1章/傀儡は踊る -4-
走る、走る、走る。闇夜の中を風の如く走り抜ける。数多蠢めく怪人形との追いかけっこだ。僕らは巳紗の魔法で加速していたが、人形どもは振り切れない。
「あの人形達の速さは何なんだ!?オリヴィエは設置型魔法の使い手じゃなかったのかよ?」
「何言ってんの。あれも設置型魔法の1つだよ。人形に魔法の力を固定させてる。あんだけ動けるのは高度な魔法の証拠だね。全く感心するよ。」
巳紗は呑気に言っているが、僕は焦りと恐怖でどうかしてしまいそうだ。
「巳紗、あれ壊せないの?」
僕はすがるように巳紗に聞いた。
「ここでアレらを潰せる程の魔法は撃てないな。」
そうだった。巳紗の魔法は強力無比故使い所が限られてしまう。こんな住宅街では、最初の人形ならまだしも、強力な人形を壊せる程の魔法は使えないのだ。
「じゃあどうするんだよ?」
「今準備してる!もう少し待ってな!」
巳紗の握る手に力がこもる。その手は汗に濡れていた。
『ーーーーーーーーーーーー!!』
人形が叫ぶ。スピードが上がった。ああ、もう…
「追いつかれるぞ…!」
何て速さ。いくら身体を強化した巳紗であろうと、この人形からは逃れられない。
しかし巳紗は、
「丁度良かった。私もそろそろこの追いかけっこに飽きたところだったの。」
そう言うと、不敵に笑ったのだった。
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「…どうなっているの?私の人形を、どうやって葬った?」
オリヴィエは不機嫌そうな顔をして問うた。
オリヴィエという魔女は、自身の人形を破壊されることに強烈な怒りを感じるらしい。
…なら最初からしかけるな、と思うのだが。
「別に葬ったわけじゃあなくってよ。地面の下に空洞を作って、そこに落としてやっただけ。あとは蓋をしてオシマイ。簡単だったわ。」
相変わらず巳紗も喧嘩腰だ。魔女同士ってのは仲が悪いのだろうか。
「でも、よくあの空洞を埋める大質量を瞬時に用意できたな。流石巳紗だね。」
「いい、址故。あの質量を一瞬で用意した訳じゃない。あの空洞もね。私が時間をかけてやっていたのは、あの空間を削りとることと、その空間を上空に転移させる準備をすること。つまり、あの大きな岩は空洞を作る際に削り取った地面そのものだったってわけ。私が破壊は得意だけど創造が苦手だってこと、知ってるでしょ?」
巳紗が呆れた口調で説明する。
成る程、魔法でも質量保存は行われるんだな、なんて感心してしまった。
「オリヴィエ!あんたが何を考えてるのか知らないけど、痛い目見ない内に故郷へ帰りな!」
巳紗がオリヴィエに叫ぶ。しかし、オリヴィエはさっきとは打って変わって笑っていた。
「閉じ込めた?私の人形を?そんなんで止められると本気で思ってるならまだまだ甘いね、白蛇!」
突如視界を大きな影が覆う。天を穿つ巨躯はまるで煙の様にゆらゆらと揺れながらこちらを凝視している。これは、一体。
「オリヴィエの人形…!その融合した姿か!!」
巳紗に言われ、初めてそれが今までの人形の融合個体だと認識する。これが、世界最高の人形使いの実力か…!
「あ…」
人形の腕が迫る。あまりの巨大さに畏怖してか、体が全く動かなかった。
「址故避けて!」
巳紗の声が遠い。
避けようったって、体が動かないんだ。迫る巨腕を避ける術はない。
真榊 址故は、そのまま呆気なく潰されて…
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「…え?」
気がついた時、真榊 址故は倒れていた。頭が少し痛む…が、あの質量を受けて生きたいられたこと自体が奇跡に近い。
「何だ、生きてたの」
頭上から声。
「オリヴィエ・キャメロット…」
朦朧とした頭で、先程の事を思い起こす。
僕は、確かに人形に潰されそうになって…それで…それで?
どうなった?
「そうだ、巳紗は?巳紗はどこ…だ?」
辺りを見回す。動かなくなった人形の下に、巳紗が倒れていた。
「巳紗ーーーー!!お前、どうして?」
巳紗の体を起こす。
服には血が滲み、今にも途切れそうな声で彼女は言った。
「バー…カ。あんたは、潰され…たら死んじゃうでしょう…が」
「馬鹿はそっちだ!助けに入って巳紗が死にかけたら意味ないだろ!」
「私 …は大、丈夫。こん…なの、自然治癒で簡単に治…るんだから…だから…あんたは早く、逃げ…」
そこまで言うと、巳紗は瞼を閉じ、うなだれた。
「ーーーーーーー」
その時、址故の中で何かが切れた。
あいつだけは許してはならないと、魂が叫ぶ。
僕の大切な人。僕の仲間であり、クラスメイトであり、友人である彼女。
朱緒 巳紗を傷つけた、オリヴィエ(あいつ)が許せない。そして、何よりも、彼女を危険に晒した、弱い自分が、許せない…!
どうして自分には、何の力もないのか。
巳紗を助けたい。
巳紗の力になりたいのに、僕は彼女のお荷物になっている。
そんなのはごめんだ。
僕にだって、何か。
何でもいい、何かないか。
そう思ってポケットに這わせた指が、何かに触れる。
何かと思い取り出してみると、それは護身用にと渡されたナイフだった。
「こんなんでも、無いよりマシか…」
ナイフを構える。
足が震えてうまく立てない。
こんな不恰好な姿、巳紗に見られたら笑われるだろうな、なんて事を考えながら址故は相手との距離を測るように少しずつ足を前に出していく。
瞬間、世界が暗転した。