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十五話

 はい、やってきましたデート当日でございます!


 もちろん護衛はなしだ。いや、だって邪魔じゃん。あり得ないでしょ、デートしてるのにずっと見られてるとか。この町は治安がいいので、私みたいな戦闘能力皆無の女がうろついていても大丈夫なのだ。人通りのない路地裏とかには入らないようにしているけどね。


 今日の豚はミニスカート仕様だ。自分では狂気の沙汰という意味で凶器だと思ってるけど、周りの皆さんは可愛いというからそうなのだろう。鏡は絶対見たくない。


 さて、実は現在時刻は待ち合わせの一時間前である。いや、楽しみすぎてもうね。昨日とか遠足前日の小学生みたいにソワソワしてましたよ。待ち合わせ場所の広場のベンチに腰かけ、ラーシュさんを待つ。この広場、ハチ公前的な感じでよく使われるのだ。


「あの、お一人ですか? 良ければお食事でもいかがですか」


「ごめんなさい、人を待っているので。お誘いありがとうございます」


「そうですか。わかりました、また機会があればご一緒しましょう」


 ナンパ三人目である。この世界は、日本ほど男女平等という考えが浸透していない。どちらかというと、女性はか弱いものであり、男性に守られるものという考えの方が強い。だからだろうか、女性に強引に迫ったりする男性は、現代日本でのそれよりも更に嫌われる傾向にある。しかもここは人の多い広場、つまり周りの目がある。ナンパの皆さんは非常に紳士的である。もちろん、そんなことは気にせず『よぉ嬢ちゃん遊ぼうぜ、ちょっとくらいいいじゃねえか』的なやつらもいるが、今日はまだそのタイプは出没していない。皆さん紳士である。


 ……と、思っていたら。現れてしまった『よぉ嬢ちゃん』系。


「なあ、少しくらいいいだろ。奢るからさぁ」


 その男は……ひどかった。細い目に、潰れた鼻。気持ち悪いたらこ唇にニキビ顔、たるんだ体。生理的に無理である。だが恐ろしいことに、ニキビ以外は多分プラスポイント、つまりニキビで肌が汚い分を差し引いてもおそらく美形である。


 きっと自分に自信があるからだろう、爽やか(笑)な笑顔なんか見せちゃったりして誘ってくる。


「人を待っていますので、結構です」


「そうなのか、じゃあもし良ければ連絡先とか教えてくれない?」


 意味ありげに私の指を見ながら言ってくる。既婚者はペアの指輪をする風習があるのだ。当然、私の指に指輪はない。だがお前とお揃いの指輪をはめるという選択肢はございません。


「間に合ってるので、結構です」


「んー、俺はそんなにダメかな?」


 首を傾げて悲しげに言ってくるが、その動作は『※ただしイケメンに限る』指定のものですね。はいギルティ。有罪でございます。


「だから、間に合ってるのでーー」


「アド……アリストさん!」


 重ねて断ろうとした私の言葉に被せて、待ちわびていた声が私の名前を呼んだ。私とイケメン君(笑)が同時に振り返る。


「ラーシュさん! おはようございます」


「え? あ、はい、おはようございます」


 一方、イケメン君(笑)は眉根を寄せた。


「……もしかしてあなたの待ち人って、この獣人の男なの?」


「そうですよ?」


「やっぱりさぁ、俺と遊ばない? きっとその方が楽しいよ」


 楽しくない。明らかに楽しくない。私が嫌な顔をしたのを確認したラーシュさんは、すっと目を細めた。あ、いい表情ですねカメラをください。


「さっきから当然のようにいるが、あんたは? 彼女の知り合いなのか?」


「いや? でも今から知り合おうと思って。あんたと遊ぶよりは俺と遊んだ方が、彼女も絶対楽しいよね。彼女のためを思ってさ、譲ってくれない?」


 イケメン君(笑)が勝手なことをほざき出した。だが私は、君の顔を見ているのが割と苦痛なのだ。不細工が罪とは言わない。でもね、自分に自信がある不細工ほど一緒にいて辛いものはないのだよ。勘弁してください。


 しかしイケメン君(笑)の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしたラーシュさんは、衝撃発言をしてくださった。


「……いいだろう」


 ええええ良くない良くない! この人と遊ぶくらいならおうち帰る!


