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その後【5】後編

 私が息子のルドルフと立てた計画は、私の娘・リアが誘拐されたと見せかけるものである。


 ラーシュ・ヴィルムの休日に合わせて、ルドルフがリアと観劇に出かける。そしてラーシュ・ヴィルムの自宅には手紙を送りつける。内容は、アドリアーナ・アリストを誘拐したこと、指定の場所に誰にも知らせずに俺一人で行かなければアドリアーナの安全は保障しないことを告げるものだ。


 この状況でどのような行動に出るかで、当人の能力やリアへの気持ちを測ってやる。測ってやるぞぉ! 馬の骨が!


 そう思っていたのだが、監視につけていた者から開始早々ラーシュ・ヴィルムを見失ったと連絡が入った。動向を逐一報告させるために高価な通信用の魔道具を用意したというのに、使い道はミス報告かよ! そこらの家の屋根に登って逆側から飛び降りたようですってとんでもないな、本当に人間かよ!


 ……とこのように多少取り乱したこともあったが、しばらくするとラーシュ・ヴィルムを再び発見したと報告があった。手紙の指示通りにたった一人で、真っ直ぐにこの倉庫に向かっているらしい。どうやらアリスト家には報告しないという決断をしたようだ。ちなみにもしもアリスト家に来た場合、『当主の居場所がわからない上司もちょうどいないのでわからない、あとで帰ってきたら報告しときますねー僕下っ端で権力ないんでー』と、わざと無能な対応をするように指示してあった。もちろん、本来はこんな対応をするような奴はアリスト商会にはいない。そんなもの速攻でクビにしている。


 さて、この貸し倉庫(アリスト商会所有の倉庫だとバレかねないのでわざわざ借りた)には出入り口が二つ。普通に乗り込んでくるのかどうするのか、騎士団獣人部隊副隊長とやらのお手並み拝見だ。


 ……と、そんなことを思っていた時期が私にもありました。


 最初は普通だったのだ。外の部下からは、倉庫の周りを回って構造を確認しているようだという報告が入っていた。それが突然焦ったような口調で『上、上です! 登りました!』と通信が入って、反射的に天井を仰ぎ見たところ、天井が爆発。瓦礫と共にでかい男が降ってきて、あっという間もなく暴れ始めるという悪夢のような事態に。一瞬真っ白になった頭が元通りに回り始める頃には、膝とふくらはぎが鈍い痛みを、脅すようにナイフで引っ掻かれる首が鋭い痛みを訴えていた。


 ……荒くれ者そのものの口調で私の恐怖を煽る男は、端的に言うと醜く、そして恐ろしい顔をしていた。報告書で見たそのまま、いや、実物のインパクトはもう少し上か。声を発するために喉を動かしたらそのまま切られてしまいそうで、かといって何かを言わなければ事態が収拾するとは思えない。本気で命の危機を感じるので情けないがネタばらしをしようとしたのだが、その前に、護衛に置いていたゴルダが声を上げた。そう、ゴルダはこの恐怖の権化のような男と面識があるのだ。だからこそ、覆面をつけさせていたのだが。ゴルダを見て、男が戸惑ったような顔をする。今だ、今を逃したら本当に殺されかねない。アドリアーナの父親であるとバラそうとした時、倉庫の扉が荒々しく開けられた。


 降臨したのは見間違えようもない、見目麗しい私の天使、リアである。外から射し込む光が後光となり、神々しい。




 ————そして今、かわい美しい女神なリアは、私の口から全ての事情を話させた私の天使は、憤怒の表情で私を睨んでいる。私の隣には、左頬を見事に赤くしたルドルフの姿が。おそらく私の左頬も同じように赤くなっていることだろう。リアの本気の一撃である。


 リアのことはルドルフが観劇に連れ出していたのだが、ルドルフの態度に違和感を覚えたリアがルドルフを問い詰めたらしい。返答に窮したのを敏感に感じ取ったリアに計画のことを吐かせられたルドルフは、強烈なビンタを喰らいつつこの倉庫まで案内させられたのだとか。


 にしてもどうしよう。パパ困った。リアちゃんが激怒してる。どうしよう。ちらりと隣のルドルフを盗み見るが、同じように困り果てた視線を返された。ゴルダを盗み見るが、無理ですと言わんばかりに首を振られた。リア本人を盗み見ると、氷点下の視線とかち合った。美人の冷たい表情怖いです。どうしよう。


 そんな怒り狂うリアを宥めに回ってくれたのは、なんと他でもないラーシュ・ヴィルム君本人だった。敵の間は思い切り恐怖の権化だった彼は、リアが登場して事情を知ると人格が変わったかのように穏やかになった。


「アドリアーナが怒ってくれるのは嬉しいけどな、アドリアーナは可愛いし俺は獣人だしこんな見た目だし、試したくなるのもわかるんだよ。だからもう気にしてないし、アドリアーナも落ち着いてくれ。な?」


 そうそう、その調子で頼む頑張ってください。


「ラーシュ……」


 私たちに向けていた表情のままに仰ぎ見られたラーシュ君の肩が軽くビクつく。ああ、気持ちはわかる。ラーシュ君を見上げたリアは、気が抜けたように一つため息をついた。


「まあ、ラーシュがもういいって言うなら……」


 リアは小さく微笑んだ。よ、よくやったラーシュ君! ありがとうラーシュ君!


