リゾートホテル? いえいえ別荘です
会社近くのターミナルステーションから、特急列車で2時間と少し。
海が見える駅前には、3台のマイクロバスが私たちを迎えてくれていた。
「お疲れ様でした」
そのうちの1台から遊井名田くんが降りてくると、皆の方へとやって来る。
「お迎えありがとうね。しかもこんな大人数で押しかけてさ」
空社長がチョッピリ申し訳なさそうに言うと、遊井名田くんもチョッピリ慌てたように言う。
「いえ。うちは慣れてますから。それより、座り詰めでお疲れの所に、また乗り物ですが、あとしばらくご辛抱願います」
「いやあー全然疲れてないよ! とにかく別荘へ行こうじゃないか。さあさあ、皆乗った乗った! 」
そんな2人のやり取りはどこ吹く風とばかり、時渡社長は皆を急かす。あんたが手配したんじゃないだろー、と心の中でツッコミながらも、それぞれバスに乗り込んだ。
大きめの窓を配したマイクロバスは、駅前の繁華な通りを抜け出て海沿いへ出た。初めは平坦だったのだけど、町を離れるにつれて少しずつ標高が上がっているみたい。
海を横目に見ながらあるところまで来ると、こんどは目の前に海が開け…たんだけど、次の瞬間、なぜか身体が前のめりになって、グウンとカーブしながら落ちていく? ような感覚につつまれた。
えっとね、ただ坂道を降りて行ってるだけなんだけど、その勾配加減がはんぱじゃなーい! まるでジェットコースターが最初に落ちて行くみたいに急なの!
「うわあ! 」と、声が出てしまって隣に座る一直さんに笑われる。
「恭、どうしたの? 」
「だって、この下り坂! すごすぎるー」
「ああ、そうかも。そのぶん、上りも大変そうだね」
と、谷の底? まで下りると、今度は見上げるような上り坂。さすがのバスもウインウイン言いながら頑張っている。
と、思うとまたギュイーンと下り坂がきて…。
そんなジェットコースター道路、ただ上ったり下ったりだけじゃないの。
前や横に広がる景色がもう素敵! リアス式海岸と言うのか、様々な形の岩や小島が現れては過ぎていき、崖の上の方では、岸壁すれすれの所を走る道があって、見下ろすと海までストーンと見えている。
そして、そこここで岩にぶつかる波と海の色のコントラストが、本当に綺麗。
窓の大きなバスなので、通路をはさんで海と反対側に座っている那波たちも、景色を堪能出来たみたい。
そんな大パノラマ道路を20分ほど走った頃。
バスは海岸を離れて、山の方へと向かいだした。今度は、これぞ森林浴! と言う感じの木漏れ日の道を過ぎていくと、山道が二手に分かれていて、バスは綺麗に舗装された方へと入って行った。
またしばらく山道を走ると、立派な門の中へと進んでいった。
あ、着いたんだ、と思ったんだけど、どうしたのか、なかなか到着しない。で、森の中をずいぶん奥深くまで走ったような気がした頃。
視界が急に開けて、目の前に現れたのは、リゾートホテルかと見まがうような白亜の豪邸!
