「透子さん!」

 母様が叫んだ。

「さよなら、母様」

 私は母様に別れを告げた。

 そして、彼を見た。

 彼は私を見て微笑んだ。

 私は安堵した。

 彼に出逢えたことに。

 一緒になれることに安堵していた。

 そして私達は家を出た。

 一度も後ろを振り返らずに、離れへ向かった。

 きっと後ろでは母様が泣いているのだろう。

 私を呼ぶ声と、微かな泣き声が聞こえた。


 あれから何年たったのだろうか?

 ここには時間が存在しない。

 いや、時間を感じることがないのだ。

 だからそれはまるで昨日の出来事のように透子は感じた。

 トオイが部屋に入って来る。

 顔色が悪い。

 それに体が濡れている。

 何かあったのだろうか?

「どうしたの?」

「…何でもない」

 トオイは透子から目を逸らした。

 どうやら話してくれないようだ。


「熱はどうだ?」

 トオイの手が透子のおでこに触れた。

 冷たくて心地よい。

「まだ、下がっていないな。

 薬を飲んだ方が良い」

 そう言ってトオイは薬と水を差し出した。

 透子はゆっくりと体を起こした。

 トオイが体を支えてくれる。

 そうして薬を飲んだ。

「寝ていろ」

 そう言うとトオイは透子を横たわらせた。

 透子はそっと目を閉じて呟いた。


「夢を見ていたの」

「夢?」

「そう。天上の世界で二人、手を繋いでいたわ」

「そんなこともあったな」

 トオイは遠くを眺めるように頷いた。

「ずっと傍にいてね」

 透子はトオイの服をつかんで言った。

「ああ。ずっと傍にいるよ」

 トオイはそう言ってくれるけれど、透子は不安だった。

 なぜか分からないがとても不安だった。


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