一話
「誕生日おめでとう、リアちゃん」
「おめでとう。リアもとうとう15歳か」
「おめでとうリア」
「ありがとう、お母さんお父さん、兄さんも」
愛情たっぷりに育ててくれたお母さんとお父さん、可愛がってくれる兄さんに、心からの笑顔を返す。
「リア、これは父さんと母さんからの誕生日プレゼントだ。防護の魔道具でもあるネックレスだよ。きっとお前に似合うはずだ」
そう言ってお父さんが差し出したのは、水晶のような見た目をした魔石のはめ込まれたネックレスだった。
「すごい、綺麗……。でもいいの? すごく高いでしょ」
「リアの安全が買えるなら、いくら出したって惜しくないさ」
お父さんが、そう言ってにっこりと笑う。豪商であるお父さんが金に糸目を付けずに用意したんだとしたら、どんなに高価なものなのか……。小市民感覚が抜けない私は、密かに戦慄した。絶対なくさないようにしないと。
「リア。父さんと母さんの用意するものには敵わないけど、これ、兄ちゃんからだ。効果はこれも防護系だが、幾つあっても困るものじゃないだろう」
そう兄さんがくれたのは、これまた高価そうなブレスレットだった。青い小ぶりの魔石がついている。
「わあ、兄さんありがとう! 大事にするね!」
父さんに師事して商人として働き始めている兄さんの用意したこれも、かなりのものだろう。そもそも魔石というものが高価なのだ。地球で言うところの宝石に、実用的な魔道具的価値も付与されたもの、と言えば、その価値はわかるだろう。ああ、15歳という節目の年とはいえ、プレゼントの価値が高すぎて胃が痛みそうだ。
「リアちゃんが可愛く綺麗に育ってくれて、母さんは本当に嬉しいわ」
「ああ、そうだとも。だがだからこそ、心配だな。気を付けないと犯罪に巻き込まれてしまいそうだ。これからは、今までの防護の魔石に加えて、今日のプレゼントも身につけるようにしなさい」
「うん、わかったよ、お父さん」
この発言が親馬鹿の一環なら、まだいいのだけれど。実はこれ、事実なのだ。私は傾国の美姫ってレベルに美しいらしい。私は内心で頬を引きつらせた。
「兄ちゃんも、お前が妹じゃなかったら嫁にしたいくらいだもんな」
「は、ははは……」
いや兄さん、貴方が旦那様はちょっと辛いです。溢れんばかりに愛情を注いでいただいているのは感謝していますし、兄や友達としてなら好意を抱けるのですけれど、恋愛対象には……その。
兄さんの容姿を描写するなら、まず浮かぶのは肥満、という言葉だろう。無駄についた贅肉に、細い目。低い鼻。大きな口。不健康なんじゃないかってレベルに真っ白い肌は一応綺麗だし、いい石鹸を使っているので短く揃えた金髪も美しいけど。なんていうか、私に言わせれば、よっぽどの愛がないとこれを恋愛対象に含めるのは厳しいと言わざるを得ない。兄や友人としては文句はないが。
そしてこれらの特徴は、お父さんにも言えることだ。この親子、そっくりである。細かい部分は違うけど、お母さんもそう。お母さんはくすんだ赤毛だけれど、他は似たり寄ったりだ。
そして、最大の問題。もう予想できると思うが、この二人の実子たる私もまた、これらの特徴を引き継いでいる。背中まで伸ばした髪は金髪。ダイエットを試みたこともあるが、遺伝子には勝てないらしく、この体は引き締まってはくれなかった。どうやら、この世界の人間の体型というのは、地球の人間よりも変わりにくいらしい。痩せている人が食っちゃ寝の生活を繰り返してもなかなか太らないし、運動をしない人でも体質によっては筋肉質になるらしい。何それずるい。
この世界の、と言ったように、私にはこの世界ではない世界の記憶がある。転生者ってやつなのだろう。私は前世、地球という星で生きていた女だった。死んだ記憶はないのだけれど、気付くとこの世界に生まれ変わっていたから、おそらく死んだんじゃないかと思っている。確かめる術はない。
かなり裕福な家に生まれて、可愛がられて育った。家族には感謝している。
