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八話

 二日後。私は、騎士団の公開訓練を見に来ていた。護衛のゴルダさんも一緒である。


 受付でその旨を話すとものすごく驚かれた。今日は獣人部隊の公開訓練ですが宜しいんですかと三回くらい聞かれた。確認は一回でいいから。


 訓練場の隅でなら好きに見学していいらしいのでゴルダさんの後について足を踏み入れた、その瞬間。訓練していた四、五十人ほどの獣人さんたちが全員こちらを向いた。なんか若干目が血走って……ヒィ⁉︎ な、なになに私なんかした⁉︎ 思わずゴルダさんの背に隠れるが、彼も驚いたらしく固まっている。


 一瞬の沈黙のあと、その場の注目を集めるかのように、パンパンと誰かが手を叩いた。


「はいはい、みんな何してるのかな。今日が訓練公開日なのは知ってるよね。今ので動きを止めたやつ、今日の訓練1.5倍にするから。ああ、全員か。僕と副隊長でみっちりしごいてあげよう」


 声の主は、筋肉質で大柄な犬獣人だった。茶色い犬耳に毛の短い尻尾がある。顔は、この世界基準だと悪くないと思う。喋り方は温和そうだが、ひょっとしてこれ、内容はえげつないんじゃないだろうか。実際、周りの獣人さんたちから不満の声が上がる。


「隊長、それは横暴だ!」


「そうだそうだ、動きを止めたのなんてほんの一瞬だろ!」


「つーか1.5倍はやばい、動けなくなる絶対動けなくなる。隊長考え直してくれ!」


 犬獣人は隊長らしい。彼はにっこりと笑った。


「そのほんの一瞬で、訓練を見にきた一般人の女の子を思い切り威圧したよね。縮こまっちゃってるのわかんないかな。口答えしたやつ二倍にしておく?」


 訓練場が静かになった。ちょ、なんかこれ大丈夫? 私のせい? 違うよね。絶対違うよね。そっとゴルダさんの背からずれて、獣人さんたちを見る。


 ……私がパッと確認できた限り全員が、まだこちらを見ていた。うん、速攻で隠れ直した。怖い怖い!


「あー……ごめんね、お嬢さん。訓練を見に来たってことでいいのかな?」


 隊長さんからのそんな質問に、私の代わりにゴルダさんが頷いてくれた。


「えっと、うちは女っ気がないからさ、お嬢さんみたいなすっごい美人さんが来てくれて、みんなびっくりして嬉しくなっちゃったんだよ。だからついつい見ちゃったんだ。とはいっても、ガタイのいい獣人の野郎ばっかり四十数人に一気に見られたらそりゃ怖いし気持ち悪いよね。驚かせてごめんね、許してください」


 隊長さんが深々と頭を下げる。


「え、ええっ⁉︎」


 私は慌ててゴルダさんのかげから出た。


「あ、頭を上げてください。そんな、何をされたわけでもないんですし。私こそ隠れちゃってすみません?」


 あれ、これって謝るべきことか? ま、まあいっか。


「あはは、優しいお嬢さんで良かったよ。僕は獣人部隊の隊長をしている、アルフ・メランデルです。失礼だけど……お嬢さんはひょっとして、アリスト家の娘さんかな?」


「あ、はい。アドリアーナ・アリストと申します」


 言い当てられたけど、別に特別珍しいことでもない。なんせ私は、理想的な絶世の美少女(笑)らしいので。出かけた時に見られて知らない人に顔バレしてるとかザラだ。


「お嬢さんみたいな綺麗な人が見学に来てくれるなんて嬉しいよ。きっと士気も上がるはずだ。訓練を2倍に増やしたって楽勝だと思うよ。是非のんびりしていってね」


「あ、ありがとうございます!」


 獣人の皆さんが、2倍のあたりで絶望的な顔を見せたんですけど大丈夫ですか隊長さん。


 見学に来ているのは、私とゴルダさんだけだった。これから人が来る可能性はなくもないけど……。やっぱり、獣人の訓練風景は人気がないのかな。


 そんなことを考えつつ、私は獣人さんたちの壁から一列ずれたように後ろにいる、本日の目的たる人物に目を向けた。そう、ラーシュさんである。こっちを見つめたまま、ずっと微動だにしていないように見えるんだけど。


 視線が合うとラーシュさんはビクリと震えた。彼が着ているのは他の獣人さんたちと同じ簡素な革鎧なんだけど、本人の素材が良すぎてものすごく華がある。


 個人的に声をかけたりはしない方がいいよね。私が来たことで中断されたっぽいけど、訓練中なわけだし。大丈夫なタイミングになったら、向こうから声をかけてくれるだろう。


「それじゃ再開しようか。1.5倍って騒ぐけどさ、全員の訓練が1.5倍になるってことは、僕と副隊長の運動量はそんなレベルじゃなく増えるんだよ? 全く。基本二人一組で一対一、順番に一対ニで僕かラーシュが相手を……ラーシュ?」


 訓練を再開しようとした隊長さんは、固まるラーシュさんに怪訝な顔をする。てか、やっぱり副隊長なのねラーシュさん。疑ってたわけではないけど。


 隊長さんが何を思ったのかニヤリとして、ラーシュさんに近付く。三メートルくらいの距離で、立ち止まり、小さく口を動かした。すごく小さい声で、何かを呟いたようだ。ラーシュさんの顔が一気に強張り、尻尾の毛が逆立った。ちょ、細かったはずのしましま尻尾の体積が二倍くらいになってる。あの距離からあの小声じゃラーシュさんも聞こえないんじゃないかと思ったけど、違ったらしい。


 ちょうど近くにいた獣人さんたちが、ヒィ、と情けない声をあげてその場を離れた。


 ゆらり、という言葉が似合う緩慢な動作で、剣を構えたラーシュさんが真っ直ぐに隊長さんに向き直った。謎の威圧感を感じるのは私だけ? ……ではなかったようで、隊長さん含めた獣人の皆さんが顔を引きつらせている。


「なあアルフ。これは訓練だ、そうだろう? 直接体を動かすんじゃなくて、他者の戦いを見て学ぶこともあるとは思わないか。その戦いのレベルが高くて、両者の実力が伯仲しているほどいいよな」


 ラーシュさんが口角をつりあげる。形だけは笑いながらも鬼気迫るその顔は、正直めちゃくちゃかっこよかった。その対象が私に向いていないから楽しめるんだけどね。あれはやばい。すごいときめいた。ときめいてる。今日初めて聞いた声も、相変わらず低くてすごいいい声してる。


 一方、アルフさんは冷や汗を流す。


「えーっと、ラーシュ? それってつまり……」


「たまには俺と模擬戦やろうじゃねーか、隊長さんヨォ」


 凶暴に笑う美貌の虎獣人は、まさに肉食獣って感じで……鋭利な刃物みたいな美しさがあると、そんな場違いなことを思った。

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