1章/傀儡は躍る -1-
ここ、称代市は人口約20万人を抱えた「それなりに」発達した町だ。
なんでもここ数十年で急速に近代化したらしく、よく思い返してみれば小さい頃の家の周りは緑一色だった。
それでも海に面した港町と、市の旧シンボルでもある相和山は昔と変わらず今も当時の幻影を映し出している。
そんな、都会だか田舎だかよく分からないこの町の一角に、僕の通う学校は在った。
称代市立高校、通称「カナコー」。
どこにでもある普通の高校である。
別段取り柄があるわけでもなく、学徒達は気ままに人生を浪費している。
特に行きたい高校も無かった僕は、知り合いの勧めでここへ入った。
教室に入って席に着くと、赤茶色の髪をワックスでガチガチに固めた大柄な男がこちらへ向かってきた。
「よっ、マサ!悪ぃけど」
…またか。
「金、貸してくんね?」
そういってそいつは身を乗り出す。
僕はそれをチラと横目で見やり、
「やぁだよ。だって眞人、返してくれないし」
Noを突きつける。
眞人は
「いや、冗談だって。そんなに怒るなよ」
なんて言うが、毎日同じ事を言われると冗談とは思えなくなる。
早瀬 眞人。僕が中学の頃からの友人だ。
もう毎度のことすぎて、このやりとりがある意味2人の挨拶の様なものである。
「なぁ、最近この辺りで起きてる連続殺人事件の事、知ってるよな?」
眞人がそんな話をするなんて、珍しいな。
「あぁ、もちろん。外傷が全くないのに死んでるやつだろ?確か、最初は突然死だと思われていたんだよな?」
「そう、それ。確か4件目、マンションで殺しがあったときに、監視カメラに赤いフードの男が映ってて、それで…」
…眞人がちゃんとニュースを見ていることに驚きを禁じ得ない。
そんな事を思っていると、ふと背後から声を掛けられた。
「物騒な世の中になったものだね」
振り向いた先に居たのは、往生 郁視先輩。
中学の頃、部活動選択で悩んでいた時に
バスケ部に来ないかと声を掛けてくれた人だ。
あまり上達はしなかったが、部活はこの上なく楽しかったのを覚えている。
僕は中学卒業と共にバスケは辞めてしまったが、先輩は高校でも続けていて、その才能は称代市内で知らぬ者はいない程だ。
「お早う御座います、往生先輩」
「お早う御座います」
「お早う。眞人君、君がニュースを見ているなんて驚いたよ」
「いやぁ、俺だってニュースくらいはみますよ~」
「殺人事件、まだ続くんですかね」
「どうだろうね。犯人は人殺しを楽しんでいるのかもしれない。そうだとしたら、まだ続くんじゃあないかな。」
「殺人を楽しむ…か」
それって…
「どういう感覚なんでしょうね」
「どうだろうね。きっと一般人には理解しがたいものだろうよ。経験した人にしか、その感覚は分からない……」
「そうですよね。異常者の感覚なんて、僕らには分かりっこない。人間から乖離したモノの事なんて、人間には分からないですもんね」
「そうだね。彼らはもう、人間とは言えないのかもしれないね」
「殺人鬼の気持ち……か」
彼らはその時、何を思うのだろう。
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下校時刻を告げるチャイムが響く。
教室で思い出話に花を咲かせていた僕と眞人は、急いで校門を出た。
「今日も朱緒のヤツ来なかったな。あの魔女、もう1週間も休んでやがる」
帰り道、眞人がぼそりと呟いた。
朱緒 巳紗、通称「魔女」。
あだ名の理由は、眞人に言わせると「高笑いがそれっぽいから」らしい。
成程、的得ている。
なぜなら彼女は本当に魔女だから。
比喩とかそういう話ではなく、マジで。