「ただしもちろん、彼女がそれを望むならだがな」


 ああそゆこと。私に選択権をくれると。


 その言葉を聞いたイケメン君(笑)は、勝ち誇ったようにラーシュさんを見て、私に笑いかけた。


「彼、いいってさ。俺と遊ぼうよ。最近できた、お洒落な喫茶店知ってるんだ。ワッフルが美味しいんだよ」


 その発言に悲しそうな顔をするラーシュさん。ああ、そういう情報知らないんだろうなあ。ステーキに揚げ物にチキンの店を挙げてたくらいだもんね。


 ええい、もう、いいや。私は意識して笑顔を浮かべた。


「それは魅力的ですね。でも、目の前に彼氏がいるのに、それをほったらかして他の男性と遊ぶというのはあり得ないと思いませんか?」


「…………え?」


 イケメン君(笑)が凍りついた。ギギギ、と音がしそうな動作でラーシュさんを見るが、そのラーシュさんも動きを止めている。イケメン君(笑)が、ギギギ、と、再び私に向き直る。


「ごめんなさい。私、彼と付き合ってるんです。お誘いありがとうございました。行きましょ、ラーシュさん」


 これ以上話しているとラーシュさんからボロが出そうだったので、さっさと去ることにする。少し躊躇ってから、ラーシュさんの右手を掴んで引っ張る。全く抵抗なく、ラーシュさんはついてきた。



◇◇◇◇◇



 ついにきた、アドリアーナさんとのデート当日。つい待ち合わせの三十分以上前に来てしまったのだが、なんとそこにはすでにアドリアーナさんがいた。


「なあ、少しくらいいいだろ。奢るからさぁ」


 そして、彼女に話しかける男も。


 その人間の男はイケメンだった。ニキビがマイナスだが、それ以外はかなり整っている。あれと比べたら、獣人で不細工な俺の価値は……。


 少しだけ、様子を見てみることにした。彼女があの男についていきたいと思うなら、俺が出て行ったら邪魔になる。


「人を待っていますので、結構です」


「そうなのか、じゃあもし良ければ連絡先とか教えてくれない?」


「間に合ってるので、結構です」


「んー、俺はそんなにダメかな?」


 首を傾げて悲しげに言う男は、同性の俺から見ても魅力的だとわかるのに、彼女はつれない返事しか返さない。俺は思い切って割り込むことにした。


「だから、間に合ってるのでーー」


「アド……アリストさん!」


 アドリアーナさんと男が同時にこちらを見る。アドリアーナさんは嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。


「ラーシュさん! おはようございます」


「え? あ、はい、おはようございます」


 これが演技だとしたら……女は恐ろしい、としか俺には言えない。一方、男は明らかに不快そうに眉根を寄せた。


「……もしかしてあなたの待ち人って、この獣人の男なの?」


「そうですよ?」


 男は、見下すように俺を一瞥する。


「やっぱりさぁ、俺と遊ばない? きっとその方が楽しいよ」


 ごもっともな気がするのが悲しいところだが、アドリアーナさんが嫌そうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。


「さっきから当然のようにいるが、あんたは? 彼女の知り合いなのか?」


「いや? でも今から知り合おうと思って。あんたと遊ぶよりは俺と遊んだ方が、彼女も絶対楽しいよね。彼女のためを思ってさ、譲ってくれない?」


 それを言われると辛い。確かに、彼女のためを思うならこの男と行かせてやった方がいいのかもしれない。


 ……そうだ、ちょうどいいじゃないか。この男は、少なくとも顔はかなりいい。アドリアーナさんも、本音ではこいつについていきたいんじゃないか? 少なくとも、俺といる目的が俺をからかうことだけなら、それを優先させはしないと思う。なら簡単だ、彼女に選んでもらえばいい。俺が選ばれなければ、……まあ、またアルフを付き合わせて晩酌でもして彼女のことは忘れよう。俺は口を開いた。


「……いいだろう。ただしもちろん、彼女がそれを望むならだがな」


 男は勝ち誇ったように俺を見て、アドリアーナさんに笑いかけた。普通の女なら、この微笑みだけで頬を赤らめさせるだろう。世の中は不公平だ。


「彼、いいってさ。俺と遊ぼうよ。最近できた、お洒落な喫茶店知ってるんだ。ワッフルが美味しいんだよ」


 喫茶店。俺には縁のない言葉だ。というか、調べてくればよかった。いや、むしろ何故調べてこなかった⁉︎ 自分の無能さが信じられない。


 アドリアーナさんは笑顔を浮かべた。だが、その笑顔は俺が普段見ているものとは違うような、作り物めいた美しさのものだった。


「それは魅力的ですね。でも、目の前に彼氏がいるのに、それをほったらかして他の男性と遊ぶというのはあり得ないと思いませんか?」


「…………え?」


 男が凍りつく。ギギギ、と音がしそうな動作で俺を見るが、俺も何の話だかわからない。男が彼女に向き直る。


「ごめんなさい。私、彼と付き合ってるんです。お誘いありがとうございました。行きましょ、ラーシュさん」


 彼、というのは誰のことだ?


 トコトコと俺の元にやってきたアドリアーナさんは、俺の手を取って引っ張る。柔らかい手の感触にどきりとした。思考停止状態で、俺は彼女に引っ張られるままに歩く。ふと振り返ると、置き去りにした男が呆然と俺たちを見ていた。

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