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その後【3】後編

「それでは、解散!」


 昼食休憩の時間になり、アルフが解散の号令をかける。いつもはバラバラと食堂や外に向かう隊員どもは、今日はもちろんそんなことはしなかった。もの問いたげな目で俺とアドリアーナを見る。連中内で目線での押し付け合いが行われた後、無言でジャンケンが始まった。どうせ俺に質問するジャンケンなんだろうな。


 無視してアドリアーナの方へ歩き出すと、訓練場の雰囲気的に動くに動けなかったらしいアドリアーナが、とてて、と駆けてくる。うん、遅い。俺の早歩きとそう変わらない。でも可愛い。


「ラーシュ、おつかれさま!」


 少し頬を紅潮させたアドリアーナとか、これなんて凶器だ? 百の刃物を用意するよりも簡単に俺を殺せることだけは間違いない。


「ねぇラーシュ」


 しかも。そう、しかも。アドリアーナが視線を向けた、先ほどまで彼女が座っていたベンチ。見物者のために申し訳程度に設置されたそれの上に置かれている、その大きな包みは、アドリアーナが約束を守ってくれていたとしたら、その中身は、


「お弁当、作ってきたけどどこで食べる?」


 そう、手作り弁当である!


「……ラーシュ?」


「い、いや、なんでもない。ちょっと感動していただけだ」


「あはは、何それ。作ってくるって約束したじゃん。可愛いなぁもう」


「そ、そうだな、うん。ありがとう。……可愛い?」


 愛しい恋人の感性は崩壊している。触れたら負けだぞ、気にするなよ俺。きっとアドリアーナには可愛く見えているんだ。突っ込んだら負けだぞ俺。


「えーっと、昼飯持参のヤツのために簡易な机と椅子だけ置いてあるスペースがあるから、そこで」


「うん、わかっ……」


「ちょ、ちょちょちょ、待ってくださいっ!」


 アドリアーナの返事に被せてかけられた制止の言葉に、俺は不機嫌を隠そうともせずに振り向いた。


「……なんだ」


「ひ⁉︎ い、いえ何でもないですごめんなさいすいません」


 アルフと同じく犬獣人のそいつの耳がペタリと伏せられる。尻尾が足の間で丸まった。引き下がろうとするそいつに、周りの部下から野次が飛んだ。


「テメ、ジャンケン負けただろ! ヘタレてんじゃねぇよ!」


「そうだそうだ、男見せろ!」


「そう言うけどな、じゃあお前らがやってみろよ! 睨まれてみろよ! 本気の殺気ぶつけられてみろよ!」


「……それは、ちょっと」


「……俺、今日ちょっと調子が良くなくて」


 そんなやりとりにクスクスと笑う声が聞こえて、こっそり隣を窺うとアドリアーナが楽しそうに笑っていた。毒気を抜かれたような気分になる。


「……聞きたいことはなんだ」


 ぶっきらぼうにだが促してやると、部下はそれに飛びついてきた。


「アリストさんとはご友人なんですか?」


「恋人だ」


「なるほど、ではよければぜひ、俺たちも友達に…………友達?」


「いや、恋人って言ってるだろう」


「と、友達……?」


 おそるおそる、といった様子で俺を指差してくる。どことなくプルプルしているようにも見える。


「その指へし折ってやろうか」


「いや待っ!」


 へし折るべく指を掴んだところで慌てて手を引いたので、おとなしく逃がしてやった。


「…………」


「…………」


 野郎と見つめ合う趣味はないんだが、部下が黙ってしまったので俺も黙る。


「…………」


「……た、たたた隊長‼︎ やばいです、副隊長が、副隊長がついに犯罪に手を染めぐはっ⁉︎」


 急に後ろを向いてアルフに助けを求め出したので、脇腹に蹴りを入れてやった。いやー、綺麗に入ったな。


