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その後【6】後編

ほぼ同時に前編も投稿しています。お気を付けください。

 きぃんちょうしたぁぁぁぁ!!!


 まだ心臓がバクバクいってるよ! すーはーすーはー。だ、第一印象は大事っていうけど大丈夫だったよね? だったよねラーシュ⁉︎


「大丈夫だって。どんだけ緊張してるんだ。そしてその質問三回目だぞ」


 プルプルと肩を震わせるように笑いを嚙み殺しているラーシュを、私はキッと睨んだ。笑いをこらえたヘニャっとした顔で視線を返してくるラーシュ。あ、めっちゃ可愛い。にやけた。


 今、私はどこにいるかというと。なんとなんと、ラーシュのご実家である! 顔見せに来たのだ!


 ラーシュの実家は隣町の郊外にあった。ラーシュ曰く、ぶっちゃけ栄えてないしうちのある町ほどは治安も良くないけどそのおかげで地価は安いとか。ラーシュの家族ですからね! 皆さん力は強いし健脚だから買い物とか遠くても別に苦じゃないらしい。豚にはつらい立地だぁ。尊敬します。


 ラーシュの家族。まあ期待するよね。だってラーシュだよ? ワイルド系美形の完成系、ラーシュ様の家族だよ? どんなご尊顔かわくわくするよね。しかもみんな尻尾と耳付きらしい。もうね、わくわくしかしないよね!


 と、少なくとも昨日の夜までは思っていたのだけれど。馬車に揺られ、ヴィルム家が近付いてくるほどに緊張しすぎてやばくなった。ご実家への挨拶ってとんでもないイベントだな! だんだん吐きそうになってきたところでなんとか到着。精一杯お行儀良く、指一本にまで気を配ってご挨拶した。そのままラーシュごと部屋に通され、今は待機時間だ。昼食兼歓迎会を開いてくれるらしく、手伝おうとしたら断られた。そういうものらしい。


「にしても、ラーシュ」


「ん?」


「凄まじい見目麗しさだったね」


「………………なにが?」


「ご家族」


 ラーシュは渋い顔をする。いやー素晴らしく絵になる家族だった。お母様は適度に日に焼けて健康的な印象の美女。お父様はスラッと背が高くて優しげな印象、けど弱々しい感じはしないナイスミドル。私と同い年らしい弟くんは、背は高いけどめっちゃ可愛かった。ちょっと警戒するようにピクピク動く耳はあれなに、誘ってるの? 揉んでいい? 尻尾の先が揺れてるのはなに、掴んでいい? ちょっとだけだから、痛くしないから! という欲望は必死で隠したのでばれてはいない、はずだ。


「弟くんの左腕は怪我でもしたのかなぁ、包帯巻いてたけど」


「……さぁ」


 ラーシュは目を逸らした。んん?


「あ、心配しなくてもラーシュが一番だよ! というか完璧というか、ワイルド系の最高峰に君臨していらっしゃるからこれ以上のものはちょっと望むべくもないといいますか」


「……」


「なにそのまた始まったよって顔は!」


「俺の考えてることがよくわかったな」


 ラーシュはもう、美的感覚に関する相互理解を完全に諦めた節がある。私はそういうものだと、納得はできないが理解はしたって感じだ。


「一応言っとくけどうちの家族は容姿に関しちゃ下の下だからな」


「ほんとそれね、もったいなさすぎるとしか私には言えない」


 苦笑したラーシュの顔を撮りたいのでカメラをください。相変わらず素晴らしいです。






 しばらくすると準備ができたらしく、お母様が呼びにきた。こんなところでラーシュとじゃれるわけにもいかず、かといってやることもなくて暇を持て余していたので助かった気分だ。


 連れて行かれた先にあったテーブルは……なんだか非常に小さかった。乗り切らなかった料理が別の机に置いてある。……ラーシュが独り立ち済みで普段は三人暮らしなわけだし? 今はお料理をいっぱい用意してくれてるわけだし? 多分うちが商会なんかやってるからおかしいのであって、この世界の一般的な机のサイズはこれなのだろう。随分距離が近いんですが。ラーシュともご家族とも近いんですが。家族の距離感はこんなもんが標準なのね。


