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第一章 受取日

車から降りて、ズボンのポケットから鍵を取り出した。少し大きめの、アンティークな鍵。重厚な扉に差し込むと、ガチャリと重い音がした。

「と、これだけじゃ開かないんだよな、ここは」

 駿はポケットに入れていた紙を取り出し、パスコードを入力する。そうしてやっと、目の前の厳かな扉が開いた。

「やれやれ、厳重なことで」

 何かを警戒するかのような設備。本当に信じられない。この城が誕生日プレゼントで、自分のものになるなんて。

 中は洋風な古城として聳える外面とは違い、現代よりの造りではある。磨かれた茶色の床に、白い壁。だが、置かれた電話や甲冑が歴史を感じさせる。

「いい所だとは思うけど」

 だが、広すぎてなにがどこにあるのか、どこがどこだかまるで分らない。

「まずは場所の把握から始めないとなあ」

 あたりを見まわしながら廊下を進む。目指す先は談話室だ。

 長い廊下。しばらく人がいなかったらしいそこは、妙に寒々しい。身震いを一つして、ぽつり。

「なんか出たりしてな」

 冗談で言ったつもりの自身の言葉に駿はへこんだ。この城の雰囲気にその冗談は、まったく冗談に聞こえなかったのだから。気を取り直しドアノブを握る。その手が若干震えているのが我ながら情けない。

