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最終話

 キスされた。ファーストキスだった。


 これは完全に、怒る場面だろう。怒ってもいいはずだ。でも、どこか嬉しく思って喜んでいる自分もいて、そんな自分自身の感情に戸惑う。


「……ラーシュさん」


 彼はビクリと震えた。


「はい」


「私、初めてでした」


 前世を含めたら、どうだったか……もはや曖昧な前世の記憶からは、わからないけれど。


「……はい」


「どうして、こんなことを……」


「……すみませんでした」


「そうじゃなくて、どうして?」


 ラーシュさんは少し泣きそうになっている。私が苛めてるみたいじゃないか。


「尻尾を、触られて。その、抑えられなく、なって」


 その尻尾は今、プルプル震えて縮こまっている。耳もペタンと伏せられてしまっていた。


「さっき言ってた、からかうっていうのは?」


「……ずっと俺に好意的に接してくれていたのは、俺をからかっていたんでしょう?」


「はい?」


 ラーシュさんは辛そうに目を伏せた。


「俺をからかって、反応を見て楽しんでいたんでしょう。わかっていたけれど、惨めな気分にもなったけれど、でも、払いのけることなんてできなかった」


「ちょっ……と、なんの話を⁉︎」


 思わず拳を握りしめて身を乗り出すと、それを確認したラーシュさんは目を閉じた。


「殴るなら顔にした方がいいですよ。俺の胴体やら腕やらは固いから、手を痛めます」


 それを聞いた私は、ぺちん、と。そんな音を立てて、彼の両頬を手で挟み込んだ。ラーシュさんは驚いたように目を開く。私の喉から出たのは、絞り出すような声だった。


「なんで……」


「え?」


「なんで、からかわれてるなんて思ったんですか。私、楽しかったのに、全部演技だって思われてたんですか?」


「だ、だって、そんな……。つりあわないのは、子供でもわかる……」


 むぎゅ、と。手に力を入れて、ほっぺの形を歪めてやった。


「演技に見えましたか? 全部?」


「…………。いや、見えなかった……けど……」


「当たり前です。演技じゃなかったんだから」


 ラーシュさんは目を見開く。


「ラーシュさん。さっき、尻尾を触られて抑えられなくなった、って言いましたね。つまり抑える必要がないなら、ああしたかったってことですね?」


「う……」


 ラーシュさんは真っ赤になった。ビンゴかな。


「私はデート、すごく楽しかったです。からかってなんかいません。アドリアーナって呼ばせるのは、ラーシュさんにだけです。ここまで言って、わかりませんか?」


 私は彼の頬をはなした。


「キスの前に、言うことがあったと……そう思いませんか? 今なら、順序が逆になったのは、見逃してあげます」


 多分、私も真っ赤だ。彼に負けないくらいに。


 私が求めていることを、彼は正確に理解したらしい。真剣な色を宿した綺麗な切れ長の瞳が、私を映した。


「アドリアーナさん。俺はあなたが、好きです」


 とても恥ずかしくて、でもしっかり彼を見ておかないと後悔する気がして、私も真っ直ぐに見つめ返した。


「はい。私も大好きです」


「ほんとうに……」


 返事を求めているわけではなく、思わず呟いたという感じだったので、私は黙っておいた。頬が緩むのは止められなかったけれど。


「俺と、付き合ってくれませんか」


「はい、喜んで。……ラーシュ」


「っ‼︎」


 クリクリと虎耳が暴れて、尻尾はピンと立っている。ああもう、可愛いなぁ。


「あ、アドリアーナ?」


「はいっ」


「えっと、少しだけ、だから」


 そう言った彼に優しく腕を引かれて、気付いた時には抱きしめられていた。座っているので、半分寄っかかるような体勢だ。背中に腕が回される。苦しくないように配慮されているのがわかった。というかラーシュ、自分で言ってたけど、胴体めちゃくちゃ固い。無駄な脂肪なんて一切ありませんって感じだ。頬を擦りつけてみると、ラーシュが身を固くする。心配になるほど速い心音が聞こえてきた。


「えへへ、あったかい」


 身を委ねていると、ラーシュの手がおずおずと上にあがってきて、頭を撫でられた。人気のない公園で良かったと、心から思う。まあ、人が近付いてきたらラーシュが気付きそうな気はするけど。


