現の華
当作品は私の想像上の話です。歴史好きな方々には、拙い文章、ストーリーであることをご理解下さいますようお願い申し上げます。
どうすればいい?
まだ幼さの残る顔立ちの少年は、殆ど握ったことのない刀を片手に苦悶の表情を浮かべた。仲間達は皆、慣れない武器を手に戦っているのに。
(何故…何故光秀様が御謀反などと)
自らの主に反旗を翻した人物…明智光秀。自らの主…織田信長の家臣だった彼が、何故。
軍勢が本能寺を取り囲んでいる。彼のもとに居るのは、自分も含め戦力にはならない小姓ばかり。少年は、自らの非力さに憤りを感じた。
(私は、何のためにそばにいるんだ?)
(…彼を守るためだろう?)
(……たった少しでも、こんな自分でも、少しの役にはたてるだろう)
(ならば戦おう。私がやらなくて、誰が…)
「お蘭よ」
ハッと声のする方を振り向く。
そこには、この状況でも凛とした顔立ちの主がいた。少年は泣きそうになった。…なんと堂々としておられる…。このような事態を、初めから理解していたかのような。
「刀を離せ」
「しかし…っ」「よいのだ」
なんと優しい目をなさるのだ。少年は眉を寄せ、ゆっくり言われるがまま刀を床に置いた。
「…信長、様…」
「儂は幸せだ。…お前がそばにおるのだから」
「…っ」
柔らかな手つきで髪を撫でられた。大きな手だ。そして、温かい。生きている。この一瞬を。
「わ、私は、悔しゅう御座いますっ…貴方が、何をしたと言うのですか!」
声を荒げる。止められない。少年の思いは、それほどに熱く大きなものだった。
「私は知っています、貴方の素晴らしいところを全て!光秀様は知らないだけなのです、光秀様に何がおわかりになるのですか!私は…っ」
花弁のような涙が、ほろりほろりと少年の頬を伝う。
それを見て主は、
笑った。
「な、何故このような時にお笑いになるのですか!?」
「ふ…まだまだ子供よ」
「え?」
涙が、ぴたりと止まった。赤くなった頬を見てまた笑いながら、主は続ける。
「いつも…気丈で、何事もそつなくお前はしておった。…だが今のお前は?感情の儘に泣き、怒り…まるで赤子よ」
その言葉に、少年は恥ずかしくなった。もしや、失望されたのかと不安に思いながら主を見上げる。しかし主は、優しい笑みを浮かべ少年を見つめていた。
「…それが、本物のお前か」
「え?」
「それこそ年相応のおのこの姿…お蘭の真の姿は、このように熱く幼いのだな」
刹那、ゆっくりと主は少年を抱き寄せた。
「もう良いだろう?…少し休まぬか。疲れたわ」
そのまま床に2人で座り込む。主の言葉に、少年はゆっくりと頷いた。主の柔らかな表情を見ていると、恐れることなど何もなくなった気がした。
「…私も、少々疲れました。刀はどうも私には重う御座います」
「ふ、お前は儂の世話さえしておればよい。血を浴びるのは…儂らの役よ、のう?」
「……はい」
少年は主から離れると、室内を照らしていた松明を取り、滑るような動作で床に落とした。炎が音をたてる。火が、床を焼いてゆく。寺が、燃えてゆく。
「…貴方の眠る姿を、誰にも見られたくないのです」
少年は後ろから、主を抱き締める。優しく、力強く。
「儂も、お前以外の誰にも見られとうないわ」
辺りが白く煙ってゆく。熱い。苦しい。
だが2人は微笑みを浮かべていた。
主は少年の手をほどくと、少年の膝を枕にして横になった。
「…信長様」
「良いだろう?」
「…勿論で御座います」少年は、白い手のひらで主の目元を覆ってやる。
「ごゆっくり、お休み下さい」
...私は、そばにおりますよ。
炎は瞬く間に2人の周りを囲み、彼らを包んだ。
主は幸せだった。綺麗な少年の手を、守れたから。血にまみれるのは、自分達だけで充分だから。
少年は幸せだった。主の涙を見なくて済んだから。主の笑顔を、自らの瞼の裏に焼き付けられたから。