三話
今日は、贈り物をくれた男性一人目と会う日。
私は、姿見の前でおかしなところがないか再度チェックした。ぶよぶよの体に、肉に埋れた細い目。低い鼻、大きな口、真っ白い肌。金髪だけはサラサラで綺麗だけど。酷いね、ワンピースが凶器に見える。うん、今日も平常運転で子豚ちゃんだ。おかしなところしかねーよ。公害だからワンピースとか着るんじゃねーよ。でもみんなはこれを可愛いとか美しいとか言うんだよね。文化の違いって怖い。
「リアちゃん、準備はできたの?」
「うん、できたよ。お母さん」
お母さんも少し着飾っていた。太い足が晒されていて、私以上に短いワンピースが目に毒だ。文字通りの意味で。犯罪スレスレのこれも、妖艶な熟女の生足がどうのってことになるんだってさ。さいですか。猥褻物陳列罪モノじゃないんですかこれ。
いや、色々言ったがお母さんは好きだ。ただ見た目が大分アレなだけ。
「そろそろ相手の方が来る時間よ。客間に座っていてちょうだい」
「うん、分かった」
基本的にこういう時、迎えに出るのは親族の女性らしい。引き合わされる本人は、客間でおとなしく待つのだ。
客間に入ると、部屋の隅に護衛のゴルダさんがいた。筋肉質の男性で、既婚者だ。お父さんがものすごくそこに拘った。既婚者以外は娘に近付けてたまるか、ってことらしい。彼に会釈してから座る。こっそり照れつつ嬉しそうにするのやめてもらえませんかね、気付いてますよ。自分じゃそこまで悪くない顔してると思ってるんでしょうけど、私的にはあなた結構不細工なのでデレデレしてる顔はちょっといやです。奥さんに言っちゃうぞ。
本当はお父さんか兄さんがこの場にいたいんだろうけど、あの二人は超がつくほど忙しい。商人だからね。
そんな取り留めもないことを考えていると、扉がノックされた。入ってきた男性に、まずは指の先まで意識しながら綺麗な礼をする。顔を上げて満面の笑みを浮かべ、少し首を傾げてやると男性は真っ赤になった。……ちなみにこの動作、試しに一人で鏡の前で試してみたら気持ち悪くて吐き気を催した。
「あ、す、すみません。僕は金物のしゃい、細工師をしております、どら、ドラン・マクベスといいます。その、ほほ本日はお招きいただきましてありがゴザイマス」
面白いくらいカチカチなんだけど。大丈夫かなこの人。お母さんはマクベスさんの後ろでニコニコしている。罪作りな女ねぇ、とか思っていそうだ。
「私はアドリアーナ・アリストと申します。この度は素敵な贈り物をありがとうございました、マクベスさん。どうぞおかけください」
伊達にお母さんの特訓を受けていない。浮かべている微笑も椅子を進める所作もそれなりにまともな自信がある。
「ありがとうございました」
マクベスさんはぎこちない動作で椅子に座る。いや、ございましたっておかしくないか。おかしいよね。ここで小説の鈍感な主人公ならその理由がわからないのかもしれないが、さすがに気付かないわけもない。彼、照れまくっている。この顔の破壊力は、十五年の人生で知り尽くしているのだ。未だに、ずっと鏡を見てるとだんだん気分が悪くなってくるけど。
彼が私の目を見られず、少しうつむき加減なのをいいことに、私はあからさまにならない程度に彼を観察する。顔は、悪くはない。特別良くもないけど。良くも悪くも平均的かな。背は高いけど痩せ型だから、体格はこの世界じゃ受けが悪いだろう。
とりあえず緊張しているようだったので、私から話を振ることにした。
「マクベスさん。私に下さったあの銀食器は、ひょっとしてマクベスさんが細工なされたものだったのですか?」
「ひぇ? は、はい。心を込めて細工させていただきました」
「そうですか。ありがとうございます、素敵でした。実は、あの銀食器がとても気に入ったから、マクベスさんを招待させていただいたのです」
「そそそそんな滅相もない! ありがとうございます」
滅相もないってどういう意味だっけ、ここで使うのって正しいんだっけ? まあいいか。
それから、マクベスさんは終始緊張気味だったので、私主導で会話を進めた。向こうがガチガチに緊張してると、ちょっと楽しいよね。わざとからかってみたりとかさ。Sっ気はないつもりだったんだけどな。