「……アドリアーナ」


「はい?」


「そう呼んでいいのか?」


「あ、はい。どうぞ」


「…………あと、」


「はい」


「敬語。やめていいか?」


「あ、はい、えっと、うん」


 良かった、と耳元で笑うラーシュに、今更ながら恥ずかしさがこみあげてきた。


 胸板に手をついて起き上がると、ラーシュは私のしたいようにさせてくれた。顔を直視できず、俯く。


「……どうした?」


「あぅ……。いや、なんていうかその、えっと……」


「なるほど、今更照れたか?」


 ニヤリと笑うラーシュにどきりとした。と、いうか。


「キャラ変わってる……!」


 睨み付けてやると、ラーシュは目を瞬かせた。


「こっちが素だな。騎士団で部下やアルフ相手にこんな口調なの、見てるんじゃないか? あれ、見せてなかったっけか」


「なんでそんなに激変してるの……」


「……アドリアーナが照れてるからだな。主導権を握ると強い感じだ」


「……それさぁ」


 呆れたように見ると、イタズラが成功したかのようにラーシュが笑うので、私も笑った。


 ひとしきり笑ってから、ラーシュが真面目な顔になった。ドキッとしたのは秘密である。


「なあ、アドリアーナ」


「うん?」


「なんで、俺なんだ? 未だに信じられない」


「あー……それね……」


 なんて言おうかなぁ。また不安にさせても可哀想だしなぁ。


「私はさ、顔や体格よりも能力を重視するんだよね……って話は、聞いたことある?」


「ある。有名だからな」


「あれ、半分本気で半分嘘というか……。模擬戦はほとんど目で追えなかったけど、強いっていうのはやっぱり魅力だと思うよ」


 なんか支離滅裂になってきたな。ラーシュが真剣に見つめてくるので、ますます私の言語中枢の仕事は雑になっていく。


「えっと、あの、うーん……実は、ね。私って、世間一般からずれてるみたいでさ。好みの話ね?」


「うん?」


 ああ、話に纏まりがなさすぎて、とうとうラーシュが首を傾げ出した。あうう。


「えっとね、要は、簡単に言うと、ラーシュの見た目が全然嫌いじゃなかったりする。私の美的感覚は、世間一般からちょこっと……ちょこっと? ずれてるみたいでさ」


「はい?」


 どこまで言っていいんだろう、嫌いじゃないどころか超好みですあなたこそが理想です、とか言ったらあまりにも嘘くさいよね。


「あ、そうだ、その尻尾と耳大好きだから、今度心ゆくまで触らせてね」


「は?」


「いいよね?」


「え、いや、だって俺の耳って獣人の、」


「いいよね?」


「ど、どうぞ」


 こっちが押すとタジタジになるラーシュ。可愛い。


「……気持ち悪くないのか」


「なにが?」


「全部」


「全然?」


 あなたこそが理想です。むしろあなたの目に可愛く映っていると思われるその物体は、私の目には贅肉豚に見えております。理解不能です。


「あのな、だってこの耳だぞ?」


 ラーシュは頭を下げて、目の前に耳を突き出してくる。私は半ば反射的に、その耳を撫でていた。


「ひゃ⁉︎」


 いやに可愛らしい声をあげて、私から距離をとるラーシュ。


「な、なななにをする⁉︎」


「いや、だってそりゃねえ。目の前に餌をぶら下げたのは自分でしょ。もっかい」


「へ」


「もっかい」


 耳を要求すると、ラーシュはおずおずと頭をさげた。


 再び触るが、今度は覚悟を決めていたのか声は出さない。表情も変えない。しかし、触られた耳は逃げようとしてパタパタと動いていた。ケモミミって最高ですよね。この世界にケモナーはいないのか。この思いを分かち合える人はいないのか。獣人の獣の特徴はおぞましいってどういうことだよ。素晴らしい特徴じゃないですか。


「……ねえ、ラーシュ」


「うん?」


「私は本気だから、安心していいよ」


「……ああ」


 耳を離すと、ラーシュは顔をあげた。


「ね、今、周りに人いないよね?」


「ん? ああ、いないな」


「そっか」


 私は中腰になると、ラーシュの額に自分の唇を押し当てた。


「…………んなっ」


「あはは、成功!」


 頬を赤く染めたラーシュに満足して元通りに座ると、そっと抱き寄せられた。


「ラーシュ」


「ん?」


「逃がしてあげないから」


「……俺のセリフだろ、それ」


「だがしかし、本気なんですねー」


 呆れたように笑うラーシュに、私も笑った。

これにて完結となります。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

今後、後日談などを投稿する予定ではありますが、とりあえず完結済にしておきます。


感想などもらえると喜びます。また、番外編のリクエストなどがもしありましたら感想欄などを使って教えていただければ、書けそうなら書きます(笑)



あべこべジャンルの小説が、なろうにもっと増えるといいなぁ……。

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