 蹲る部下を満足げに見下ろしていると、そっと袖が引かれた。


「ちょ、ちょっとラーシュ、大丈夫なの? 彼……」


 上目遣いよくない。身長差のせいだけどな。


「あ、ああ、大丈夫だこれくらい。本気で蹴ってないしな。獣人の男なんてどいつもこいつも頑丈なんだよ。まして俺の部下だ、慣れてる」


「慣れてるって……」


 アドリアーナは呆れ顔。可愛い。と思っていると、急にしゃがみこんだ。


「えっと、大丈夫ですか?」


「は……は、はい、大丈夫です!」


 困ったように話しかける先は、もちろん先ほどの部下。奴は少しずつ痛みが引いてきたのか、アドリアーナに至近距離で覗き込まれて顔を赤くしている。


「……しっかり殺っとくべきだったか……」


「ん? ごめんラーシュ、何?」


「いや? 少しやりすぎたかな、と思っただけだ」


「……それにしては部隊の皆さんが一歩ずつ引いたけど」


「偶然だな。そんなことより、早く昼を食べにいくぞ」


「あ、うん」


 アドリアーナが弁当を取りに行こうとしたので手で制して、俺がベンチまで行って取ってきた。予想通り、アドリアーナには少し重いだろう。これを作って持ってきてくれたのかと思うと嬉しい。


「……ラーシュ」


「ん?」


「相変わらず速いよね、こんなどうでもいい局面なのに。もはや呆れるレベルだよ」


「何がだ?」


「自覚ないならいい。私が勝手に認識できてないだけだから、多分。普通はちゃんと見えるんだろうね」


 部下数人が、とんでもないとばかりに首を振っている。なんだ?


「というかあのー、副隊長? それってもしかして、あれですか? 手作りの……」


「そうだ」


 端的に答えてやると、この世の終わりのような顔をする。


「あ、あの、アリストさんっ!」


「はい?」


「ほ、本気なんですか? そ、その、副隊長と……」


「あ、はい。ラーシュは私の彼氏ですよ」


「な、ななな、……そんな……⁉︎」


 目には涙の膜が薄っすらと張り、絶望に魂を奪われたかのように、だがしかし憎悪のような何かも宿して俺を見つめるむさい獣人男の顔。見ていたいものではないので足払いをして這いつくばらせた。


「いやいやいや、急に何やってるのラーシュ」


「ああ、いや思わず、体が勝手に。ほら、行くぞアドリアーナ」


「あ、うん」


 とてとてとついてくるアドリアーナ。抱き上げて運びたい……いやここは外だ。自重自重。


「アド……⁉︎」


「い、いまそう呼んだよな副隊長」


「やはり犯罪か、隊長に知らせないと」


「だな、手遅れになる前に……いやもう手遅れか」


「ってあれ、隊長は?」


「あれ、いない……?」


 外野の雑音は全て聞こえているのだが、どいつもこいつも俺を犯罪者にしたいらしい。そういえば、いつかのイケメンナンパ男もそうだったな。


「……アルフなら、結構前に出て行ったぞ。付き合ってられないとばかりに肩をすくめてな」


「ああそうなのか……って……!」


 教えてやると、さっき犯罪とか言ってた奴が顔を引きつらせるので、にやりと笑ってやった。ちなみにこの表情、見た者に根深い恐怖と嫌悪感を同時に植え付けると言われてきたのだが、何故かアドリアーナには好評である。彼女の感性の理解は、すでに半ば以上諦めた。そういうものと思うしかない。


 案の定怯えて動かなくなった部下を置いて、訓練場を後にする。追ってくるような無謀な勇者はいなかった。






 その日の勤務後。俺は部隊の連中から、酒場に行こうと誘われた。大人数のため、すでに貸し切りにしてあるらしい。根回しのいいことだ、と思ったらアルフがやったそうだ。アルフには近々全て話すつもりだったし、部下にも特に隠すようなことはもはやない。俺は誘われるままに酒場へとやってきた。


