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天の花  作者: 東亭和子
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 舞子が結婚して十年の時が流れた。

 舞子は幸せだった。

 正志に愛され、二人の子供に恵まれた。

「幸せそうね」

 千春が遊びに来ていた。

「ええ、幸せよ」

 舞子は微笑んだ。

 その顔を見て千春は安心した。

「よかった」

 千春のホッとした表情を舞子は不思議に思った。

「千春も幸せでしょう?」

 千春は子供が三人いる。

 とても元気な男の子達だという。

「ええ、幸せだわ」

 千春は柔らかく微笑んだ。


「母様」

 上の子の優子だった。

 優子は八つになったばかりだ。

「おかえりなさい。

 今、おやつを持ってくるわね」

 舞子は優子に向かって微笑んで、部屋を出た。

「こんにちは。

 いらっしゃいませ。おば様」

「こんにちは、優子ちゃん。

 遊びに行っていたの?」

 はい、と優子は頷いた。


「ごめんね、正行が起きたみたいなの。

 ミルクも作ってくるから、少し抱っこしててくれる?」

 舞子が生まれたばかりの下の子を連れてきた。

「いいわよ」

 抱きしめると柔らかいミルクの匂いがする。

「懐かしい匂いだわ」

 千春の子供はもう乳離れもすんでいた。

 優子が傍に寄ってくる。

 そうして正行の頬を優しくつつく。

「弟、可愛い?」

「うん。可愛い」

 優子は笑った。

 本当に良かった。

 結婚前、何があったのか千春は知らない。

 でもこうして今、幸せな家庭を築いているのだから、いいのだ。

 そう千春は思った。


 台所に立った舞子は、お湯を沸かし始めた。

 赤子のミルクを作るためと、優子に温かい紅茶をいれるためだ。

 穏やかな日常に、舞子は幸せを感じていた。

 ふと、後ろを振り返った。

 そこには、

 トオイがいた。

「迎えに来たよ」

 トオイが言った。

 舞子は思い出した。

 忘れていたことを思い出した。

「行こう」

 トオイが手を差し出す。

「…透子が死んだのね」

「ああ、だからお前がアツキだ」

 透子が死んで十日ほどが過ぎた。

 トオイはその間、考えていた。

 舞子を迎えに行くかどうかを。

 でも、結局は迎えに来てしまった。


 舞子は瞳を閉じた。

 浮かんでくるのは、楽しかった想い。

 愛しい想い。

 どうして忘れていたのだろう?

 大切な想いを。

 舞子の後ろで薬缶が音をたて始めた。

 舞子はそっと火を止め、トオイの手に自分の手を添えた。

 強く、トオイは舞子の手を握った。

「ずっと、一緒に」

 トオイがそう言って舞子に微笑んだ。

 そうだ、ずっと一緒にいると約束した。

 舞子は微笑んだ。

 やっと一緒になれる。

「行きましょう」

 そうして二人はそっと台所を出て行った。

 千春は戻ってこない舞子を不審に思い、台所へとやって来た。

「舞子?どうしたの?」

 台所には誰もいなかった。

 用意される途中のミルクと紅茶が置いてあった。

「舞子?」

 そこにはもう人の温もりも残っていなかった。


 それから、舞子が帰ってくることはなかった。

 千春には訳が分からなかった。

 なぜ、舞子はいなくなってしまったのか?

 あんなに幸せだと言っていたのに。

 ただ、正志は知っているようだった。

「いつかこんな日が来るとは思っていた」

 寂しそうに正志は言った。

 ただずっと先だと思っていた、と。


 それから正志は一人で子供を育てたという。

 再婚することなく、あの家で二人の子供を育てた。

 そして、子供達に教えた。

 離れに住む天女のことを。

「守っていくのだよ。

 離れにはお前達の母様がいる」

 そう言って昔話を語った。


 むかし、むかし。

 天女がこの地上に舞い降りた。

 この家の人々は、この美しい天女を守った。

 天女は天に帰ることが出来なかったから。

 罪を犯した、と天女は言った。だから帰れないのだ、と。

 罪は許されることはなく、永遠に続く。

 あの花が咲いている限り。

 永遠に消えることはない。

 許されることはない、と。


 今日も赤い天の花は、離れの周りに咲き誇っている。

 枯れることなく。

 風に揺れて。

 咲いていた。


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