その後【5】前編
私には三人の自慢の家族がいる。妻のルビリアと息子のルドルフ、娘のアドリアーナだ。私が見初め、猛アタックして手に入れたルビリアは美しく優しく賢く礼儀正しく……こほん、とにかく愛している。そして、二人の子供たち。こちらも、親の贔屓目は多少あるとしても、二人ともどこに出しても恥ずかしくないくらいに完璧な息子と娘だ。
兄のルドルフは現在十九歳、私が言うのもなんだがすごい美男子に育った。小さい頃から少しずつ教育していたのもあって、この若さで既に商人としての頭角を現している。このままいけば、私のアリスト商会を継げるのは確実だろう。唯一の問題は女性関係だ。十九歳といったら、そろそろ結婚してもいい時期である。相手がいないのかと言うとそんなはずもない、ルドルフが何もしなくても引く手数多のよりどりみどりで女性は寄ってきているようだが、どれに対しても軽い付き合いしかしない。
こっそり当人と話をしたところによると深い関係になってからこっぴどく捨てたりはしていないそうなのでそこは安心だが、いつか後ろから刺されるのではないかと正直気が気ではない。どうやら結婚が嫌なわけではないらしいのだが、とある身近にいる女性があまりにも輝かんばかりに美しすぎるばかりに、その他の女性がどうしても霞んで見えてしまうようだ。…………そう、妹である。
娘のアドリアーナは、それはもう可愛らしく美しい。天使である。ここまでルックスが良ければ高飛車だったりわがままだったりな性格になりそうなものだが、それもない。家に財力はあるのだから装飾品その他諸々の高級品志向が高くなってもおかしくはないが、それもない。アドリアーナが気にするのは服の手触りやらデザインやらその程度で、ブランドに興味はないようだ。さらに、母親であるルビリア直伝の料理の腕は高く、なおかつ家事全般をそつなくこなす。どこまでも天使である!
このように目に入れても全く痛くない娘であるが、先日十五歳の誕生日を迎えて成人となった。年齢上は一人立ちしてしまったのだ、悲しいものである。大量の贈りものを貰い、贈り主の男どもと会っていく様子を、枕を濡らしながら妻のルビリアから聞いた記憶はまだ新しい。ええい、男どもめ許すまじ。万が一、億が一にも何かをしようものなら即刻ボコボコにして追い出してくれるわ。むしろアドリアーナに危害が及ばない範囲で問題を起こしてくれないか、そうすればアドリアーナに怒られずに追い出すことができる! 護衛のゴルダに指示を出して控えさせたがそうそう問題など起きるはずもなく、無用の長物だったらしい。悔しい。
さて、真に恐ろしいのはここからだ。うちに来た男の中に一人、アドリアーナが惚れたような動きを見せている者がいるらしい。アリスト商会の力をフルに使って迅速に集めた情報によると、男はラーシュ・ヴィルム十九歳。虎獣人。……獣人だと⁉︎ いや、差別するわけではない、例えば客や取引先ならば獣人でもなんの文句もない。むしろもてなすのは当然のことだ。いやだが、獣人……。
やっぱり差別する! 娘の彼氏としては差別するわ! 私は獣人差別反対派だが、それでも嫌だ嫌だ!