「お、来たねラーシュ」


 先に飲んでいたアルフから、とんでもなく強い酒を瓶のまま手渡される。


「……おい、俺をどうするつもりだ」


「とりあえずグイッといってよ。その後、根掘り葉掘りぜーんぶ聞いてあげるから」


「チッ」


 酒は嫌いではないので、手元のそれを飲み干す。


「じゃあ次はこれかなー」


 またしても手渡されたのは馬鹿みたいに強い酒だ。


「……おい、無理に泥酔させなくても、特に隠し事はないから聞かれれば話すぞ」


「へぇ?」


 アルフの目の色が変わった。周りの連中も馬鹿騒ぎをやめてこちらに意識を傾けている。


「じゃあ、ラーシュの犯した犯罪について聞こうかな……」


「犯してねぇよ! お前もかよ!」


「あはは」


「大体、成人した15歳の女と19歳の男が付き合ってるだけで犯罪犯罪っておかしいだろ…………おいアルフ、テメェらも、なんだその今気付いたって顔は」


「いや……ごめんラーシュ、ごめんね……?」


 アルフの犬耳が力をなくしてペタンと伏せられる。あまりの変わりように、俺は動揺した。


「い、いや、なんでそんなに真剣に謝る?」


「僕、目の前で起きてるのはすっごくおかしいことだって思い込んでたんだよ。気持ち悪い中年親父が可愛らしい幼女に手を出すようなレベルの、そんな禁忌を犯してるって思い込んでたんだよ。でもそうだよね、ラーシュも彼女も普通に結婚適齢期の男女なんだよね……、ごめんね……」


「殺してやろうか」


 俺はこの一言に万感を込めた。馬鹿にしてんのか。してるよな。していると言ってくれ。本気じゃないよな、な?


 だが、俺に謝るアルフの目のあまりの真剣さに、俺は打ちのめされた。


「あーくそ、もういい、もういいから、聞きたいことがあるなら聞けよ。お前らも」


 投げやりである。


「あ、じゃあ、俺いいっすか!」


 そう手を挙げたのは、トカゲ獣人の部下だ。かなり飲んでいたらしく、ハイテンションである。酒くさい。


「アリストさんとはどこまでいったんすか!」


 時間が止まった。先ほどまで陽気に笑っていた連中も青ざめて俺を窺ってくる。


「……キスまでは」


 俺も一気飲みで少しだけクラクラしていたのもあり、自分でも驚くほどにサラッと答えを口にしていた。いや、違うな。本心では、誰かに聞かせたかったのだ。自分一人が知っているだけでは、幸せな時が知らぬ間になかったことになっているような、そんな得体の知れない不安があった。


 先ほどまでとは別の意味で固まる周りを何となく眺めながら、俺はそんなことを思った。






 それから二時間ほど経って、俺の話とともに酒が進んだ飲み会は大変なことになっていた。何人かが床に転がって恨み言を吐き続けている。


「うぅ……。尻尾……尻尾と耳だとぅ……。なんでだよぅ、なんで副隊長ばっかり……俺だって尻尾も耳もあるのに……なんでこれを触りたい美少女がいないんだよぅ……」


「触られた……? 尻尾と耳を触られた……? あの女神に……。悪戯に触られただと! 羨ましい妬ましい、呪いますよ副隊長ぉぉ! ううぅ!」


 キスと、彼女の感性崩壊についてはあまり詳しく話す気はしなかったので、彼女が時折見せる耳と尻尾への執着を中心に話してやった結果がこれである。


「飲み過ぎだな馬鹿どもめ。酒に飲まれたな」


「あははー、絶対君の話のせいだけどねー」


 酒が入ってヘラヘラしているアルフは無視するのが一番平和である。絶対返事はせんぞ。


「副隊長! 今度アリストさんを連れて来てくれませんか! 一緒に酒でも」


「却下だ。下心があるやつは見るな触れるな」


「そんなぁぁぁ! 一度でいいからあんな綺麗な人に酌とかされてみたいんですよ」


「酌か。されていいのは俺だけだ」


 そういえば彼女と酒を飲んだことはないな、今度飲むか。俺はザルだから、あまりにもグビグビ飲まなければそうそう失態を晒すことはないだろう。


 また、アドリアーナ関連で楽しみなことができた。騒がしい酒場の片隅で、俺はいい気分で酒を飲むのだった。

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