 食事は和やかだった。色々聞かれはしたけどね、馴れ初めとかうちの家のこととかそれはもう色々と。よかったぁぁ、圧迫面接でこられたらどうしようかと。マナーなんかには自信がある、どんとこいだ! お話に答えながら完璧な食事マナーを。私負けない。


「ところでアリストさん」


「はい?」


 みんなが大体食べ終わって一息ついた頃。ラーシュの弟のマルク君が笑顔で話しかけてきた。彼もなかなかに整った顔をしている、私のラーシュには負けますけどね! ふふん!


「実は母は似顔絵師をしてまして、ここに兄貴の小さい頃の絵があるんですが興味はあり……」「超あります」


 しまった食い気味で返事をしてしまった。机に乗り出さんばかりの私の肩を隣(超至近距離)のラーシュがさりげなく抑えている。お世話になってます。


 マルク君は冊子のようなものを私に掲げたまま驚いたように固まっている。おうおう、その中身か? ラーシュの子供の頃の姿が詰まってんのか? おうおう。さあ見せてもらおうか。さあ!


 きっと今の私は猛禽類ばりの目で冊子に狙いを定めていることだろう。マルク君がおずおずと差し出すそれに礼を言って、逸る気持ちを抑えながら丁寧に開く。これ長くなるやつだ、と隣のラーシュが呟いたような気がしたが気にならなかった。


 果たしてその中身は。私には、ラーシュのお母様万歳としか言えない。


 最初の数枚はまだ、普通に可愛い赤ちゃんだった。ちょっと耳と尻尾は生えてるけど。アルバムの中のラーシュが真価を発揮し出すのは、ある程度成長してからだ。ちょっと捻くれたような、生意気な表情が多めだったらしいその少年は、控えめに言って天使。よーしよしよしって撫でくりまわしたくなる。怒られそうだけど。そしてちらりと横を見ると、立派に成長した見目麗しいラーシュ様。私の見るアルバムを覗き込んでうわぁとでも言いたそうな嫌な顔をしている彼は、そんな表情もかっこいい。


 絵の中のこれが成長して、目の前のこれになった。……き、奇跡の生き物か⁉︎


 私が改めて見つめ直した奇跡に驚愕していると、ラーシュの呆れと照れが半分ずつに混じったような表情と目があった。ラーシュはちらりと目線だけで周りを見回してから口元を引き締める。つられて周りを見ると、お父様お母様弟くん、つまりこの場の皆様も私と同じように驚いた顔で私を見ていた。なになに。そっちが見せてくれたんじゃない。さすがに盗んで帰ったりはしませんよ、しま……これ、頼めば一枚くらい貰えたりするかな。写真の焼き増しみたいなことができればいいのに。


 そんなことを考えながらパラパラと手元のアルバムを捲っていた私は、とあるページで目を止めた。そこにはラーシュとマルク君、兄弟二人が並んでいる絵があった。年を予想するならラーシュが15歳、マルク君が11歳と言ったところだろうか。だとしたら四年前になる。


 その絵の中では、マルク君の左腕がきっちりと描かれている。私は思わず、机の向かい側に座っているマルク君の腕をちらりと見た。左腕にはきっちりと、それはそれは丁寧に、しかも多分何重かに包帯が巻かれている。しかしさっきから、なんの問題もなくその腕を動かしているのだ。怪我でないことは明白だった。あえて触れないでいたのだけれど。


 私の視線に気付いたらしいマルク君が口の端を歪めて薄く笑った。その表情が余りにもラーシュに似ていて、私は小さく息を呑む。そう、それは、ラーシュが自嘲的なことを言う時の顔だった。


