開錠 前渡日
この話は、魔法のiらんどで掲載している「PRESENT CRSIS」という作品をこちらに転載するにあたり、再度構成しなおした話となります。
それぞれ別名義で書いておりますが、「PRESENT CRSIS」はまぎれもなく筆者本人が書いたものですので盗作ではありません。
また、話の内容が前の物とは異なり、設定が少し残る程度であることもご了承ください。
竜巻を呼ぶ龍って見たことある?
―架空の生き物でしょ。
レヴィアタンはどうだ?
―悪魔?それとも海の魔物のほう?どっちも架空。
人魚なんてどうかな?
―いないよ、いない。あれってジュゴンのことでしょ。
じゃあ、カラス天狗はいると思うか?
―精々お面だよ。架空の存在だ。
そうだね、架空でもいいんじゃない。
そうね、あなたの中でそう思うのなら。
その日、一人の少女が憂鬱そうな顔をしながら、自室のカレンダーを眺めていた。マークもなにもついていない真っ新なそれだが、それでもイベントがあることは分かる。なにせ、そのイベントとは自分の誕生日なのだから。
三原紅陽はその日のことを思いながら、深くため息をついた。何をそんなに悩んでいるのか。一言で言ってしまえば、誕生日プレゼントがこわいのだ。いや、もっと的確に言うならば、兄からのプレゼントがこわい、だ。
高校三年生の彼女と四つ離れた兄。普段はとてもいい兄だと紅陽は思う。親の跡継ぎを目指して勉強し、妹である自分のことも可愛がってくれる。そう、だからこそ。だからこそ彼女の悩みは深かった。
そこまで「いい兄」である彼の欠点。それは金銭感覚だった。去年はクルーザー、その前はプライベートビーチ。はっきりいって、三原家は金持ちの部類になる。それらを買ってもいたい出費にはならない。ならないが。紅陽はもっと規模の小さいもので良かった。いつだか、
「翼兄ちゃん、私はもっと普通の物でいいんだけど……」
と言ったことがあるが、そのあとにとても不思議そうな顔をされたのを覚えている。自分と兄の間に、決定的な認識の違いがあるのだと分かった瞬間だった。
いろいろ考えているうちに頭が痛みだしてきた。紅茶でも取りに行こうか。そう思い部屋を出ようとしたとき、扉をノックする音が聞こえた。扉を開けなくてもわかる。この、仔犬が遊んで遊んで、とアピールするような弾んだリズム。ノックの主は間違いなく兄だ。
「紅陽―。お兄ちゃんだよー」
「……開いてる」
その声とほぼ同時に部屋入ってきた。本当に自分の合図を待って入ってきたのかも疑わしいが、気にしてはいけない。そういう人なのだから。
「紅陽、もうすぐ誕生日だな!」
「あぁ、うん……」
「今回の誕生日プレゼントは少し特殊だから、少し早いけど今渡しておくぞ!おめでとう!」
そういって手渡されたのは小さい箱。見た目は至って普通だが、特殊という言葉が気になった。どうか世界一周旅行のチケットなんてものが、入っていませんように。
開けないのか?と表情で訴えてくる兄の期待に逆らえず、恐る恐るリボンを解く。
「鍵……?」
中には一つの鍵が入っていた。少しくすんだ色の、西洋風の鍵。アンティークと言うのだろうか。チェーンもついていることからネックレスに見えなくもない。
「お前はアンティークが好きだろう?」
「ありがとう」
紅陽は素直に感動していた。今までもらったプレゼントのなかで一番まともだ。特殊といったのは、きっと、在るものを購入したのではなく、誰かに依頼して製造してもらったのだろう。それもそれでどうかと思うが、クルーザーなどに比べれば、すごい進歩だ。
「ちゃんとつけるんだぞ」
「うん。すごい気に入った。本当にありがとう」
ためしに首につけてみた。わずかにかかる重さが、なんだか本物の鍵のようで。
「この鍵、なんか本物みたいだね。すごいよく出来てる」
何気なく呟いた言葉に、にんまりと笑ったのは兄だった。あ、嫌な予感がすると思った時にはもう遅い。
「良く分かったなあ、紅陽。実はそれはな……」
