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十四話

 アドリアーナさんと別れた後、実は時間がやばかった俺は、行きは入らなかった路地裏に入り込んだ。近道だ。治安とか衛生とかそんなに気にならないので通れる道である。人通りが少ないため、走りやすいのも嬉しい。俺は極力急いで訓練場に戻った。






 訓練場に入った瞬間、アルフを始めとした獣人部隊の面々がこれでもかというほど俺を見てきた。そりゃそうだよな。何故か公開訓練にやってきた町で有名なレベルの美少女を、顔面偏差値最低の俺が突然昼食に誘い、なんとオーケーを貰って二人で外食に行った。自分で言っていてもわけがわからないと思う。でもな、俺にもわからないんだ。しかもその食事の場で、次の約束も取り付けられたんだ。しかも向こうから。しかも名目はデート。そして向こうから。そう、向こうから! 何がどうなって何故こうなっている?


 ……いや、本当は分かっているんだけど、な。というか、理由なんて一つしかない。だが、もう少し夢を見たっていいじゃないか。


「あ、あの、副隊長……? あのー、アリストさんは……?」


 いかにもおそるおそるといった様子で、部下の一人が質問してくる。お前ら、さっき無言でジャンケンしてたよな。で、お前が負けただろ。俺に質問するジャンケンだったのかよ。


「帰った」


 端的に答えてやると、部下はものすごく残念そうな顔をした。


「そんなぁ……」


 嘆く部下を無視して、アルフに目を向けた。


「アルフ」


「なあに? この一時間の話なら、僕も気になってるから聞きたいなぁ?」


 周りの連中がこくこくと頷いている。


「今日、飲むぞ。俺の奢りでいいから付き合え、アルフ」


「……へぇ。わかった、付き合うよ」


「副隊長ぉ、俺たちも話聞きたいっす……」


 聞かせるわけがない。わけのわからないことを言ってきた部下には、酷薄に微笑んでやった。


「どうしてもというなら、訓練後に尾行(つけ)てくるがいいさ。ただし、もし見つけたら両足の骨をヒビだらけにしてやるがな。やるなら完璧に尾行してみろ」


 へし折ると、獣人の治癒力を持ってしても治るまでに時間がかかるからである。ヒビなら……グレーゾーンだが、許容範囲内だろう。俺的には。俺の本気を感じ取ったのか、部下は青ざめて静かになった。






 訓練後。酒場に行こうとしたが、周りの客に会話を聞かれて頭のおかしい可哀想な男扱いされるのが嫌だったので、酒とつまみを買って俺の家に来た。小さな借家だが、二人で晩酌するには十分だ。


「アルフ、お前嫁がいるだろ。連絡したのか?」


「うん、そこは抜かりないよ。待ってたりしたら可哀想でしょ」


 そう、俺より三つ年上で二十二歳のアルフは、既に結婚している。嫁さんも獣人だが、割と可愛らしかったのを覚えている。俺たちにはあまり見せたがらないがな。当然か、部隊にいるのなんていつも女に飢えてるような奴らばっかりなんだからな。俺を筆頭に。


 とりあえず適当に強い酒を注いで、乾杯してから一気に呷った。


「さてと。今日の昼食のことも聞きたいけどさ、ラーシュ、その前から様子がおかしかったよね。どうしたの?」


 いきなり核心に来やがった。俺は渋い顔をしつつ、重い口を開く。


「……とりあえず、初めから全部話す。なんでこんなことになってるのかの、その理由は……俺も薄々勘付いてるから、意見は話し終わった後にしてもらっていいか?」


「わかった」


 誰にも話していなかったアドリアーナ嬢とのことをアルフに話す気になったのは、こいつを親友だと思っていることもあるが、何より既婚者であることが大きい。


「そうだな、まずは……。アドリアーナ・アリストの十五歳の誕生日での、贈り物騒ぎあっただろ。あれで、実は俺も贈り物をしていたんだ。それでーー」


 ブローチを贈ったこと、招待を受けたこと、アドリアーナ・アリストの反応、公開訓練に呼んだこと、今日の昼食。一連の、まるで夢の中のように現実味のない出来事を全てアルフに話した。


「……なるほどねぇ。ファーストネーム呼びに、デートのお誘いかぁ……」


 アルフは俺を羨ましがりながら哀れむような、微妙な表情を浮かべた。


「ねぇ、傷付けることわかって言うけど、それって……」


「……わかってる。からかわれている、と言うんだろ」


「……うん」


 アルフは眉尻を下げた。


「だってさ、他に理由がないよね? ブローチが信じられないくらいにものすごく気に入ったとか、あとは……一目惚れでもしたかじゃないと説明がつかないけどさ、それって……」


「皆まで言うな、わかる」


 この俺のどこに、一目惚れする要素があるというんだ。まだ、初対面が戦闘中であったなら百歩譲ってあり得なくもない……いやあり得ないか。俺は酒を呷った。


「やはり、そうだよな……」


 客観的に見れば、完全に、どう考えても、からかわれている。女性経験皆無の年上の醜男をからかうのは、さぞ楽しいことだろう。からかわれているんじゃないかと思いつつも、好意を持っているかのような反応をされて嬉しい自分がいるんだから手に負えない。


「だが、アドリアーナさんは……そんなことをする性格には思えないんだがな」


 アルフは痛ましいものを見る目で俺を見た。


「言いたくないんだけどさ……あんな綺麗な人なんだ、女として演技くらいお手の物でもおかしくないよ。演技されてた場合、正直、ラーシュが見抜けるとは思えないんだけど……」


 その通りだよ畜生。俺はもう一瓶酒の栓をあけた。ジョッキに注ぐのが面倒だったので、そのまま口をつけて喉に流し込む。


「ちょっとラーシュ、大丈夫? それ、結構強いやつだけど」


「大丈夫だ」


 あー、自分が酒くさい。


「……次の休みに、デートに誘われている。どうすればいい」


「うーん……」


 アルフは困ったような顔をした。


「傷が大きくなる前に会うのやめた方がいいんだろうけど、もう約束してあるんだもんね。どうするも何も行くしかないよね。……勘違い、しないようにね。多分辛いよ」


「……ああ」


 勘違い。勘違いか。そりゃそうだわな。


 その夜、ザルなはずの俺は久々に泥酔した。相手をさせられたアルフには悪いことをしたと思う。

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