「気付きました? 俺の左腕」


「えっと……」


 何をどこまで気付いていたら気付いたことになるんだろうか。


「せっかくだから見ていきます? 綺麗なアリストさんは見たことないでしょ、俺みたいなキモチワルイ……」


「やめろ、マルク」


 左腕の包帯を解きかけたマルク君を止めたのは私でもラーシュでもなく、ラーシュのお父様だった。


「もう十分だろう。わざわざお前がそれを見せる道理もない」


 厳しい声音で言い切ったお父様に、マルク君はバツが悪そうに俯く。えっと、私、微妙についていけてるようでついていけてないんだけれども。


 私が絵の中で見た、マルク君の左腕。そこには、虎の縞々模様の毛皮があった。手が虎の前足みたいな形をしているわけじゃなくて、骨格は人間っぽいのに、そこに毛皮が生えてる感じ。私が気付いたことは、その包帯の下には虎の毛皮があるのかなぁとかそんなもんなんだけど、この深刻そうな雰囲気の原因はそれで合ってますかね? って聞ける感じじゃないんだよね。


 なんとなく気まずくなった食卓で口を開いたのは、ラーシュだった。


「アドリアーナ」


「はい」


「俺の見た目、好きか?」


「はい?」


 ……え、ここで公開でラーシュ好き好きーって言えと? ご家族の前で? マジで?


「この尻尾と、耳は好きか?」


 ラーシュは自分の尻尾をむんずと捕まえて、私の目の前に持ってくる。ゆらゆらと揺れる尻尾に私は釘付けだ。耳はピコピコと、多分意識的に動かしている。……こんなの。


「超好きです」


 そう答える以外にどうしろと言うんだ。自分で聞いといてあからさまにホッとした顔をするラーシュ、可愛いんですけど。


「じゃあ、俺のこの耳と尻尾をなくせるとしたらどう思う?」


 ぬおお続けるのかこの問答。ええい、女は度胸。少なくとも、私がラーシュを大好きってことをラーシュのご家族に知られて問題は……今現在この場での私の羞恥心以外はないはずだ。落ち着け豚、頑張れ豚。お前はおそらくここの方達からは可愛く見えてる。ちょっともじもじしながらラーシュへの好意を伝えても、自分で思ってるほどは、多分キモくない。大丈夫。


「耳と尻尾がなくなったらものすごく悲しいけど、それなしでもラーシュは十分すぎるほどかっこいいと思います。問題ない!」


 どうだ! 言い切ったぞ!


 真っ直ぐにラーシュの目を見る。彼我の距離は、小さなテーブルのせいで少しずれれば肩が触れるくらいに近い。見つめられたラーシュは面白いくらい動揺した。耳がくるんくるんと落ち着きなく動き、顔が赤くなる。目を合わせていられないのか、そっと視線を逸らされた。可愛い。


「う、あー……えっと、あの、そうじゃなくてだな、あー……」


 言葉を探すラーシュは、恥ずかしいのか自分の顔を大きな手で覆った。え、なに、そんな可愛いと襲うよ? 襲っちゃうよ?


「し、質問の仕方を変える。俺の尻尾を取り去って、耳も変わって、純粋な人間になることが可能だったとして、アドリアーナはそれをしてほしいか?」


「いやそんなん私が望む理由がなくない?」


 おっと、思いっきり素だ。いかんいかん。


 ラーシュは気を落ち着けるように大きく深呼吸をしてから、ご家族の方に向き直った。


「……聞いての通り、こういうことだ」


 いやどういうことよ。のろけか? 自慢ですか? 恥ずかしいんだけど。しかしお三方にはそれで十分に通じたらしく、それぞれ驚いた顔をしている。互いに目配せをして、代表するように口を開いたのはお父様だった。


「アリスト君。君は、獣人の身体的特徴に耐えられるというだけではなく、逆に、それを好んでいるということかい?」


 深く考えずにはい、と答えかけて、三人のあまりに真剣な様子に一度口を閉じた。よく考えてから答えることにする。


「……好きなものの方が多いですが、正直、ものによりますとしか。少なくとも虎耳と尻尾は好きですね」


 爬虫類系の獣人は少し苦手だったりするのである。


 そして私の答えになにやら疑わしげな弟くん、私の真意を探ろうとするような目を向けてくるお父様。そ、そんなに信じられませんかね? 変わっている自覚はありますけども……。


