昔話
~二年前~
ヤスはパーティーの準備をしていた。今日は久地組親分の純白之晋の妻、まゆこからすれば母、ヤスからすれば姐さんである、なつみの誕生日なのだ。北進ハイスクールからも、日頃の感謝だと、たくさんの贈り物が届いていた。
「おい、新入り、他の三人はどこいった?」
「へい、タクミさんは素振りに、カオルさんはクマ退治に、ユウちゃんさんは川へ洗濯に行きました。」
「なんで昔話級の用事で出てるやつが二人もいるんだよ。しかも、なんで一番ボケそうなタクミがまともな用事なんだよ、そんでなんでお前は穴をほってんだよっ。」
新入りは畳を剝して、スコップで穴を掘っていた。
「こうすれば、もうお嬢が遅刻しなくて済みます。」
「は、いみわかんねぇよ。」
そこにノゾムが口をはさんだ。
「僕なら手を貸しますよ。」
「お前誰だよ、なに普通に『ノゾムが口をはさんだ』とか言ってんだよ。」
そこへ姐さんから声がかかった。
「ヤスぅ、ちょっといい?剥製がぁ。」
ヤスとしては誕生日会を秘密でやりたいので、
「ちょっと待ってくだせぃ、今、使いを出しやす。えぇと、あ、ノゾム、ノゾムがそちらへむかいやーす。」
それでも少し心配でヤスは庭を覗いたが、なつみは池でワニを乗り回していた。
「姐さん、ヤスさん、只今帰りました。」
ユウちゃんの声だった。ユウちゃんは大きなモモを抱えていた。
「おい、ユウちゃん。なに期待に応えてんの。いいんだよ、そんなのはぁ。」
「それより、ヤスさん、親分が庭に埋まってましたよ。」
庭に出ると、松のふもとに純白之晋の頭があった。
「なにやってんすか。」
「いや、どうってことはないんだ。トリプルアクセルの練習してたら掘れちゃって。」
ヤスは黙って部屋に戻り、新入りは「なるほど」と言って、スコップを置いてトリプルアクセルの練習を始めた。新入りのトリプルアクセルに感動して、なつみは涙した。
「だだいま。」
カオルが帰ってきた。手にはプーさんのぬいぐるみ。
「六百円で落とした。」
ヤスはもう返事すらしなかった。
~巣鴨駅~
みゆきは胸を揺らして走った。手には鳥の剥製。
(これさえなくなれば、小太郎が正気に戻ってくれるかもしれない。)
みゆきは思っていた。小太郎が目指しているのは、もう純粋なバドミントンではない。あんなのはただの暴力にすぎない。
この剥製の秘密は羽根にある。この鳥の羽を使えば、伝説のシャトルを作ることができるのだ。しかし、そんなものを手に入れたら、今度こそ、小太郎は暴力に溺れてしまう。
「小太郎、もう一度、普通にバドミントンを楽しんで。」
みゆきは走って、ここにたどり着いた。小太郎が絶対に足を踏み入れられない場所。大きな和造りの屋根が、そして、その屋根に達する松の木が見える。
帰り道、手ぶらになったみゆきはまた走った。小太郎が帰るまでに戻らないと、剥製を持っていったのが自分だとばれてしまうかもしれない。急いだ。信号も無視した。それがいけなかった。
みゆきは重症を負った。すぐさま、石原組が経営協力をしている、石原病院へ運ばれたが、意識はなかった。
「若の女が。」
「どこで。」
「久地組近くだってよ。」
「やつら、後継ぎ問題を抱えとるから。」
そして、ついに小太郎が口を開いた。
「カチコミだ。あなる。」
~その夜~
ハッピバースデートゥー……。石原組が来た。よりによって今日。
「とにかく、お嬢を安全な場所へ。」
ヤスが言うと、新入りがまゆこの手を引いて案内した。まゆこを囲むように、純白之晋となつみもそれに続いた。
「私たち四人で、久地組を守ろう。」
カオルの言葉にヤスが「ったりめぇよ」と応え、四人が出動した。
「こっちには人質がいる。諦めて、降伏しろ。」
ディドロの手には縄が。その先にはノゾムが縛られていた。
「こいつがどうなってもいいのか?」
「かまわん。」
四人同時にディドロに向かった。
「ならばお前らの出番だ。いけぇ、悪魔の三人衆。」
ディドロが叫ぶと、三人の男が飛び出した。
「俺はミスター・K。」
「俺はミスター・E。」
「俺はミスター・U。」
ユウちゃんがディドロに掴みかかった。
「私相手に接近戦とは、いい度胸だ。」
ディドロは素早く背負い投げを繰り出した。ユウちゃんは地面に叩きつけられた。
「そんなものか。」
ディドロは立ち上がったユウちゃんに掴みかかった。
「背負い投げの際、お前は片足に体重がかかる。」
「え?」
「そこだっ。」
ディドロはユウちゃんの大外刈りにより、地面にうつ伏せになった。
「……私は負けてしまったようだな。しかし、あれを見ろ。」
ディドロが指さした先にはミスター・K、E、Uにボロボロに負けている、ヤス、カオル、タクミの姿があった。
「そんな。」
そのとき、どこからか声がした。
「百花繚乱花鳥風月猪鹿蝶。」
なつみの声だった。