白い壁が目にまぶしい建物と、広大な芝生。遠くにチラッと見えるのはプール? かな? その向こうには、さっき横を走ってきた海が広がっている。けど、プライベートビーチがないって言ったのは、ここが高台だからね。
あっけにとられる私を尻目に、遊井名田くんはいつものようにクールに一言。
「お疲れ様でした、別荘到着です」
開け放たれた玄関から建物の中へ入ると、ここは絶対ホテルよ! と思えるような豪華なロビーと、レセプションが目に入る。そのカウンターの外で私たちを迎えてくれたのは、スーツを綺麗に着こなした、落ち着いた感じの男性だった。
「ようこそお越し下さいました。今日からお帰りまで、皆さまのお世話をさせて頂きます」
そう言って丁寧にお辞儀すると、その人は遊井名田くんに向かって言う。
「お疲れ様でした、一坊ちゃま」
「うん、よろしく頼むよ。あ、紹介します。彼はMR.ブラウン。いつもは本宅にいるんですが、ここの管理も任されているので、別荘を使うときはいつも来てもらっています」
すると、いつの間にか隣に来ていた甚大が、嬉しそうにコソッと耳打ちする。
「一坊ちゃまですって! 」
私もその呼び名にちょっとビックリしたんだけど、甚大ってば、彼氏がいるのにそんなニヤニヤしてていいの? と、そっちの方が気になった。けれど、彼氏さんをチラッと見ると、慣れっこなのか意に介していない様子だ。そればかりか、私と目が合うと、肩をすくめて目立たないように親指を立てているのが微笑ましくて苦笑する。
隣では、何か言おうとした時渡社長をあわてて押しとどめて、空社長が前へ進み出る。
「改めまして、これから2週間弱、お世話になります。うちの社員は個性的なのばっかりだから、対処に困ったときはいつでも言いに来てよね」
「かしこまりました。それでは、一組ずつ鍵をお渡しさせていただきます。お部屋でしばらくくつろがれた後、別荘のまわりを散策しながらご案内いたします。夕日のベストポイントなども含まれていますので、是非ご参加下さい。ご希望の方は、30分後にまたこちらへ集合なさって下さい」
そんなやり取りをかわした後、私たちは各自割り当てられた部屋の鍵をもらうと、その場はいったん解散ということになった。
「じゃあ、恭ちゃん。また後でね」
「うん! 那波たちもこのあとの散策、参加するわよね? 」
「もちろん、ね? 」
と、那波はうしろを振り返ってアスラに言う。
「はい」
アスラが返事を返したのを見て、私たちは隣り合わせの部屋へと入って行く。
「じゃあ、30分後にロビーでね」
鍵をあけた一直さんが、ドアを手で支えてくれていたから、急いでその後に続く。
ホテルのように、玄関を入るとすぐにトイレとお風呂があって、その向こうにベッドがあって――と言うのを想像していたんだけど、実際は違っていた。
「うわあ、なにこれー! 」
玄関を入るともう一つ向こうに両開きのドアがあって、それをあけるとそこはラグジュアリーなリビングルーム。突き当たりの両開きテラスドアの外には海が広がっている。
右手にジャグジーつきのバスルームと広ーい寝室がある。
で、それだけしか部屋がないのに…。
「すごーい。うちより広いかも~」
「かも~、じゃなくて、確実にうちより広いよ」
一直さんが可笑しそうに言うから、えへへ、と照れながら言う。
「そうよね、見ればわかるわよね」
ひととおり、わあ、ベッドがひろーい! トイレもすごいー、クローゼットに住めそうよー、などとはしゃいだあと、景色を見ようと窓の方へ行ってみる。
「うわー、バルコニーも広ーい」
と、置いてあったスリッパ(とはいえ、見るからに高級そうな)を履いて下りてみる。すると、那波も丁度バルコニーに出てきたところだった。
「那波! 」
「あ、恭ちゃん。すごーいねー、今度からしばらく、社員旅行は遊井名田くん家の別荘めぐりって言う企画、どう? 」
「え? アッハハ、やだ、那波ってば」
そうなのよね、那波は可愛い顔をして天然なのに、たまにすごいことを言い出すのよね。でも、私もチラッと、遊井名田くんなら、「かまいませんよ」なんてクールに言ってくれるかもね、と、よからぬ想像をしたのも事実。
などど、女ふたりが盛り上がっていると。
「恭、珈琲入ったよ」
「那波さん、ハーブティ入れました」
と、出来た旦那様が呼びに来たので、ふたりしてペロッと舌を出しながら顔を見合わせ、また部屋へと入って行ったのだった。
30分後。ロビーには、参加した人のほとんどが集まっていた。
えっと、来てないのは。
遊井名田くん、は当然よね、自分の別荘だもん。
それと、このあたりへは毎年のように夕日の写真を撮りに来ている、腕に覚えのある人たちも、勝手知ったるって言う感じで参加していなかった。
「参加される方はお揃いのご様子ですね。それでは、参りましょうか」
私たちはMR.ブラウンを先頭に、ゾロゾロとロビーを後にする。ふふ、でも、これって本当に添乗員同行の観光旅行みたい。だとしたらこれは、本日のオプショナルツアーね。
「まずはじめに、建物の周囲をひとまわりします。ご自分の部屋がどのあたりかも、確認しておかれたらいいかもしれませんね」
と言って、最初に見えたプールのある方へと向かう。部屋のバルコニーからも見えていたけど、近くで見ると結構大きいのねー。プールサイドには南国風の木が植えられ、パラソルとデッキチェアがほどよく配置されている。
プールの向こうには、だだっ広い芝生があるのだが、それは綺麗に手入れされていて、ここから見える海との境あたりに、花壇と柵がある。
「あの端まで行ってみましょう」
そう言って、花壇まで皆を誘導するMR.ブラウン。
「わあ~」
そこからは、ちょうどストンと海が見下ろせる。
眺めは絶景!
