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十二話

 ラーシュさんが連れてきてくれたステーキのお店は、席ごとに間仕切りの引かれたちょっとお高めの店だった。ファミレスの、席同士の仕切りがちょっと高くなった版みたいな。大衆食堂みたいなやつを予想していたから、ちょっと嬉しい。


「いらっしゃいま…………い、いら、いらっしゃいませー。えっと、お一人様ですか? あ、申し訳ございませんご一緒ですね。お二人様で。はい、こちらの席へどうぞ」


 ああ、うん。それなりに訓練されてそうな店員さんだけど、同時に入ってきた私たちを見て別のグループだと判断を下したらしい。かなり迷ってたけどね。二人が余りにもつりあわなかったんだろうなぁ。私から見てもつりあわないけどね、皆さんとは逆の意味で。ワイルド系超絶美形と鼻潰れ系贅肉子豚ですから。


 ゴルダさんをどうするかは迷ったんだけど、申し訳ないけどお一人様してもらうことにした。ゴルダさんは護衛ではあるけど、SPみたいにガチガチに私の側について守ってもらうことは元から予定していない。一応同じ店内にいてもらえばそれで十分だ。というか、普段から常に護衛をつけて歩いているわけではないしね、私も。


 案内されたのは、二人がけの席だった。ラーシュさんと向き合って座る。思わずまじまじと見つめてしまうと、ラーシュさんの虎耳が動揺を表すかのようにピコピコと動いた。


 注文を取りにきた店員さんにお勧めを聞いたら日替わりランチがあると言われたので、それを頼む。マジでファミレスっぽい。ラーシュさんも同じものを特盛で頼んでいた。特盛って。まあ、あれだけ動けばそうなるか。


「いいお店ですね、ラーシュさん。ありがとうございます」


「いえ、そんな」


「それでですね、ラーシュさん。私実は、まだ一度もラーシュさんに正しく呼んでもらってないんですよ」


「正しく? ……あっ」


 ラーシュさんが真っ赤になる。かーわいい。私はそれ以上何も言わず、にこにことラーシュさんを見ていた。無言の圧力ってやつである。


「あ、えっ……と」


「はい」


「あ、アドリアーナ、さん……?」


「はいっ」


 うーわー! キュンときたよ今の! やっぱいいねイケメンは正義だね!


「えっと、アドリアーナさん。でもですね、女性ならいいんですが、この呼び名を不特定多数の男に使わせるのは、対外的にあまり……」


 やだなあそんなの分かってますって。


「あ、それは大丈夫です。私のことをアドリアーナと呼ぶ男性は、ラーシュさんだけなので。お父さんや兄さんには愛称のリアで呼ばれていますけどね」


「ああ、そうなんですか。ならだいじょ……」


 ラーシュさんが止まった。秘技・さらっと爆弾落とし。


 前世含めて、こんなに能動的にアタックしたの初めてだなぁ。美少女ってほんと得だなぁ。


「お待たせいたしました。こちら日替わりランチの特盛でございます」


 そのタイミングでやってきた店員さんは私たちを見比べて、迷わずラーシュさんの前に特盛を置く。はい、正解です。特盛すごい量なんだけど。私の一日の食事量に近い量あるよね。三食分だよねこれきっと。内容はステーキに付け合わせの野菜、あとご飯はこの世界にないから、パンだ。私は元から洋食の方が好きだったもので、転生小説でよくある和食への禁断症状みたいなものは出ないで済んだ。


 それからすぐに私の料理もきた。もちろん、内容は一緒だ。量は全然違うけどね。


 さて。


「ラーシュさーん? お料理来ましたよ」


「え⁉︎ あ、はい」


 目の前で手を振ってみると、ラーシュさんは無事帰ってきてくれた。良かった。


「いただきます」


「……い、いただきます」


 ステーキを切り分け、口に運ぶ。お勧めというだけあって、確かに美味しい。


 何となく二人とも黙って食べていたんだけど、ラーシュさん食べるのすごい早いです。私の二倍どころじゃない量があったのに、食べ終わろうとしている。一方私は、七割くらい食べたところでお腹がいっぱいになってきてしまっていた。特盛と一緒に来たから気付かなかったけど、私の分も結構量が多かったみたいだ。でも残すのももったいないしなぁ。美味しいことは美味しいし。うーん。