 思えば彼はそんなに悪くもないのではないだろうか。今回、思い切り試してしまったわけだが、彼の対応に目立ったミスはなかったように思う。何よりもリアの身を案じていなければ、いくら腕に自信があっても何があるかわからない指定場所に単身で乗り込んできたりはしないだろうから、気持ちの方もそれなりに信頼できる……気がする。そして何より、試されていたと知っても怒りを抑え、リアを宥めに回る器の大きさ。というか本当にありがとう。死ぬかと思った。精神的な意味で。そういえば調査書でも、顔以外に目立った欠点なしとされていたことであるし。ならば、この容姿でもリアが愛しているというのであれば、まっこと遺憾だが認めてやることを前向きに検討してもいい……うう……うーん……いい、かも、しれない。うう。


 と、なると。


「ラーシュ・ヴィルム君」


「え? は、はい」


「試すような真似をして、すまなかったね」


「え……、い、いえ!」


 謝られたのが意外だったらしい。目を見開いた表情やピンと立った尻尾がなかなかに不快なことになっているが、リアは気にならないのだろうか。これでいいのだろうか。


「お父さん」


 突然リアに話しかけられ、肩が跳ねた。


「なな、なんだ?」


「今回、ラーシュのこと、試したんでしょ? 話を聞く限りは、かなり優秀だったように感じたけど。そこ、どうなの?」


「あ、ああ。とても優秀なことがわかったよ」


そう答えると、リアは花がほころぶような笑顔を見せた。


「そっかぁ、良かった。じゃあお父さんも公認ってことでいいんだよね?」


「え?」


「……だって、お父さんたち勝手にラーシュのこと試して、ラーシュはそれに満足な結果を出したんだもんね?」


小首をかしげるリアは花も恥じらうまばゆい笑顔だが、私にはわかる。これ、返答を間違えたら瞬時に般若に戻るやつだ。


「……。…………まあ、交際までは公認ということになる、か……」


だって、こう答えるほかないだろう。改めて思い返すとちょーっと理不尽めな試し方をしてしまった自覚はあるし、ラーシュ君はそれをクリアしたと言っても過言ではないのだし。あと、リアちゃん怖いし。


リアは嬉しそうに、ラーシュ君に輝かんばかりの笑顔を向ける。天使だ。それにつられてへにゃりとだらしなく相好を崩すラーシュ君の顔をうっかり見て、私は吐き気を催すとかそういう以前に、改めて認識した神のあまりの理不尽に涙がこみ上げかけた。リアに注ぎたもうた愛情のほんの一パーセントでもいいから、神は彼に愛を注いであげられなかったのだろうか。この容姿をもう少しだけ何とかしてあげる慈悲はなかったのだろうか。中身は……ちょっとかなり凶暴な面も持ち合わせているとしても、基本は好青年ではないか。こんな仕打ちを受けるようなことを、彼がしたとでもいうのか。戦闘面での才能に全部持っていかれたのか。機嫌よさげにゆっくりと振られる尻尾にすらも、今は全く嫌悪感を感じない。ただただこの青年が哀れに思えて、泣きそうだ。


「ほんとラーシュ可愛いなぁ」


え。


…………えっ?


声の主を見ると、気持ちわる……じゃなくて、緩みきった表情をしたラーシュ君をわざわざ見つめてこちらも緩んだ顔をする眼福の極みが一名ほど。え、なになに? そのうっとりした顔はなに? 何を見てその顔してるのリアちゃん。今なんて言った。お父さん聞こえてたけども、ちょっと聞こえなかったかもしれないから何て言ったの。


「り、リア……?」


絞り出すように声を出したのは、今まで空気に徹していたルドルフだ。リアはハッとしたようにこちらを向くと、照れたようにはにかんだ。いや可愛いけどそうじゃなくてだな。


「じゃあ、私とラーシュは先に帰るから。お父さんと兄さんはここの後処理があるでしょ」


なかったことにするつもりらしい。先ほどの言葉が聞き間違いだったのかを確認する勇気は、私にはなかった。


一緒に昼食でも食べなさいと金を多めに渡し、二人が見えなくなってからルドルフとゴルダに聞いてみたが、二人も『ラーシュ可愛い』と確かに聞いたらしい。何事だ。




その後、天井に巨大な風穴が開いた貸し倉庫に頭が痛くなりながら後処理をしていると、なぜかラーシュ君が一人で戻ってきた。聞くと、二人で昼食を食べてからリアはうちに送り届けてきたらしい。昼食の礼を言われ、首の傷と足を踏みつけたこと、部下をド派手に傷つけたことと天井破壊を謝られた。ラーシュ君は、監視を撒いた隙に部下を通して獣人部隊長に今回の顛末が伝わるように細工していたそうだが、それもなかったことにと頼んでくれたらしい。


普通に考えたら、今回の件で出た損害は全てこちらで負担すべきものだ。彼も金銭面に関しては何も言わなかったが、特に天井の大穴に関しては、もしもこちらから何か言えば彼の方でいくらか弁償するつもりがあるようだった。もちろん、ありえない。ビタ一文だって受け取るはずがない。私にもプライドはあるのだ。だからこそ、彼も自分の方からは何も言わなかったのだろう。


全ての処理を終え、ルドルフたちと共に倉庫を後にする頃には日が傾きかけていた。


「なあ、親父。帰り際にあいつが言ったこと、どう思った?」


「『俺を気に食わないのはとてもよく分かりますが、俺はアドリアーナが好きだから向こうから離れていかない限り離す予定はありません』ってやつだろう。よくもまあ、こっぱずかしい……」


「でも案外印象悪くないんだろ?」


「…………まあ、そうかもしれないな」


ラーシュ・ヴィルムか。リアの相手として、多少は認めてやってもいいかもしれない。……あくまでも清く正しい交際までだがな!

感想ありがとうございます。

最近返信できていなくてすみません…。全てニヤニヤしながら読ませていただいております。

感想があまりに嬉しかったので書いてしまった、リアの家族編でした。


ちなみにこのあと家に帰ったパパは、事の次第を知った奥さんから雷を落とされることになります。

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