マクベスさんが帰った後、お母さんはクスクスと笑っていた。リアちゃん貴女、悪女の才能があるわよ、と。酷いですお母様。
それから二人目、三人目と会っていった。みんな照れてドギマギするから、自分の悪女スキルがどんどん上がっていくのを感じる……。微笑み一つで手玉に取れちゃうんだもの。こっちが余裕を見せて優雅に振る舞えば振る舞うほど、向こうはわたわたしていく。それが楽しくてもうね。ちなみにこの傾向、私的に格好いい人の方が強い。私基準でかっこいい人って、女慣れしてないんだろうなぁ。あー楽しい。遊んじゃ悪いけど楽しい。
で、自室に戻って姿見を見るたびに我にかえるのよ。なんか子豚ちゃんがいるわ、みたいな。
今日は、十人目の人に会う日だ。いつも通りにおめかしして、客間で待つ。この流れにも慣れたものだった。今日も護衛のゴルダさんは部屋の隅に控えているけど、彼が必要になる事態に陥ったことは一度もない。もはや空気だ。
今日の人に会ったらとりあえず新しい人に会うのはお休みして、私的に一番良かった六人目の人ともう一度会ってみようと思っている。……ちょっと待って、思考回路が本当に悪女になりかけてないか。この世界での女の婚活としてはおかしなことでもないんだけどさ。
ノックが聞こえたので立ち上がって礼をする準備をする……が、現れたのはお母さんだけだった。
「あれ、お母さん? どうしたの? 相手の方は?」
お母さんはかなり困っているようだった。
「その、ね。実はいらしているんだけど、少し待ってもらってるの。彼、獣人なのよ。確かにこちらも、手紙で連絡を取った時には人間ですかなんて聞かなかったけれど、普通は自己申告すべきだわ」
「獣人……」
獣人は亜人とも呼ばれて、純粋な人間よりも劣ったものとして見られることがある。もちろん法的に差別されてたりするわけではないのだけど……。でも、おかしいな。お母さんは、そんなに亜人差別って気にしないと思ってたんだけど。娘の旦那候補としては許せないとか?
「別に気にしないよ。第一、呼び出しておいて獣人だからお帰り下さいとか最低だよ」
「ええ、まあ、その通りなんだけれどね。彼、その、外見も……。いえ、それこそ最低ね。何でもないわ、お呼びするわね」
お母さんはドアから出て行った。
ふーん、獣人なのか。獣人、哺乳類系ならむしろ好きなんだよね。あの耳とか尻尾とか最高だよ。特に犬猫系の獣人の子供の愛くるしさは異常だ。ただ、爬虫類系は少しだけ厳しい時もある。人によるんだけどね。でっぷり太った蛇獣人の中年親父とかは、申し訳ないけど鳥肌が立って悲鳴を上げかけた。顔の上半分が鱗に覆われてて、目は黄色く濁ってて白目がなくて、口を開けたら二股の舌が出てくるんだもん。口元は人間の皮膚なのが逆に不気味だった。こっちの世界の人は、人によっては哺乳類系の獣人もあんな風に……言い方は悪いけど、おぞましく見えているらしい。人面犬的な。だから差別されちゃうんだよね。
あ、何の獣人だかお母さんに聞いておけばよかった。爬虫類なら事前の心構えが欲しいな。よし、爬虫類だと思っておこう。今日の……えーと、ラーシュ・ヴィルムさんだったな。彼は爬虫類、爬虫類、爬虫類……。そう思っておけば、哺乳類系が来たらもうけものと思える。
あ、でも彼がくれた贈り物、猫みたいな獣の意匠が入ったブローチだったな。てことは猫獣人? ……いや待て待て期待するな。爬虫類爬虫類爬虫類!
そんな風に自己暗示をかけていると、控えめにドアがノックされた。
「どうぞ」
立ち上がり、礼の準備をする。何が出ても動揺するなよ私。爬虫類爬虫類爬虫類!
ドアの向こうにいる男性を見て笑顔を浮かべようとした私は、しかし、半笑いのような奇妙な表情になっていたと思う。礼をしかけた不自然な体勢のままで男性を見つめる。
その獣人は、爬虫類ではなかった。
短く切った金髪の間から、同色の三角耳が二つ生えている。腰からは黄色と黒のしましま尻尾が揺れていた。
鋭い切れ長の茶色い瞳に、スッと通った鼻梁。薄い唇。少し浅黒い肌に、引き締まった無駄のない体。身長は190cmは越えているだろうか、がっしりとした印象を受ける。
「あ、う……」
嘘だ。そんなわけのわからない言葉を漏らしそうになった。
私の理想を体現したかのような虎獣人が、そこに立っていた。