「……食べ切れますか?」


「えっ?」


 悩んでいると、声をかけられた。


「いえ、食べるペースが落ちているようだったので、ひょっとして多かったのかな、と。あ、急かしているわけではないのでゆっくり食べてもらっても全然」


「実は、少し多かったみたいで……。時間もあんまりないのに、すみません」


「よければ、俺が多い分をもらいましょうか?」


「え」


 ラーシュさんに照れた様子はない。もしほんの僅かな一欠片でも下心的な何かがあれば、ラーシュさんは態度に出るだろう。女性経験皆無っぽいし。つまりこれ、素で言ってる。確かにこの世界、日本よりも食べ物シェアの敷居は低い。食べ物は自分が口をつける前に分ける、という日本的なマナーも、全くないとは言わないけど割と弱い。


「えーっと、実は既にお腹いっぱいで。食べかけで申し訳ないんですけど、それでも良ければ……」


「そんなの別に気にしないですよ。いただきます」


 ラーシュさんはあいた自分の皿を脇にどけて、私の皿を受け取ってくれた。そして何気なく、本当に何気ない動作で、皿に乗せたままにしてしまっていた私のフォークを手に取り……パクリ、と。


「ーーっ‼︎」


 顔に血が集まるのがわかった。こ、これ、つまり、あれよね。かかか間接……。あ、また! さっきまで私が使っていたフォークが、形のいい唇が開いて、ラーシュさんパクって、あ、舌が唇舐めた、ちょっとエロい、てか、ふわぁぁぁ!


 それから何口か食べたあたりでこちらを見たラーシュさんは、ギョッとしたように目を見開いた。


「あ、アドリアーナさん? どうしたんですか?」


「いいいいや違います、私違いますエロいとかそんな全然思ってないし」


「はい?」


 半ばパニック状態でぶんぶん首を振る私に、ラーシュさんは不思議そうにしている。少し首を傾げて、考えるような間。そしてハッとしたように自分の手に持つフォークを見て、さっきまで自分が使っていたフォークが机の上にあることも確認したのがわかった。


「えっとですね、これはわざとではなくてですね、あー……騎士団なんて荒っぽい男所帯にいると回し食いとか気にならないというかなんというか気付かなかったといいますか」


 ラーシュさんが目を泳がせる。


「……すみません」


「い、いえ、そんな気にしないで……」


 ください、と言おうとした私は、しかし口を閉じた。


 渾身のイタズラを思いついた子供の気分だ。私はニンマリと笑う。


「やっぱりダメです。許さないです」


「え」


「なので!」


 慌てて何かを言おうとしたラーシュさんの言葉を遮る。


「罰として、今度のラーシュさんのお休みは一日、私がもらおうと思います。具体的にはお買い物とかお食事とかですかね。ちゃーんと予定を空けておいてくださいね?」


「はい?」


 ぽくぽくぽくぽく。ちーん。


「えーっと、つまり俺は、買い物するアドリアーナさんを隠れながら護衛すればいいんですね?」


「はい⁉︎」


「あれ?」


 非常に分かりやすいデートの誘いのつもりだったんですけど⁉︎


「非常に分かりやすいデートの誘いのつもりだったんですけど⁉︎」


 ついそのまま口に出してしまったよ。この流れで休日に隠れて護衛なんて依頼せんわ。何様だよ私は。


「でーと……?」


 言葉が通じてないわけではないはずだ。でもラーシュさんは反応しない。待つこと数十秒、ラーシュさんが真っ赤になった。お、理解したな。私はにっこりと微笑んだ。


「ラーシュさん。次のお休み、いつですか?」






 ぼふっと、私は自室のベッドにダイブした。


「えへへへへへかっこよかったぁー」


 自分の豚の口から気持ち悪い笑いがもれているが、自室なのでまあいいだろう。


 あの後、私はラーシュさんから次の休みを聞き出してデートの約束を取り付けた。ひゃっほー!


 あ、そういえばお昼は奢られてしまったよ。伝票を見せてももらえませんでした。お小遣いはかなりもらってるし、自分の分くらい払うって言ったんだけどね。


 先に食べ終わって店の外で待っててくれたゴルダさんと合流して、訓練場に戻るラーシュさんとは別れて帰途についたというわけです。一人で去って行くラーシュさんの歩くスピードはすごく速くて、やっぱり気を使ってくれてたんだなと嬉しくなった。


「デート楽しみだなぁ! あの人ほんっとかっこいいよもはや信じられない! えへへへへ」


 部屋に一人なのをいいことに、私はしばらく人には見せられない顔でニヤニヤするのであった。

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