五話
やばい、なんだこれ。なんだこの人。見れば見るほど完璧だ。こ、こんなの出てくると思ってなくて、こここ心の準備が。
元々私は、大人しい系イケメンよりもワイルド系イケメンの方が好きだ。そう、まさにこんな感じの。
鋭い切れ長の目に、高い鼻に、薄い唇。それらが、理想的な配置で置かれた顔。美少女(笑)な私の場合は細い目と低い鼻と大きな口が神の采配で置かれている(笑)とかよく言われるけど、彼こそそれだ。いいパーツが、神の采配で置かれている。何これすごい。
顔は精悍でかっこいいのに、頭の上にちょこんと乗った三角耳……尻尾の模様から推察するに虎耳が可愛い。黒黄色しましまの尻尾も可愛い。触りたい撫でたい揉みたいちょっと引っ張って反応を見たい。
服で隠れてあまり見えないけど、鍛えているのか体も相当引き締まっている。いや、この世界の人間は鍛えても見た目があんまり変わらないから、元からなのか。半袖からのぞく腕とかめちゃくちゃ固そうなんですけど。ちょっと触っていいですか。……さっきから痴女か私は! おお落ち着け!
その時、こほん、と、彼の後ろから咳払いが聞こえた。お母さんだ。それに、私はびくりと体を揺らす。ハッとした。
そ、そう言えばこの人ずっと、部屋に一歩入った所で棒立ちだ! やばいすいませんごめんなさい!
「ごごごめんなさい! どうじょおすわりになってくだちゃい」
おいいいい! 第一声がこれかよ! 噛んだわ! 五秒前に戻ってやり直したい!
最近悪女モードを覚えただろ私、肝心な時こそ使いこなしてみせなさいよ!
私が思わず頭を抱えていると、彼は少し悩むような間を置いて、意を決したように口を開いた。
「いえ、お心遣いありがとうございます。俺はもうお暇させていただこうと思います。……見苦しくてすみませんでした」
あら低くてよく響くいい声。
彼は深く頭を下げると、くるりと踵をかえす。三角耳がペタリと伏せられている、可愛いなあれ。
……あれ⁉︎
「ちょ、ちょちょちょ、待ってください! お暇って言いました⁉︎ 少しくらいお話してくれてもいいじゃないですか!」
いや何言ってんの本音がダダ漏れだよ! もっとまともな引き留める言葉があっただろ!
でも、彼は動きを止めてくれた。今だ!
「ぜ、ぜひゆっくりしていってもらえませんか、いや、いえあの、もちろんご予定があったりとかされるんでしたらその限りではないんですが、その場合はできれば日を変えて後日またとかいかがでしょうか」
振り返った彼は、驚いたような顔をしていた。あーかっこいい。
「……後日また?」
え、いや、なんでそこを抜き出した?
「え、えっと、はい。この後ご予定があるんでしたら、それでも全然」
「ああ、いや、予定はないんですけど……」
ないんかい! つ、突っ込みそうになったわ。危ない危ない。落ち着け、落ち着けよ私、今こそ悪女スキルが炸裂する時だ。大丈夫、落ち着け。私は美少女、私は美少女、私は豚、いや違う私は美少女! いける!
私は胸の前でそっと手を組んで、縋るように上目遣いを作った。これ鏡の前でやったら吐くな。
「あら、でしたら是非ゆっくりしていってくださいな。私、色々とお話がしたいです」
この媚を含んだ声をあの子豚が出していると思うともう……。自分の顔が見えなくてよかった。とんでもない自爆技を仕掛けてしまったようだ。しかし、それに見合う威力はあったらしい。彼は分かりやすいくらいに顔を真っ赤にした。私は心の中でガッツポーズを取る。
「あ、うぅ……えっと……」
真っ赤になった彼は、口をパクパクさせている。ワイルド系イケメンの照れ姿の破壊力半端ないっす。
「ご予定はないんでしょう? なら、是非お座りになってください」
「は、はい……」
ようやく彼を席につかせることに成功した。
ふふふ、聞きたいことは一杯あるんだ。いっぱいお話しして仲良くならないと。だって私に贈り物をくれてここにいるってことは、彼には特定の相手はいないってことだ。それに彼のこの容姿、この世界じゃ結構受けが悪いんじゃないかと思う。肌とか髪とかは綺麗だから、どの程度のランクなのかはよくわかんないけど……。少なくともイケメンとは認識されていないはず。虎耳と尻尾も、多分マイナス要素なはずだ。ああ、その耳と尻尾触りたいな……。仲良くなったら触らせてくれるよね、きっと。きっと!
