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正偽の味方  作者: koyak
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03.嫌なことは眠って忘れろ

「泡照! 泡照!?」


 泡照が目をあけると、心配そうにこちらをのぞき込む誰かの顔が見えた。


「……どなたですか?」

「どなたですかじゃないわよ。母さんよ! ……まさか記憶喪失、とかじゃないわよね?」

 まだぼんやりしている頭をぶるぶると振って、泡照は改めて相手を眺めた。確かに母、頼子だった。普段彼が目を覚ます時間は大体母親が仕事に出かける時間である。戦国武者が甲冑を着込むかのように気合いの入ったスーツと化粧をほどこした姿しか久しく見ていなかったことを泡照は思い出した。

「いや、大丈夫。ごめん、母さん」

「何度も驚かさないでよもう」

 母親はそう言って気が抜けたようにベッドの傍らに置かれた椅子に座り込んだ。

 ベッド。彼はようやく自分がベッドに寝かされていることに気づく。見覚えのある机、壁、窓、本棚。どうやら自分の部屋のベッドに寝かされているらしい、ということを少し遅れて認識する。

 確か自分は街中にいたはず。それがこうして自分の部屋にいるということは、あの出来事は夢、だったのだろうか。いや、そうに違いない。自分にあんなことができるはずがない。泡照は必死に自分に言い聞かせた。

「そうだ。何も起こってなんかいない。僕は、何も悪いことはしていない……していないんだ」

「ちょっと、独り言なんて怖いから止めてよ全くもう。・・・・・・びっくりしたわよ。夜中に大きな音がしたと思ったらアンタが玄関前で倒れてるんだもの。息はしているし、傷とかも特にないみたいだから一晩様子を見ようってお父さんと話して、ここで寝かせておいたんだけど……大丈夫そうな感じね。よかったわ~……」

 時刻はいつの間にか朝の八時。母親の長台詞を半分ほど聞き流しながら、何故この人はいつもならとっくに出社しているこの時間にここにいて、しかもすっぴんのままだったりするのだろう、ということを考えていた。全然寝ていないようにも見える。

「母さん、もしかして僕のこと心配してくれて……」

 台詞を言い始める前に上から母親の声がかぶさった。

「よし。もう大丈夫みたいだし、母さんはお仕事に言ってくるわね。学校には今日は風邪で休むって伝えてあるから。調子が悪くなったら私かお父さんに連絡しなさい。勉強しろとは言ってるけど、あんまり無茶しすぎないでよ? 体調を万全に保つのも受験生の仕事なんだから。さて急いで出かける準備しなきゃ!」

 母親はそう言い残して慌ただしく部屋から出ていった。

 "受験生の仕事なんだから"。その言葉に、泡照は自分の心が再び凍り付くのを感じる。何だ。結局それか。


「いや~、あれはちゃんと本気でお前のことを心配していたと思うぞ? まあ母親の愛情なんて、もうちょっと大きくなってからふと思い出して、ようやく『あ~今思えば』ってなるもんなのかもしんねーけどな。この辺はこっちも地球も同じみたいだなあ」


 背後から見知らぬ声。泡照が驚いて振り向くと、窓の桟に男が足を組んで腰掛けていた。真っ白なスーツにサングラス、オールバックになであげた黒髪。何かのコスプレだったりするのか。得体の知れない相手に気後れしながらも、それをごまかすように問いかける。

「だ、誰ですか!? お、お隣さんとかじゃ、ない、ですよね? その前にここ、二階なんですけど……」

 ただし、敬語で。

「う~ん、銀河的な意味ではお隣さんと言えなくもないけど、お前さんが言っている意味では違うだろうな。後の質問については、細かいことは気にすんな、とだけ言っておく」

「じゃあ何者ですか? 答えによっては、け、警察を呼びますよ!?」

「いやあ、それはお前の方が困るんじゃないの? ・・・・・・なあ、このヒ・ト・ゴ・ロ・シ☆」

「え……!? あ、あれは」

「おいおい、まさか夢だってことにして無かったこととか忘れたことにするつもりとか言わねーよな? あんだけ派手にやっておいてよ? まだ騒ぎになられると面倒だから、ガス欠起こしてぶっ倒れたお前をわざわざ巣まで連れてきてやったんだからな。感謝しろ感謝」

「なんで僕の家を!? ……母さんが言ってた玄関前で倒れていたっていうのはそれか……。でも、でも僕は!」

「まだグダグダ言いやがるのか。ならそこの机の上にある化石みてーな端末で調べてみろよ。この星にだってあんだろ? ニュースとかそういうの」

「端末……パソコンのことか」

 最近はすっかり話題にのぼらなくなったが、少し前までネットブックと呼ばれもてはやされた小型ノートPCの電源を泡照は入れた。OSを起動する十数秒が、妙に長く感じられる。

 起動が終了するのを確認してすぐに泡照はブックマークにあるニュースサイトのURLを選択した。地元で起きた直近のニュースが一覧に並ぶ。その中の一つを見て、泡照は昨夜起きたことは、紛れもなく現実である、ということを理解した。


『<真夜中の惨劇! 若者三人の惨殺死体見つかる>

昨夜夜一時頃、S駅近くの路地裏に若者計三名の惨殺死体が付近の店の従業員などにより発見された。メインストリートに近い側に一人が、そこから二百メートルほど離れたところに二人が発見されている。メインストリート側の一人の死因は激しい内蔵損傷によるショック死。また、両腕を複雑骨折しており、何か特別に強い力で殴打され殺害されたとみられている。他の二人については遺体の損傷が激しく、死因等は現在調査中。現場は離れているものの両者には深い関連があるものとみて警察では捜査を続けている』


 両手に感触が蘇る。その感触が、他のどんな証拠よりも自分が深く関わっていることを泡照に物語っていた。


(続く)

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