08.ちょっと暴力的な女の子はお好きですか?
「和灸! 聞いてくれ! 僕は! ……くっ」
起き上がろうとするも、足が言うことをきかずにもがく泡照を無視し、少女は周囲を観察し始めた。そして一人だけ生き残っている男がいることに気づくと、その男のもとへ歩み寄った。
「お、お嬢ちゃん、助けてくれ! このガキ、頭おかしいんだ! ほら、俺の手とかこんな風にされちまった!! 何でもするから、助けてくれえ!」
「……」
少女は何も聞こえていないかのように無言で男をあお向けに蹴り転がし、下腹部にそっと足をあてた。
「え? な、何をする気だ?」
答えの代わりに、下の地面が陥没するまで、あてた足をそのまま踏み抜く。
「ぴぎゃっ!!」
男は奇声を発した後、何度か痙攣を繰り返し、そして動かなくなった。
泡照はその光景に、自分がしたことも忘れて思わず凍り付く。
男が死んだのは明らかだったが、少女はそこで止まることなく、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も物言わぬ男を踏みつけ、身体が上半身と両足に完全に三分割されたあたりでようやく停止した。
「……汚い」
血と汚物にまみれた靴を脱ぎ捨てると、少女はようやく泡照のことを思い出したかのように振り向く。
「ここに転がっている人たち、みんな土岐君がやったの?」
「あ、ああ。そうさ」
凄いだろ? もう以前みたいに動けなくなったりしない。僕はあの時の君みたいな子を守る力を手に入れたんだ!
泡照は彼女とまた話す機会があれば、そう言おうと密かにずっと思っていた。しかし、実際に相対した彼女が放つ威圧感は冗談でもそれを許さない。
「そう……。じゃあ、土岐君でもいいや」
少女はゆらりと手を広げると、そのままゆっくりと、そして高々と、そこだけ重力が逆に作用しているかのように浮かび上がった。
「死んでよ」
少女の全身がまばゆく光り輝く。放電、チェレンコフ光から火の玉じみたものまで、発光現象のバーゲンセールが彼女を包む。いつの間にか地響きが断続的に聞こえ始める。そして真っ直ぐにかざした手のひらは、泡照の股間に向けられていた。
(あ~大丈夫大丈夫。心配すんなって。ぶっ殺す度にレベルが上がって、そのうち空飛んだりビーム撃てたりするようになるから簡単簡単)
いつだったか聞いた、そんな言葉が、軽薄な声と共に脳内で再生される。
「もしかして、和灸もあいつに力を!? だとしてももう、あれ、ビームなんてもんじゃないだろ……!?」
泡照がこれまで手にかけたのはようやく二桁になる程度。
先ほど灰江田とかいう男が語った被害者は128人。それが何を意味するのか。
この数週間で積み上げてきたものの違いを、泡照は本能的に感じ取った。
愕然とする泡照の様子を眺めて、少女はクスっと微笑えんだ。同時に彼女を包む光が、更に膨れあがる。
灰江田にやられたダメージは未だ深く、身動きはとれない。泡照の顔が、絶望に歪んだ。
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その場所から1キロほど離れた所を歩いており、辛くも一命をとりとめた名も無きサラリーマンは、後に難民キャンプの中で、こう語った。
「パッと遠くで何か光って何も見えなくなったと思ったら物凄い突風に吹き飛ばされたんだ。気づいたら崩れたビルの屋上で倒れていた。あちこち折れていたみたいで、もうどこが痛いのかもわからなかったよ……。誰も教えてくれないんだけどさ、あの時一体何があったんだ?」
(続く)