真の名は、アルカトリアス・ミーシャエール。
齢400を越えて尚、現世に生き続ける魔法使いである。
休んでいるのだってきっと、そっち側の人間に怪しい仕事を頼まれたからだ。
「それじゃ、僕は少し寄り道していくから」
「そうか、じゃあまたな」
眞人に別れを告げて、向かう先はその魔女のいる廃墟だ。
僕の家から北西に約2㎞の場所にあるそれは、まるで幽霊屋敷の様で誰も近づこうとはしない。
6階建てのその建物が元は何の施設であったにせよ、中は大幅に作り替えられている為その面影は無いに等しい。
エレベーター(-----何故か電気が通っている)に乗り、5階へ向かう。
所々ペンキが剥がれ、コンクリートが顔を覗かせている廊下の突き当たり、ヘタクソな字で「事務室」と書かれた部屋の扉の前に立つ。
トントン、トン、トントン
といつも通りに合図を送ると、
「ハイハイ、開いてるよ~」
と聞き慣れた声が返ってきた。
「お久しぶりです、夭仔さん」
「んー、3週間ぶりくらいかな?」
「はい、その間に出来るだけ楽しんでおきました。大きな仕事があるんでしょ?」
「命を賭けるくらいのが一つ、ね」
夭仔さんは紅茶を啜りながら依頼書を眺める。
彼女の名は杷戯浪 夭仔。
カナコーの英語の教師でもあるこの人は、無造作に束ねた白髪と鋭い目つきの所為で、まるで暴走族の様だと生徒達から恐れられている。
僕にカナコーを勧めてくれたのはこの人だ。
ふと、部屋の隅に人影を見つけた。
「何だ、いたのか巳紗。気づかなかったよ」
「…何よ、私が影の薄い女だっていうの!?」
魔女は相変わらずの様だ。
「今まで何してたんだよ?1週間も学校休んで」
「ぐっ、スルー…。夭仔に頼まれた依頼を5つ程片付けてたの。どれも大した内容じゃ無かったんだけど、霊薬調合の依頼には案外時間が掛かっちゃって…」
やはりそっち側の仕事か。
一般人の僕は、いつも見てるだけで終わってしまう。
ついていく意味は、正直無いように思えるのだが。
しかし、夭仔さんによると、僕も2人と同じ側の人間らしい。
何でも、瞳を見た瞬間すぐにそれと分かったのだとか。
でも、僕には全く自覚が無い。
「で、夭仔さん。今回の依頼はどんな内容なんですか?」
「あぁ、それなんだがね。例の連続殺人の犯人を捕まえて欲しいというものだ」
何だ、いつもと変わらないじゃないか。
「その犯人が、そんなに危険な人物なんですか?」
夭仔さんは腕を組んで
「私が思うに、この事件の裏には多分デカい獲物がいる。下手すると巳紗でも手に負えん化け物かもしれんぞ?それでもやるか?」
と、にわかには信じられない事を口にした。
それを聞いた巳紗が、眉をひそめる。
「何それ?エリヲス教会の幹部か何か?それだけの大物なら、報酬はかなりのモノが出るんでしょうね?」
夭仔さんは勿論と頷く。
「樹齢1000年を越える霊木の根だ。依頼主が送ってきたものなんだが、鑑定書も付いている。本物と見て間違いないよ」
それを聞いた巳紗は、
「----命を賭ける価値はあるようね…!!址故、早速準備するわよ!」
と言って、せっせと支度を始めてしまった。
…何故彼女が目を輝かせているのか全く理解できないが、ああなった巳紗はもう止まらない。
仕方がない、死なない程度に付き合ってやるか。
----ここは、杷戯浪コーポレーション。
所長の杷戯浪 夭仔
研究員の朱緒 巳紗
そして僕、真榊 址故
の三人で構成される、小さな会社である。
そんな僕達の元に届いた一通の依頼。
この依頼が僕と、そして巳紗の運命を大きく揺るがす事態へと発展していく-----
さて、物語は動き出します。