06.その男、制御不能につき
「灰江田警部補、ただ今参りました!!」
無遠慮に声を張り上げ、ドアを蹴破らんばかりの勢いで灰江田はその部屋に入室した。
特別犯罪対策室。この数週間立て続けに発生している連続大量殺人事件捜査のために組まれたチームが会議を行っているところだった。
若い頃には機動隊に所属していたこともある強面の室長は、闖入者を溜息交じりに出迎える。
「灰江田か。事件の概要は聞いているな?」
「そりゃあもう。聞いていなかったとしても、ニュースと私が呼ばれたことを考えれば大体理解はできますよ」
「そうか。丁度今後の対応について打ち合わせているところだ。お前も参加しろ」
「いやいやいや、そんなの私は寝てしまうのがオチなので御免被ります。それよりも、とりあえず教えて下さいよ」
「何をだ?」
「私は探偵じゃない。僅かな手がかりを元に犯人を割り出すなんてことは大の苦手だ。そんな私を呼んだということは、もう目星がついているんでしょう? 容疑者の。どこのどいつです?」
「・・・・・・」
「容疑者の目星はついている。証拠も恐らく握っているんでしょう。なのに身柄を拘束しない。それは何故か? ・・・・・・相当に危険な奴、ということですよね? 普通にやったら、確実に殉職者が出るレベルの」
「・・・・・・もう既に出ている」
「あら。お悔やみ申し上げます。あっちの連中が絡んでいるのは間違いなさそうですね。じゃあ早速見せて下さいよ。容疑者の情報と、後は被害者の身体。できれば写真じゃなくて実物を、ね」
室長は対策室の一人に目配せして命令した。
「・・・・・・思う存分見せてやれ」
「は、はいっ!」
「さっすが室長。話が早い。それでは、よろしくお願いしますよ。あ、応援はいらないですよ。これ以上殉職者を出したら、色々と面倒でしょう?」
灰江田が出て行った後、室長は忌々しげに呟いた。
「あんな奴に頼らなければならんとは。くそっ! 情けない・・・・・・」
灰江田を初めて見る若手の一人が問いかける。
「室長。何なんですかアイツは? あんな礼儀も知らない田舎の駐在所勤務の奴なんかにどうして我々が便宜をはかってやらないといかんのです」
答える代わりに、室長は逆に質問を返す。
「お前は去年、厚木で酔っ払った米国の海兵隊10人が大暴れした件を覚えているか?」
「え? ええ。確か・・・・・・たまたまその場に居合わせた警官に押さえられ、対応を巡って米国や周辺地域の住人らと相当もめたんですよね」
「鎮圧された・・・・・・か。肉体的にも精神的にも再起不能にされた、という方がより正確だな。その居合わせた警官というのが、奴だ。やられた連中は、今はもうアジア系の人間を見ただけで失禁しちまう有様らしいぞ」
「信じられない・・・・・・」
「あれだけ騒ぎになれば、普通なら当事者のクビがとぶところだ。しかし奴はそうならなかった。別にお偉方に血縁がいるというわけでもない。それでも左遷程度で済んだ理由は、その戦闘力が故だ。それも人外を相手にできるレベルの、な」
「人外? 動物園とかから逃げ出した虎とか熊とか猛獣の取り押さえでもやらせるんですか?」
「虎、熊、か。・・・・・・そんな可愛らしいもんなら、まだ楽なんだけどな」
「それは・・・・・・どういう?」
「会議は一旦中止だ。ちょっと一服してくる」
室長はそれには答えず、重い足取りで部屋を後にした。
(続く)