「えっと、自己紹介が遅れてすみません。私は、アドリアーナ・アリストと申します」
にっこりと微笑むと、彼もしどろもどろになりながら返してくれた。
「あっと、俺は、えっと……ラーシュ・ヴィルムです」
「よろしくお願いしますね、ラーシュさん」
「はい、よろしくお願いしま……え⁉︎」
ラーシュさんが驚く。お母さんと、角度的に見えないけど護衛のゴルダさんも驚いただろう。
ラーシュ・ヴィルム。つまり、ラーシュがファーストネームで、ヴィルムがファミリーネームだ。こういう場合、普通はファミリーネームにさん付けで呼ぶ。男女間でファーストネームを使うのは、それなりに親しい間柄であることが多い。普通に考えたら、ヴィルムさんと呼ぶべきなのだ。
ただし。男性が無断で女性のファーストネームを呼ぶのはかなり失礼に当たるけど、女性から男性はそんなに失礼でもない。私がラーシュさんと呼んだのは、百パーセントわざとである。せっかく美少女(笑)なんだから、攻めの姿勢でもいいよね!
「ラーシュさん、もしよければ私のことはアドリアーナとお呼びください」
さすがに、親族が呼ぶような愛称『リア』では問題があるが、アドリアーナならまだ許容範囲だろう。
「はぇ⁉︎」
おー、慌ててる慌ててる。頭の上で、虎耳がぴょこぴょこと慌ただしく動いている。かーわいい。よし、ちょっと調子出てきた。
「……ダメですか?」
悲しそうな顔をすると、ラーシュさんはブンブンと首を横に振った。
「だ、ダメじゃないです! ……けど、えっと、俺なんかにそんな風に呼ばせるのは……」
「……ダメなんですか?」
しゅんとして眉尻を下げる。
「ダメじゃないです!」
「そうですか、ではアドリアーナとお呼びくださいね」
にっこり。
ラーシュさんは固まった。そんな顔もかっこいい。
「ね、ラーシュさん。ラーシュさんはお幾つですか? 私より少し年上かと思うんですが」
「え? あ、はい、19歳です」
微笑む彼がかっこいいです。こんな精悍で魅力的な生き物を野放しにしておいてくれたこの世界のお姉様方、ありがとう。
「4歳差なんですね。ラーシュさんは、何をしていらっしゃる方なんですか?」
「仕事ですか? 騎士団の獣人部隊の副隊長をしています。具体的には治安維持とか、要人警護とかですかね」
…………へ?
副隊長って言ったよねこの人、副隊長? 獣人は身体能力が高いから獣人部隊は強いって聞いたことがあるんだけど……、その副隊長? その中でも実力者ってこと?
「えっと……、ひょっとして強いですか?」
「……ええ、まあ、戦闘能力に関して言えば強いですね」
お、ちょっと期待しちゃうぞ。
「すごいですね! お仕事してるところとか、戦ってるとことか、ちょっと見てみたいなぁ」
本音だ。こんなかっこいい人が剣で戦ってるとことか、素晴らしく絵になるに決まってる。しかも強いときた。最高じゃん! 超見たい。
そう言われるとは思っていなかったのか、ラーシュさんは目を見開いた。
「え、えっと、一応、騎士団の訓練風景を見られるように一般に開放されている日も……、ああいや、汗臭いところなので来なくても、全然、」
「行きます」
「構わな、……へ?」
「それって、ラーシュさんが訓練で剣を使ってるところとかも見れるんですよね?」
「は、はい」
机に乗り出さんばかりに迫る私に、ラーシュさんがたじろぐ。いけないいけない。威圧しちゃったみたいだ。
「是非行きます。むしろ次はいつですか」
「獣人部隊の公開日は明後日ですが……なんというか、多分お目汚しですよ? 人間部隊の方が容姿はまともなので、……腕は正直こちらの方が上ですが……、訓練が見たいなら人間部隊の方を見に行った方が」
「明後日ですね! 絶対行きます!」
なんか言ってるけど後半はどうでもいいよね。私はラーシュさんが見たいのです。すごい目の保養だもん、この人。