しかも報告書によるとこの男、どうやら容姿に大きな問題があるらしい。種族のあとに、赤字にアンダーラインでデカデカと書かれているのだ。『容姿以外に目立った欠点なし、ただし容姿に問題有り。注意!』と。報告者はよっぽどここを強調したかったらしい。
次のページを捲ると、絵師が悪意を込めて描いたとしか思えない、醜い男の似顔絵があった。その隣には、言葉による容姿の説明が添えられている。曰く、切れ長の茶色い瞳に高い鼻に薄い唇。短い金髪に、浅黒い肌に、筋肉質の体。ここまででも軽く絶望を覚えるレベルだろうに、これに加わる虎獣人としての特徴、つまり耳と尻尾。
「…………」
確かにここまで揃えばそれはもう醜いだろうが、これ、本気なのか? いやだって、この似顔絵……というか人相書き? は、わざとやったとしか思えないほど酷いことになっているぞ。実は報告者や絵師が個人的にこの男と知り合いで、恨みを持っており、わざと悪し様に書いたとか……。
いや、わかっている。報告者も絵師も選りすぐりのプロだ。しかも正確さのため、複数人のチームで調査に当たらせた。容姿なんて一目見れば分かる部分が、実態から大きくかけ離れている可能性は限りなくゼロに近い。
つまり、思わず憐憫の情を抱いてしまうような容姿を持つ男が……アドリアーナの、想い人⁉︎ いや待て待て待て、そんなことがありえるのか⁉︎ 確かにうちの天使は男の容姿なんて気にしないと公言してはいたが、まさかそんな、ここまでやらかした容姿でも気にしないというのか? い、いや違う、落ち着くんだ私よ。まだアドリアーナの想い人と確定したわけではないではないか。ただ、アドリアーナが惚れているかのような行動を取るから、とりあえず金に糸目を付けずにプロを複数人雇って徹底的に調べ上げただけの話だ。落ち着くんだ。
なんとか深呼吸をして、ページを捲る。書かれているのはラーシュ・ヴィルムの経歴などだが、この男、こちらも特徴だらけであった。成人前から騎士団獣人部隊の騎士見習いをしており、その頃から現職騎士を凌ぐ戦闘能力を見せる。成人して名実共に騎士になってすぐに異例の早さで小隊長になり、現在は十九歳の若さで副隊長。その戦闘能力は国の中でも指折りという、まさに天性の化け物だ。
その他、推定給料や住居情報なども書かれていたが、この辺りに関しては娘を娶るのに問題ないレベルだったということだけ確認して割愛する。
ふむ。私はおもむろに立ち上がり、ドアが施錠されていることを確認した。ここは私の書斎であり、機密事項が書かれた書類も多いため、セキュリティは万全である。家族や秘書ですらも勝手に入ることはできないのだ。よし、大丈夫。鍵がかかっているから誰も入れない。壁も厚いから、よっぽどの大声を出さない限りは外に漏れることもない。
私は仮眠用のベッドにそっと乗る。そして頭を抱え、寝転がってゴロゴロと悶えた。誰にも見せられない姿である。
「うおおおリア、私の天使がぁぁぁ! 私の天使がぁぁぁ! こんな不細工な馬の骨にぃぃぃ!」
ゴロゴロゴロゴロ。本当に誰にも見せられない姿だが、形振り構っていられない。なんたって私のリアの想い人が、コレの可能性が濃厚なのだ。
「はっ! いや、違う。そうだ、リアは遊んでいるのかもしれない!」
そのことに思い至り、私はバッと体を起こす。
「どう足掻いてももてそうにない獣人の男に気があるような素振りを見せて、リアは遊んでいるのか……⁉︎」
なんたる悪女。だが、アレに惚れたと言われるよりは説得力がある。なんだリア、驚かせおって。そんな意地悪な遊びをしちゃいかんぞー、このこのー。
その日の夕食にて。
「こほん。あー、リア? どうやら最近、懇意にしている男性がいるようだが……」
「え、やっぱり知ってたんだ? そうなの、この間うちで会ったラーシュ・ヴィルムさんとお付き合いしてるんだ。とってもいい人だよ」
「え。……えっと、リア、いや、あの、リアよ。遊びはいかんぞ……?」
「遊び?」
「いや、だからだな、先方の男性のことを考えるとだな、男遊びは最低な行為であってだな、交際するなら本気のな、そのな、」
「え、お父さん何か勘違いしてない? 私は本気だよ? ラーシュと結婚することまで、そうできたらいいなって考えてる」
「…………」
再び、書斎にて。
「うわぁぁぁ私のリアがぁぁぁ! 本気だったぁぁぁ!」
ゴロゴロゴロゴロ。いや、本当に、平静を装ってこの部屋まで辿り着くのに苦労した。だって本気だったんだぞ! 結婚することまでってあたり、驚くほど真剣だったぞ!
しばらく転げ回っていた私は、疲れて動きを止めた。
「試すしかない」
ボソリと呟く。
ラーシュ・ヴィルムとやらが私の天使にふさわしい青年かどうか、私が試してやろう。それしかない。そこでこの男が醜態を晒すようなら、それはそれで……いや、むしろその方がありがたいくらいだ。リアが幻滅して、目を覚ましてくれるかもしれない。だが不公平なことはできないな、リアが怒るのが目に見える。となると相手の得意分野であり仕事でもある荒事関連でいくか……?
私は夜を徹して計画を練った。途中で声をかけたら息子のルドルフも乗ってきたので、親子二代による一大計画だ。アリスト商会の会長と次代会長の企画力を見せる時が来たようだな!