ここ何年かで一番まともだと思ったプレゼント。まともどころかますます悪化していることが分かった、そんなある日の午後。心の中で悲鳴をあげた彼女の誕生日はもう来月に迫っていた。
とあるうららかな休日。――の、早朝。優雅にドライブ中。――強制的に。
滝本駿、高校二年生。現在、車にて拉致されている。
「母さん、飲み物をあけてくれないか」
「お茶とコーヒー、どっちがいい?」
「じゃあお茶で」
助手席に座る女性が素早く飲み物を差し出した。運転席の男性がきちんと受け取ったのを確認してから、後部座席にいる二人にも声をかける。
「二人も何か飲む?」
「ぼく、オレンジジュースがいい!」
「オレンジジュースね。……はい」
「ありがとー!」
「駿は?」
「飲み物よりも先にすることあるんじゃねえのか……!」
あら、短気ねえと彼の母親が呟いたとき、車で移動してからすでに三十分が経過していた。
「ちっとも短気じゃねえだろ!おい、さすがに説明あるよなあ、おやじぃ……!」
朝、起きてみれば第一声が「出かける支度をしていなさい」。詳しい事情を聞かされぬまま、さぁ行くぞと車に詰め込まれたのだから、多少の怒りを覚えても文句は言われないだろう。
「あのなあ、俺は拉致られたことを怒ってるんじゃないんだぞ。事情も聞かされずってほうに怒ってるんだ!」
「そんなに怒るな駿。それとも……。そうか、それは悪かった。いや、とうとうお前にも浮いた話が出来たのか」
「え!そうなの。嫌だ、どうしよう、彼女さんに悪いことを……急いで引き返しましょうか」
急にあたふたしだした両親を、駿はひどく冷めた目で睨みつけた。
「勝手に人の恋愛話ねつ造すんな。何年親父とおふくろの息子やってると思ってるんだ。騙されねえぞ」
途端に大げさすぎる動作がやみ、舌打ちの音が運転席と助手席から聞こえた。やっぱり芝居だったか。腕を組み、柔らかなシートに思いきり身を沈めた。顔が不機嫌で歪んでいるのが分かる。それに引き換え、隣に座る弟の機嫌はすこぶるよかった。
「ご機嫌だなあ、駆」
「うん!あのね、あのね、今日はすごくきれいなところに行くんだって!」
「……綺麗なところ?」
うん!と返事をしたきり、駆は外の景色に夢中になってしまった。
「親父、綺麗なところってなんだよ」
「……」
両親はなにも答えない。ミラー越しに見える顔が、怪しげに笑って見えて、背筋が冷たくなった。
まずい。こんな状況の小説を読んだことがある。ぎこちない溝を埋められないまま成長した親子。ある日、親は子どもをドライブに誘う。慣れない空気の中、それでも親子の会話を楽しむ家族。やがて車は大きなカーブに差し掛かる。落ちないスピード。直進する車。響く悲鳴。このあと親は子どもを道ずれに……なんてミステリーだった。いや、考えすぎだ。連れて行かれるのが「綺麗な場所」というだけでそのような……物騒な考えに結びつけるなど。
「ほら、駿。もうすぐ、綺麗な場所だぞ」
その言い方!何か別の意味がある気がして仕方がない。やめてくれよ。そこの大きなカーブはちゃんと曲がってくれるよな!?
妙な緊張で汗ばむなか、車は無事に曲がった。だから、駿は気が付いていなかったのだ。目の前に広がる光景に。
一番に気が付いたのは、彼の弟のほうだった。
「うわあ!遊園地だ!」
「遊園地?」
こんなところに遊園地なんてあっただろうか?ほら見てお兄ちゃん!綺麗だよ。と促されるまま見た、窓の外。暫く言葉を失った後。乾く喉を叱咤して引き攣る声で呟いた。
「駆……。あれは遊園地じゃないぞ……」
「誕生日おめでとう!」
純和風の一軒家。獅子脅しの音が高らかに響いた。
「ごめんなさい。もう一回言って、お父様」
「誕生日おめでとう、由良」
「……」
終始にこやかに笑う父親。その様子を見るに、聞き間違えではないらしい。思わず目の前にいる父の顔をじろじろと見てしまった。普段の彼女なら一瞥して終わりなのだが、このときばかりはそうもいかなかった。
昨日までの様子では、特におかしいところはなし。味覚も感情面も疑問の思うような部分はなかったように思う。思うが。娘の誕生日を間違えるのは、もしかしなくてもそういうサイン?
