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正偽の味方  作者: koyak
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05.外れた枷

 夕陽が、水平線の向こうに沈もうとしていた。

 誰もいない漁港の繋留用ボラードに腰をおろし、ぼんやりとそれを眺めている男がいる。

 

 歳は30代前半といったところ。漁師ではない。漁師と言うにはいささか体つきが細すぎる。しかし、決して貧弱というわけではない。見る人が見れば、力よりは俊敏さに重きを置いた鍛え方をしていることに気づくだろう。それはまるで、猟犬のような。

 

「ここにいたのか、灰江田。ったく、半日探しちまったぜ」

「非番の私に何のようですか~? できれば話は後にしてもらいたいのですが。今、私は忙しいのです」

「俺には何もせずにぼーっとしているようにしか見えんのだが」

「失礼な。考えていたんですよ。警察なんてやめて漁師になって、遠洋にでも漕ぎ出したらどんな人生が拓けるかな~って。それより、警部こそいいんですか? 職場放って半日もうろついちゃって」

「こんな何もない町でそうそう犯罪なんて起きねえよ。それより、警視庁様からご命令がきているぜ」

 灰江田と呼ばれた男は海外ドラマのアメリカ人のごとく大げさに肩をすくめる。

「お偉いさん? こんな辺鄙なところに左遷された底辺警察官なこの私に何のお話でしょう?」

「とりあえず町の皆さん全員と俺に謝れ。・・・・・・お前を呼ぶような用事なんて、決まってんだろ。あの件だよ。こんな田舎町でも話題沸騰な、あの連続殺人事件だ」

「ああ、何やらやんちゃな輩がいるみたいですねぇ。被害者はもう二桁とか三桁とか。ふふ、了解です。この灰江田、公僕として国民の皆様の生活に安心を取り戻すべく、粉骨砕身して参ります!」

「・・・・・・心にも無ぇことを」

「では、明日早速行ってきますよ。それでは。今日は眠いのでもう寝ます」

 すっくと立ち上がり、灰江田はその場を後にする。その背中に彼を呼びに来た警部は大きな声で、一言言った。

「灰江田、今度はやり過ぎんじゃねえぞ。次にやらかしたら、さすがにクビが飛ぶぞ」

「おや、私を心配して下さるのですか? 優しい上司をもてて、感激でございます」

「阿呆。お前から警察っていう遊び場を取り上げちまったら、一体何をやり始めるか想像したくないだけだ」

 

 灰江田は足を停め、振り返る。目を細め、キラリと白い歯が光らせつつ笑顔で応えた。

「ご忠告痛み入ります。程々に頑張らせていただきますよ。・・・・・・程々に、ね」

 

 ・

 ・

 ・

 その日の夜。

 

「まあ、また殺人ですって。怖いわねえ。あんたも塾の帰りは気をつけなさいよ?」

「そうだね。人目につかない所とかはなるべく避けるようにするよ」

 珍しく家族が揃い、夕食を囲む。テレビのニュースを見るともなしに見ていた母親の言葉に、泡照は当たり障りのない台詞を返した。

 

 ふと、母親がちょっと不思議なものでも見るような目で、自分を見ていることに気づく。

「どうしたの?」

「え? あ、いや、あんた最近、ちょっと変わったわよね」

「変わった?」

「ええ。何か妙に自信に溢れているというか、偉い人にでもなったみたいというか・・・・・・。ねえ? お父さん」

「・・・・・・ああ、確かにそんな感じがするな。まあ、男が自信をもつのはいいことだ」

「やだなあ、二人とも。もうちょっと強い人間になりたいとは思うけど、そう簡単に変われるわけないじゃないか」

「そうは言うけどねえ。あんた最近帰りが遅い日が多いし。何か気になって。勉強頑張るのもいいけど、身体を壊して成績落ちちゃったら何にもなんないんだからね」

「母さんは心配性だなあ。大丈夫だよ」

 

 以前の泡照であれば、結局心配なのは自分の成績のことか、と悪い方向に受け止め、内心激昂していたかもしれない。

 

 だが、今の彼は違っていた。

 "力"を手に入れてから数週間。

 皆に迷惑をかけ、自分や、あの日の和灸利亜のような、弱い人間に暴力を振るう輩を始末する度に騒然となる周囲の人間を見て、これまでの人生で感じたことのない昂揚と誇りを感じていた。

 今まで自分が気に入らなかった大半のことは、最早どうでもいいことだと思うようになっていた。

 

 (俺は・・・・・・強い。選ばれし者。そう、"正義の味方"、なんだ・・・・・・)


(続く)

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