 そんな中、唯一嬉しそうにしているのがラーシュのお母様だった。


「とにかく、アリストちゃんがラーシュを好いてくれているのは本当だと思うわ。仕草や目線から滲み出てるのに、何でうちの男共はわからないのかしら。ふふ、こんな綺麗な子がお嫁さんになってくれたら嬉しいわ。こんなおばさんでごめんなさいね」


「えっ、おばさんだなんて! ものすごくお綺麗なのに!」


 一瞬空気が凍った気がした。あれ。


「……アリスト君、うちの家内を持ち上げてくれるのは嬉しいが、そんなに気を使わなくてもいいんだぞ」


 お父様は困ったような、慈悲深い表情をってちょっと待って。今のは本音だよ! 本当に美女なんだよ私から見たら! お世辞を言う必要もないくらいに。リアルに親と子ほどの年の差があるのに、豚よりはるかに……あ、泣きたい。


「……お袋、親父。アドリアーナの今の言葉は、多分本気だ」


 そんな私に援護射撃をくれたのは、赤面から回復したラーシュさん。可愛かったなぁ。


「アドリアーナは変わってるんだよ。俺をかっこいいと言い出すくらいには。……そうじゃなきゃ、こんなの、ありえないってわかるだろ」


「……」


 みんな困ったような顔をして、気まずい空気が流れる。うわぁ。


「……兄貴は」


 ポツリと呟いたのは、弟のマルク君だった。


「兄貴はその、不自然なまでに都合のいい話を信じてるのかよ。変わってるなんて、そんな一言で済ませて?」


 ラーシュは少しだけ目を見開いて、穏やかに細めた。


「ああ」


「そんなのっ、……⁉︎」


 何かを言い募ろうとしたマルク君の言葉が止まる。彼の左腕を、ラーシュがガシッと捕まえたからだ。テーブルが小さいので、幸か不幸かラーシュの長い腕なら机の上に置いていた左腕を掴むことは難しくなかったらしい。


 マルク君が抗議する暇もなく、ラーシュの爪が包帯を破いて、引きちぎった。バラバラと解けた白い布の下から覗いたのはやはり、縞々模様の毛皮。


「お、おい! ふざけんなよ!」


 ようやく我に返ったマルク君はラーシュから腕を取り返し、私から隠すように体の後ろに回した。私の反応を伺うその瞳には怯えが見えた気がして、なんとなく野良猫を思い出す。包帯を破いた後はあっさりと腕を離したラーシュは、横目で私の反応を確認している。なんだなんだ。


「アドリアーナ」


「なに」


「腕、見えたか?」


「……いやまあ、そりゃ」


 目の前で起こりましたからね。


「どうだった」


「どうって。金色と黒色の毛並みでした」


 予想に違わずね。


「それだけか?」


 なにを求められているんだ!


「……綺麗な毛皮だったと思うけど」


 苦し紛れにそんな感想を述べたら、ギリ、と歯を食いしばったマルク君が体で隠していた左腕を逆に前に出してきた。


「綺麗? よく見てよ、アリストさん。俺の毛皮は左腕にしかない」


 え、あ、そうですね?


 一応それは見ればわかるんだけど、なんて答えればよろしいのか……って。私は見つけてしまった。マルク君の左腕には……!


「ちなみに、アドリアーナ。左右非対称に獣の特徴が出てるのはあんまり歓迎されない。でも、俺の見立てが合っていれば、アドリアーナは……アドリアーナ?」


 説明をくれていたラーシュが不思議そうに私を見ている。だが私は見つけてしまったそれ……ピンクの肉球から目が離せない。四つ脚で地面を歩くことがないからか、大きな肉球はものすごくふにふにして柔らかそうに見えるんですがどうでしょう。