この世界と地球の間では、当然常識に違いがある。大きいところでは魔法があること、魔物がいること、亜人と呼ばれる獣人たちがいること。でもこれらは、この世界に生を受けてからの十五年で一応慣れることができた。魔法はそこまで普及していないし、魔物も数が少なくて人里に頻繁に降りてきたりはしないからね。
だが一つ、どうしても、おそらく一生慣れないであろう問題がある。それは、前世の地球と、この世界との美的感覚の差異である。
多めの贅肉に、肉に埋れたような細い目。低い鼻。大きな口。真っ白い綺麗な肌、艶のある髪。
これらがモテ要素であるらしい。あべこべなら全部あべこべにしてくれればいいのに、肌や髪は綺麗な方がモテるっていうのが私の混乱を誘う。というか、これらの特徴、どこかで聞いたことがあるだろう。そう、兄である。そして両親、ひいては私自身である。うちはとんでもない美形一家、なのだ。私主観では、自分含め豚の群れと言っても過言ではないのだけれど。その中でも私の美しさは一線を画するらしい。わかんねーよ。どの辺りが違うの。
「はっはっは。確かに、最低限ルドルフほどの男でなければリアとはつりあわんと思うぞ」
そんなことを考えている間にも会話は続いていたらしい。ルドルフというのは兄さんの名前である。お父さん何勝手なこと言ってるの。
「リアちゃんも、そろそろ結婚を考えるべき年頃ですものね」
「うっ」
そうなのだ。この世界の結婚適齢期は、十五歳から二十歳くらい。ちなみに私なら行き遅れても幾らでも貰い手はあるらしいけどね! 傾国の美姫(笑)になれるそうですから。子豚ちゃんのくせに。
「リアを娶る男はしっかりと見極めんとな」
やばいやばい。やばい流れ。私のため、と家族が以前持ってきてくれたお見合い話は、どれもこれもイケメンばかりを集めたものだった。この世界でのイケメンである。しかも、地球で同じ顔の不細工を相手にするのとは訳が違う。彼らは、自分の顔に自信を持った不細工なのである。辛いです。もちろん私に甘い家族のことだ、全て丁重にお断りさせてもらったけど。
「お父さん。前にも言わせてもらったけど、私は……」
「ああ、分かっている。顔や体格はどうでもいいから、能力ある男がいいと言うんだろう」
「うん。顔や体格はどうでもいいの。ほんとに。心から!」
私は考えた。この世界に生を受けて一番なんじゃないかってくらい、考えた。波風を立てずにイケメン(私基準)と恋愛する方法を。
……いや、だって、私ってば子豚ちゃんだけど、この世界では美少女なんだし。ちょっとくらい相手を選んでもいいでしょ……。すみませんおこがましいのは分かってます許してください。
でもイケメン(こっち基準)は辛いのよ。私の容姿とつりあいを取ろうとしたら彼らになっちゃうのよ。
不細工が好きなんです、と公言してしまおうかとも一瞬考えた。引き締まった体に切れ長の目に高い鼻が理想ですとか言っちゃおうかと思った。でもそれって、地球で、ニキビだらけの肥満ヒキニートみたいな見た目が好きですって言うようなものなんだよね。グラビアアイドル並の女の子が。私のちっぽけなプライドと、見た目は豚系だけど優しく、愛情深く私を育ててくれた大好きな家族を心配させることを拒否する気持ちが邪魔をして、その考えは却下された。
そこで代案として考え抜いて出された結論が、容姿なんてどうでもいいから能力のある男が好き、と公言することだった。見た目は何でもいいから、ワタクシ才能溢れる男が好きですの、と。何か偽善のような胡散臭い考え方だが、こうする以外私には思いつかなかった。特に、運動神経のいい男がかっこいいとも付け加えておいた。だって見た目的に持て囃されるのは肥満体型の男だから、奴らは引き締まった体をしている男たちよりは運動神経が悪いんじゃないかと思ったのだ。まあ、それは人それぞれでしかなかったわけなんだけど。
ちなみに、容姿は何でもいい、というのは多分本気で取られてはいない。地球でだってそうだろう。いくら男は性格や能力、顔なんて何でもいいと言う女がいたって、本気で顔を全く考慮しないということはないと思うし、それを言われた側もそう思うはずだ。でも私が欲しいのはその建前である。かっこいい人がいたら、その人の長所を褒めちぎって、そこに惚れたって押し通すんだ。そう決めている。