でね、でね。今日は夜まで天気も良さそうなので、夕食はこの芝生で、歓迎のガーデンバーベキューなんですって。
クルッと振り向くと、自分たちが泊まっている別荘の全景が目に入る。
はあ~、とため息が出るような豪華な眺めだわ。これはドラマや映画じゃないのよね。
自分の部屋のあたりを確認していると、横で、カシャッカシャッとシャッター音がする。
思わず見ると、時渡社長がすごいカメラでそのあたりを撮影していた。いえいえ、社長だけじゃなくて、よく見ると他の人も自慢のカメラを手に、撮影に没頭している。
わお! まだ夕方にはほど遠いのに、もうコンテストは始まっている?! さすがソラ・コーポレーションの社員だわ。
私はなんだか嬉しくて、でも時渡社長は意外だったのでコッソリ一直さんに言う。
「時渡社長もすごいカメラ持ってるのね。一直さんの方がカッコイイけど」
と、なんと、その一直さんもちゃんとカメラ持参だった。
カシャ!
「え? 」
ファインダーがバッチリこっちを向いている。
「ダメだな、恭がいると、景色そっちのけになるな」
「もう! 一直さん! 」
「はいはい。でもこの眺め。…今はまだ日が高いけれど、皆夕方が待ち遠しいだろうな」
そのあとの散策ツアーが、思いがけず撮影ツアーになったのは言うまでもない。
そしてお待ちかねの夕刻。
私たちがあちこち歩き回っている間に、さっきの芝生広場は、テーブルが並べられたバーベキュー会場に変わっていた。
「すごーい。ホントにリゾートホテルみたいね」
「夕食は日が落ちてからになりますので、どうぞそれまでご自由にお過ごし下さい」
とMR.ブラウンが言うそばから、何人かが芝生の柵のあたりに三脚を立て始める。夕日のベストポイントも教えてもらったけど、ここからの夕日もきっと素晴らしいだろう。
「今日はちょっと雲が出てきたね。けどこれはこれで、情緒があるかな」
一直さんが言う。
「一直さんは三脚たてなくていいの? 」
「うん、今日はこのまま」
そして…
第1日目の夕日が、海に落ちていく。一直さんの言ったとおり、雲が出てきてしまったけど、太陽が、横に細く広がる雲を引き連れながら海へ沈んでいくのも、また趣があった。
「…きれい」
つぶやいた目の端に、ぴったりと寄り添いながら夕日に溶け込む、アスラと那波のシルエットが浮かび上がっていた。
ソラ・コーポレーションの夏休み、お楽しみ頂いてますか。
ここに出てくるジェットコースター道路、実は以前に遊びに行った「山陰海岸ジオパーク」の、鳥取から兵庫・京都方面へ向かう、海岸沿いのドライブコースを参考にさせて頂きました。
あくまで私個人の感想ですが、あの坂道のアップダウンはすごかった!
そして、海岸線の美しいこと!
山陰海岸ジオパークには「日本夕日百選」に選ばれた景勝地もあるそうです。ですが、夕日のお話しなのに、作者は肝心の夕日見ていません(^^;)
それはともかく。
あとしばらく、一直さんや恭ちゃんたちと、バカンスをお楽しみ下さい。