久地組と石原組
~地下室~
チャラチャラして熟女ばっかり口説いてたおれを拾って一人前にしてくれたのは、他でもない、親分だ。ここでお嬢を護らねば、親分に合わせる顔がない。おれは木刀を中段に構え、地下室の入口へ向けた。コツコツという足音が次第に近くなり、ついにひとりの男が姿を現した。
「ち、遅かったか。」
呟きながら入ってきたのは、『留火苦灸舞』や『怒裸夢』と書かれた長ランに身包み、細いメガネをかけた、まさにヤンキーだが、どこかインテリ感のある少年だった。
「まゆこさんはどこだい?って、訊いても答えねぇか。」
金属バットを上段に構え、少年はゆっくりと口を開いた。
「石原組、トモヤ。おめぇは。」
なるほど。聞かない名だけれど、礼儀はわきまえているようだな。おれは少年の構えにあわせ少し木刀を上に傾けながら、それでも中心は全く崩さす構えなおし、答えた。
「久地組、タクミ。」
そして同時に、
「いざ、参らむ!」
~門の前~
「お前はっ。」
こいつ、何度かコミケで見かけた。
「お前は、街撮の鬼才、伊勢原治虫か。」
伊勢原は気色悪くにやけらがら、カメラを取り出した。
「私をご存じですか。ならば話は早い。」
~校内~
「はぁはぁ……。」
「あの、降りましょうか?」
「あぁ、かたじけねぇ。」
俺を降ろすと、ヤスさんはいつも首に掛けている手拭いで、額の汗を拭った。
「あの、やつらっていうのは。」
そのとき初めてユウちゃんさんが厳しい目で俺を見た。
「まぁ、いいじゃねぇか、ユウちゃん。」
ユウちゃんさんは少々不満そうに視線を落す。
「これは、ある組の話でやす。」
ヤスさんは遠くを見ながら話し始めた。
「H組とI組はもともとは協力しあう仲でした。親分同士は子どもの頃からの喧嘩仲間でした。しばらくして、I組には男が生まれたが、H組には女しか生まれなかった。そこで、H組とI組を掛け合わせて、HI組を作ろうという話になった。」
ヤスさんが話をしながら階段を上りはじめたので、ユウちゃんさんと俺も後に続いた。
「ですが、I組の若はヤクザを継ぐ気なんざぁ、さらさらなかった。それどころか、他に女を作りやがった。」
外は風が強いはずだが、俺の耳には入らなかった。
「さらにひでぇ話が、I組の親分は、息子がそうしたいなら、そうすればいい、なんてぬかしやがった。H組の将来も考えずに。」
ヤスさんは拳を握った。
「そんなとき、I組のやつらがH組にカチコミをかけてきやがった。I組の若の女をかけようとした、なんて言いがかりをつけて。どうせ金が目的だったんだろう。」
ユウちゃんさんの目はうるうるとし、ヤスさんの声は涙でかすれた。
「それで……?」
俺は訊いてはいけなかったと思い、すぐに「ごめんなさい」と言ったが、「かまわねぇです」と、ヤスさんは続けた。
「激しい抗争の末、あっしらは、いえ、H組は姐さんを失いやした。」
俺の目まで滲んできた。
「しかし、その日から、なぜかH組の客間には鳥の剥製が置かれやした。誰が持ってきたかもわからねぇ、剥製です。H組のやつらはそれは姐さんの生まれ変わりだと信じやした。」
四階にたどりつくと、教室が並んでいた。それを右手に見ながら歩くと渡り廊下についた。
「見渡せていいですね。ここで待機しましょう。」
ユウちゃんさんが言うと、ヤスさんは「あぁ」と返事をし、あぐらをかいて、話を続けた。
「しかし、そのI組は今度はその剥製を狙っている。どうやらよほど高価なものらしい。だが、剥製はお嬢しか知らないパスワードを入れなければさわった瞬間、爆発する。そう、組の下っ端が組み込みやした。その情報を得たI組が、親分不在の夜、再びカチコミをかけたってわけです。」
ヤスさんの話が終わると辺りは静かになった。
……………………、……ッ、…………コッ……コツ
「誰か来ています、あ、岳殿、危ないっ。」
ズバン。
「ユウちゃんさん、ユウちゃんさぁぁぁぁぁあん!」
いったい誰が。見上げると、そこにはCMで見慣れたアヒルのような顔がった。エスパー十四郎だ。
「問題を落ち着いて考えれば、必ず、道は、拓ける。」