事件発生?
「え、嫌だよ簡単すぎる」
……手に持ったチョークがみしりと音をたてた。
部室として使用している音楽室の黒板に書かれた曲名。その何曲かを見てそう言ったのは、後からやってきた顧問の紫藤一颯だ。
「何でですか!」
「だってこの曲、小学生も大会で吹いてるじゃん」
「そうかもしれませんけど……!じゃあ、何なら良いんですか!?」
「もっとこうさぁ……宇宙とかさぁ」
「そんなんできるかっ!!」
聖は力一杯叫んだ。
部員は、首をかしげている者と苦笑いの者が半分ずつだ。
紫藤が提案した曲は、大編成むけのものだ。しかも、グレードがやたら高い。どう考えても、銀農吹奏楽部に演奏できる曲ではない。
ああ、もう!と聖は紫藤が指した曲を消した。
紫藤はこの地区では強豪の部類に入る、大編成の高校出身である。大学の吹奏楽部も北日本ではそこそこ名が知れており、彼はそこで学生指揮もつとめていた。
かくいう聖も、小中学校は大編成の強豪といわれている学校だった。専業農家である祖父母の後を継ぎたくてこの高校に入学したが、紫藤の出身高校に吹奏楽の推薦で入れたかもしれなかったのだ。……もう過ぎた話しで、そのつもりは全くなかったから良いのだが。
「聖くん、落ち着いて」
「……ありがとう、茉里ちゃん」
落ち着く。聖と同じ農業科二年の月島茉里はふんわりとした優しい雰囲気を纏っていて、自分でも短気だと自覚する聖にとっての癒しだ。
茉里も、聖とは別の強豪中学出身。先程の紫藤の言葉に苦笑していた一人だ。
もう一人、紫藤の言う曲名を理解していた部員がいる。副部長で食品科一年生の天宮志乃だ。聖の他に候補曲を提出したのは、彼女だけだった……できた後輩である。
「では、聖さんの出したこの二曲と、わたしが持ってきた一曲で多数決をとりましょう」
「……え、沙輝さんは?」
「……いないんだから、仕方ないんじゃない?」
顔をしかめる志乃の言葉に、聖は頭を抱えた。
ただでさえ少ないこの部活。……それなのに、もう一人の副部長、食品科二年の栗原沙輝は部活に来ていなかった。