「まさかな。親父たちがそんなもの用意するとも思えねえし、いたとしても、せいぜいオウジサマの幽霊ぐらいだぜ」

 そう、例えば。今目の前のソファに腰かけているような容姿の。

「出たあああああああああああ!」

「うわあああああああああああ!」

 腹の底からでた悲鳴。談話室中に響いたその声は、なぜか二つあった。

「あ、あれ?」

「人間?」

 驚愕の声も二つ分だった。上質そうなソファに腰かけていた金髪の王子、もとい少年は、正真正銘、人間だったらしい。


「僕、レイ。石見レイ」

 よろしく、と差し出された手を握り返しながら、駿も自己紹介をする。

「滝本駿。好きに呼んでくれ」

「じゃあ、駿くんで。あ、呼び捨てのほうが良い?」

「いや、いいよ。レイって呼んでもいいか?」

「うん、もちろん!」

 にっこり笑うレイの金髪が、窓から差し込む光をあびてきらきらと光る。

「……レイって、親戚に外国の人いたりするのか?」

 顔は東洋系だが、髪は金髪。王子の印象が拭えないのは、その見事な金髪が理由だった。

「あ、おばあがドイツ人なんだ」

 綺麗な髪の色だな、と呟く駿に、レイは照れたように微笑んだ。

「それにしても、この城が共同プレゼントだったとはな」

 先に言えよ!と愚痴をこぼす駿は両親への怒りを滲ませた。多分、思いきり悲鳴を上げたことに対する恥ずかしさもこめられていたのだろうが。

「僕も今日知ってさ。共通のプレゼントだから、談話室で待っていなさいって」

「事前に言ってくれただけいいぜ」

「まあ、それでも驚いて悲鳴あげちゃったけどね」

 駿は、ごほんと咳払いをすると話題を変えるように窓のほうへ向かう。

「少し暑いな。空気入れ替えようぜ」

「あ、だめだよ駿くん」

「何が?」

「その窓、開かないんだ」

「え?」

 窓に手をかけた状態で固まった。少しの間を置いて手に力を込めたが、レイの言うとおり窓は開かなかった。

「なんでだ?」

「さあ?」

 そういえば、玄関の扉も裏表、ともにパスコードの入力が必要だった。

「なんか物々しい城だな」

「外観はいいんだけどねえ」

 ドイツの城に似てるし、とレイが笑った時、また談話室の扉が開いた。

「あら」

 入ってきたのは綺麗な黒髪の女だった。歳は駿とレイと同じくらいだろう。

「ごめんなさい。城、間違えたみたいで」

「いや、あってるよ」

「うん、間違ってない」

 城間違いなんてそうそうあるもんじゃない。この美人も、共同プレゼントのことは知らないようだった。駿が軽く説明したあと、再び自己紹介をした。

「神崎由良です。よろしく」

 呼び捨てでもいい?と聞く由良に、二人は快く了承した。駿は由良、と呼ぶことになったが、レイは由良くん、だった。

「ねえ、この城をプレゼントされたのって三人だけ?」

「ううん。父さんの話だと、四人のはず」

「男の子?女の子?」

 由良が興味深そうに聞いてくる。

「えーと、確か、女の子だったはず」

「楽しみ。早く会いたいわ」

 するとその声にあわせるように、

「この馬鹿兄貴!」

 という怒鳴り声が聞こえてきた。声の主は相当ご立腹らしい。

「あの声……」

「残りの一人か?」

 レイと駿が呟くと同時に、談話室のドアが物凄い勢いで開いた。

「兄貴!いい加減に……!」

 全く傷んでいないことから、天然の茶髪ということが分かる。シャギーの入ったセミロングと黒のピアスが印象的だった。

「……ごめんなさい。城、間違えたみたいで」

 一瞬の間を置いて三人は爆笑した。さっきの光景とまったく同じ今の状況。ただ一人、三原紅陽だけが呆然と佇んでいた。


「そっか、皆も同じような反応だったんだ」

 ドアを蹴り開けたりしてごめんね、と謝った彼女こそ、共同プレゼントをもらった最後の一人。ようやく四人そろったということで、話も一層の盛り上がりを見せていた。

「ゆうひって可愛い名前ね。漢字はどうやって書くの?」

「くれないに太陽の陽でゆうひ。当て字だけどね」

「ね、紅陽くん。なんでさっきはあんなに怒ってたの?」

「兄ちゃんの金銭感覚にちょっと……」

 だって、せっかく今回はまともなプレゼントだと思ったのに。城って。頭が痛いと嘆く紅陽に、由良もため息をついて同意した。

「うちの両親もそうよ。ずれているのは思考回路もだけどね。まあ、貰えるものは貰っておけばいいのよ」

「そうそう。城だけじゃなくて、友達が三人も増えるなんていいプレゼントだって思わなきゃ」

「友達」

 駿、由良、紅陽の声が揃う。

「あれ?だめかな、友達じゃ」

「いや、いいと思うぜ。なら、もっとお互いのこと分かり合わなきゃな」

 それから四人はすっかり意気投合した。彼らの親が驚くほどに。


「きゃー!皆久しぶり!」

 それから暫くして来た親たちは、どうやら全員知り合いらしく、久しぶりの再会にテンションがあがりっぱなしだった。それを眺める苦笑や冷ややかな視線が四つ。

「ちょっと、いつまでもはしゃいでいないで。仮にも主役は私たちじゃないの。このプレゼントのこともきっちり説明してちょうだい」

 意味も分からず放り出されたこの状況に、いい加減耐えかねたらしい由良が鋭く言い放った。

「あぁ、すまん。見ての通り父さんたちは同級生でね。自分たちの子どもにも仲良くしてほしいと思ってこのプレゼントを思いついたんだ」

「じゃあ、ここ買ったの翼兄ちゃんじゃなかったの」

「いや、まあ、母さんたちと分け合って……」

 そういう翼の顔は赤い。談話室に入ってきた瞬間、紅陽から重い一発をもらったのだ。

「まあ、金銭感覚がずれてるのは事実だし、一発くらいは」

 その一発がとてつもなく痛いんだ!とわめく翼。きっと、あとでもう一発もらうことだろう。

「あらどうしたの、駿。さっきから黙ってるけど……」

「レイもよ」

 それぞれの母親が息子に問うが、駿とレイはお互いの顔を見合わせて乾いた笑みを浮かべるだけだった。まさか由良と紅陽のオーラにおされて喋れないんですとは言えない。

「それで、この城は私たちで使っていいのかしら」

「いんじゃない。もう、私たちのものなんだからさ」

「四人の遊び場所として使えばいいんじゃない?僕、皆ともっと仲良くなりたいし」

「それは俺も思う。いいんじゃねーか、遊び場所で」

「じゃあ、今日はここで親睦もかねてパーティーでもしない?」

「あ、それいいわね!」

 こうして盛り上がる会話。四人が全員同じ月の生まれであると知るのは、その日の夜のことである。

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