 きっと私の目はキラキラしていたんだろう。ラーシュは予想通りと言わんばかりに頷いた。


「触ってみたいのか?」


「そりゃ当然マルク君がよろしいのでしたら」


 左腕をじっと見つめられて、マルク君は狼狽しているように見えた。助けを求めるように瞳を揺らすけど、お母様はニコニコと、お父様は困ったように、二人とも微笑んでいるだけで動く気はないようだ。やがて、そっと私に腕を差し出した。


「ほんとにわざわざ触りたいの? これを? 本気?」


 ちょっと上目遣いに聞いてくる彼はかなり美形だし、このおずおずとした感じとうなだれた耳はなかなかの破壊力だ。ラーシュに出会う前ならやばかったかもしれない。


「逆に聞きますが触っていいのね?」


 マルク君に聞いたのに、マルク君は目線でラーシュに助けを求めるから、私の視線もラーシュに向いた。大きく頷くラーシュ。よしきた。ゴー。


 手の甲を上に差し出された手を掴んで、くるっと反転。真っ直ぐに肉球をふにふにすることに……


「ぴゃんっ!」


「……」


 すごく可愛い悲鳴が聞こえたんですけれども。同い年だよねマルク君? 離したほうがいいかなこれ。マルク君は何やら真っ赤になって、頑なにこちらを見ようとしない。申し訳なくなってがっしり掴んでいた肉球ちゃんを解放してみたけれど、腕を引く気配はない。おーい、今なら逃げれるよ。いいの?


「アドリアーナ」


「ん?」


「照れてるだけだから気にしなくていい、存分にやれ」


 ふむ。まずはラーシュの許可ゲットじゃん? ご両親を見ると、お母様はうんうんと何度も頷いていた。こっちも許可ゲットじゃん? お父様は、と見つめると、相変わらずの少し困った笑顔で小さく頷いてくれた。ご両親もクリアね。


 最後にマルク君をじっと観察する。視線に気付いているだろうマルク君は、真っ赤になった顔を大きく背けたまま口を引き結んでいる。耳はパタパタと暴れて、対照的に尻尾はピンと立って先だけがピクピクと動いている。これ知ってる。緊張して照れてるときのラーシュの反応がこれだ。いつでも引き抜ける左腕を私に預けたままにしてることからも、これは。


 ……結論だけ言うと、肉球は柔らかくて最高で綺麗な毛並みはツヤツヤしていた。なかなか飽きない私に嫉妬したらしいラーシュがふれあいタイム強制終了をかけたことにより、その場は収められることとなったのであった。






 帰り道。行きも乗った馬車の中で、ラーシュは珍しく疲れた顔を見せていた。というのも、ラーシュ曰く、恋敵が増えたので実家なのに気が休まらなかったらしい。隙あらば略奪できないかと考えていそうなので、マルク君には今後できるだけ会わせたくないとか言われたけど、ええ……? 気のせいか一時の気の迷いでしょうさすがに。ラーシュのことで何かあったら、いや何もなくても、気が向いたらいつでも手紙をくれって連絡先は教えてもらったけどさ。


「アドリアーナ」


「ん?」


 小声で呼ばれて振り向くと、ラーシュの綺麗な目がこちらをのぞき込んでいた。ひええ激写だ激写! 写真にしたら雑誌の表紙を飾れる、間違いない。


「今日はありがとう」


「えっ、それはこっちのセリフだよ。ご家族にすごくよくしてもらっちゃったし! 今日はありがとう!」


 ほんと、和やかでいい人たちで感謝しかない。そう伝えると、ラーシュは柔らかく笑った。


「ああ、大事な家族なんだ。……認められることで救われることって、あるんだよ。俺はそれをよく知ってる」


 ラーシュは何かを考えるように、一瞬だけ外に目をやった。


「…………それでももちろん譲る気はないから、せいぜい自分で探すんだな」


「ん?」


 なんかごにょごにょ言ってて聞き取れなかったぞ。首をかしげると、よしよしと言わんばかりに頭を撫でられた。ってうわ、撫でられた! わーい!


 ラーシュの手は大きい。にへら、とだらしなく笑った私を見て、ラーシュも優しく笑った。うん、今日も平和だ。

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