由良は回転が速いと称される頭をさらに回転させて、ある一つの結論にたどり着いた。
どうしよう、お父様ったらついに……。こういう場合はどうしたらいいのかしら。頭から否定してしまうのもよくないと思うし、かといってこのままというわけにも……。
「あ、ありがとう、お父様。でも、その。よく思い出してほしいのだけれど……。何か二週間後ぐらいにもイベントがなかったかしら。いえ、否定しているわけではないのよ!私も最近本ばかり読んでいるから曜日感覚がなくて、その……一応、確認を」
彼女にしては珍しく押しの弱い発言。そんな娘の様子を見ていた父は不思議そうに言った。
「由良。自分の誕生日を覚えているか?」
「え?えぇ……。あの、私の記憶では二週間後だったかと、思うのだけれど」
「……」
「……。ごめんなさいお父様!間違っていたのならそう言って!」
「いや、二週間後であってるぞ」
「そうよね、私の誕生日は今日……なんですって?」
「お前の誕生日は二週間後だろう?」
「だってさっき、誕生日おめでとうって」
「あぁ。そういえば少し早いけど、とつけるのを忘れていたな」
すまんすまん!と豪快に笑う父親に対し、彼女の視線は急激に冷めていく。
「紛らわしい。いらない気を遣っちゃったわ」
「まあ、そう怒るな。ほら、これは誕生日プレゼントだ」
その言葉にまたしても視線の温度が下がる。二週間も前に誕生日のプレゼント?――何企んでいるのかしら。外見は特に変わりなし。綺麗な紙袋に入れられている。大きさからすると、これは本?しかし厚さは薄く、重さもそれほどない。――ん?一か所だけ固い。何か金属の類のようだけれど。
「考えてもしかたがないわね」
一つ息を吐いて覚悟を決め、紙袋をあけた。
中身を見た神崎由良の眉間に盛大な皺がよるまで、あと三秒。
傾きかけた日を眺めながら、やわらかい風を感じていた。とても綺麗な砂浜。日本と違った色合いを楽しみながら、体でも自然を満喫する。足の裏をくすぐる砂の感覚がまた気持ち良かった。もう少し、このままでいたい。せめて、大きいあの陽が沈むまで。そんな少年に優しく問いかける声が響いた。
「レイ」
振り返った先には、優しく微笑む老人。あれ、あの人は……。
「おじいちゃん」
自然と声が出ていた。おじいちゃんと呼ばれた老人はレイにカラフルなジュースを差し出す。
「はしゃいでたから、疲れただろう」
「ありがとう」
ストローから吸い上げたジュースは甘く冷たい。一気に半分ほど飲み干して、ほぅと息をつく。
「綺麗だなあ、レイ」
「うん」
「レイは、海が好きか?」
「好き!おじいちゃんは?」
「おじいちゃんか?好きだぞ、でも」
「おばあちゃんの次に、でしょ?」
「……そうだな」
今夜、おばあちゃんに今のことを伝えてみようかな。きっと、とても喜ぶ。おじいちゃんは盛大に照れるかもしれないけれど。
そんな考えがばれたのか、今の話は内緒だぞ、おじいちゃんとレイの約束だ。と釘をさされてしまった。
「愛情を伝えるのって大事だよ。って、お母さんが」
「……考えておこう」
ジュースがもうない。ふとみれば祖父のグラスはとっくに空だ。
「なあ、レイ。何か夢があるか?なんでもいい」
「ゆめ……。あ、そうだ、僕ね……」
夕暮れを背に豪快に笑った祖父。今でも鮮やかに思い出せる。描けと言われればそうできそうなほど鮮明に。
「おじい……」
目が覚めたレイはベッドの上で、その懐かしさに笑いながら、少しだけ泣いた。
幼い頃の自分と、優しかった祖父との昔話。確か、どこかの海辺で遊んだあとにした会話。そのとき、対して考えずに言った自分の夢。
「僕ね、大きくなったらお城の王子様になるんだ!」
こーんな大きなお城がいい!と言った自分を、豪快に笑って「いい夢だな」と頭を撫でた祖父。その日の夜、今日の出来事を知った祖母も両親も、「大きい夢だな」と笑って。きっととても微笑ましかったことだろう。だからって。
「それが実現されるなんて思わないでしょ」
今日は両親、そして祖母から少し早めの誕生日プレゼントとして、城をもらった。比喩でもなんでもない。本当に、城。あんなの。子供の頃に言った戯れなのに。そうは思いつつ、
「レイちゃんは昔から王子様になりたがっていたものねえ」
とのんびり言われてはねのけられるほど、レイは非情になれなかった。ありがとう、となんとかお礼を述べた自身の顔が引き攣っていなかったことだけを強く祈る。
「もう、今日か……」
今日、レイは貰った城に行く。いや、レイだけではない。紅陽と由良。そして駿も。しかし、四人はそのことを知らず、ただ夜は更けていく。
プレゼントの前渡しはこれにて完了。