冷酷王子は私以外に「興味がない」しか言えません!? 遺産不正の冤罪を着せられた令嬢、なぜか氷の王子に溺愛されます!~妹の裏工作で悪徳令嬢扱いされましたが、王子が颯爽と味方してくれました~
「アデライン・ロゼンヴァル! お前が父の遺言書を偽造し、姉としての立場を利用して家の地位と遺産を不正に得たという証言がある!」
社交界一の夜会の会場に、父の怒声が響いた。ロゼンヴァル伯爵――つまり、わたしの実の父である。まさか自分の父親から断罪される日が来るとは、正直予想外だった。
「お父様......証言とは、具体的にどなたのものですの?」
「わ、私よ......!」
震える声で一歩前に出たのは、妹のミレーヌだった。目には涙、頬は薔薇色。完璧な"哀れな妹"の仕上がりである。何度見ても感心してしまう演技力だ。
「お姉様が、お父様の遺言書を書き換えさせるところを見てしまったの……わたくし、本当は言いたくなかったのですけれど……しょうがなく.....」
「あら、言いたくないことをそんなに堂々と大勢の前で言えるなんて、素晴らしい胆力ですこと」
「お、お姉様、そんな皮肉を言っている場合ではございませんわ.....!」
会場中がざわめく。誰もがミレーヌの涙に同情し、わたしに冷ややかな視線を向けていた。慣れたものである。何せこの手の噂......もう三回目だ。
「証拠はあるのかね?」
父が念を押すように尋ねる。
「もちろんですわ.......! これを!」
ミレーヌが差し出したのは一枚の書状だった。父の署名が入っている。だが、わたしはその署名にすぐ違和感を覚えた。
「お父様.......この署名、右利きのお父様が左手で書かれたような妙な傾きをしておりますけれど、何か理由がおありですの?」
「な……!?」
「それに日付、お父様が湖畔の別荘に静養に行かれていた期間と重なっておりますわ。あの別荘、そもそもペンとインクを置いていない主義でしたわよね」
「そ、それは……」ミレーヌの顔から、みるみる余裕が消えていく。
その時、会場の入り口がざわめいた。
「王太子殿下のご到着です!」
その一声で、空気が一変する。冷酷王子と名高いギルフォード殿下の登場だ。表情ひとつ変えず、氷のような目でゆっくりと歩いてくる姿は、確かに”冷酷“の二文字がよく似合う。
「で、殿下......!」
ミレーヌが目を輝かせ、駆け寄っていく。
「聞いてくださいませ.......! 実はわたくしのお姉様が――」
「……」
殿下は、何も言わなかった。ただ、無言でミレーヌを見つめている。その視線の冷たさに、ミレーヌが一瞬たじろぐ。
「殿下、あの……」
「……特に、興味がない」
短く、それだけ言うと、殿下はミレーヌの脇をすり抜けて歩き出した。会場が「さすが冷酷王子」とざわめく中、わたしはふと殿下と目が合った。
瞬間、それまで氷のようだった殿下の表情が、明らかに動揺した。
「……あっ......!」
「殿下......?」
「い、いや、その……久しいな、ロゼンヴァル嬢」
声が、露骨に上ずっている。周囲がざわめいた。「冷酷王子が動揺している……!?」という空気が一気に広がる。
「殿下、気性のお加減でも悪いのかしら?」
「か、加減......? い、いや、なんともない。ただ、少し、その......」
殿下は視線を彷徨わせ、なぜか自分の袖口を意味もなく整え始めた。近衛騎士たちが背後で目を見合わせている。「殿下があんな動揺した顔、初めて見た」と誰かが小さく呟くのが聞こえた。
「殿下は、いつもこんな感じですの?」
わたしは思わず尋ねた。
「い、いつも……いや、これは、その、貴殿の前だから……」
言いかけて、殿下は自分の失言に気づいたようだった。顔が徐々に赤くなっていく。氷の王子、まさかの赤面である。これには永久凍土も溶けざるをえないですわ。
「あの、殿下.......わたくし、今それどころではございませんの。妹に濡れ衣を着せられておりまして......簡潔に言いますと、このままでは実質的な死刑ですわ」
「……知っている」
「え.....?」
「三日前から、調べていた。ロゼンヴァル家の遺言書、公証人の記録と照合したところ、正式な原本は別に存在する。そちらには、地位も遺産も、正当にアデライン嬢が相続する旨が明記されている」
会場が凍りついた。父も、ミレーヌも、言葉を失っている。
「な、なぜ殿下がそこまで……」
「気に、なってしまったからな」
「気になった、というだけで、王太子自らそこまで調べますこと?」
殿下は再び視線を泳がせ、意味もなく咳払いをした。
「そ、それは……子供の頃、世話になった、から」
「子供の頃......?」
「そなたは覚えて、いないだろうが。八年前の夜会で、誰も話しかけてこない私に、貴殿だけが声をかけてくれた.....」
「……あら」
言われて、うっすらと記憶が蘇った。確か、隅っこで一人ぽつんと立っていた少年がいた。あまりに居心地悪そうにしていたので、思わず声をかけた記憶がある。
「もしかして、あの時の迷子のような顔をした子……殿下でしたの?」
「迷子では、ない......! ただ、人が多くて話し方を、忘れていただけで.......」
「それを迷子と呼ぶのでは?」
「……否定はしない」
意外な素直さに、思わず小さく笑ってしまった。周囲は完全に呆然としている。冷酷王子が、こんなにも人間味のある会話をする姿を、誰も見たことがなかったのだろう。
「で、殿下......!」
我に返ったミレーヌが割り込んできた。
「お姉様の話など信じてはなりませんわ! わたくし、これまでずっと殿下のことをお慕いして――」
「……興味がない」
「そ、それはさっきも……!」
「二回言っても、わからぬということか?」
にべもない返答に、ミレーヌが絶句する。だが殿下は、わたしの方を向いた瞬間、また明らかに言葉に詰まった。
「あ、あの、アデライン嬢。その、遺言書の件だが、証拠は既に押さえてある。ミレーヌ嬢が公証人に賄賂を渡していた記録も、ついでに見つけた」
「ふふふ、それは本当についで、ですの?」
「ついで、だ.......決して他意はない」
「他意がないという割には、随分と徹底的にお調べになりましたわね」
「……興味があった、だけだ」
「先ほどは、興味がないとおっしゃっていましたのに」
「それは、ミレーヌ嬢の話だ。貴殿には.......ある」
その言葉に、周囲がどよめいた。ミレーヌの顔が真っ青になっていく。
「殿下……! そんな、まさか、お姉様のことを……」
「そう、なる。悪いか......?」
淡々とした口調のはずなのに、言葉の内容だけがやけに直球で、思わずこちらまで頬が熱くなった。
「......お父様」
わたしは仕切り直すように父に向き直った。
「殿下が原本を押さえてくださったようですし、この件、正式な調査をお願いしてもよろしくて?」
「……あ、ああ。もちろんだ」
父は完全に冷や汗をかいていた。ミレーヌはといえば、もはや言葉も出ず、その場に崩れ落ちるように座り込んでいる。
「あら、ミレーヌ......せっかくの夜会ですのに、そんなに慌てなくてもよろしくてよ」
「お、お姉様……!」
「大丈夫よ、これから正式な調査が入るだけですもの。何も疾しいことがなければ、恐れることは何もございませんわ」
にっこりと微笑むと、ミレーヌの顔がさらに青ざめた。
「.......アデライン嬢」
殿下が、またしても妙にぎこちない動きで、わたしの隣に立った。
「なんでしょうか?」
「その、よければ.......この後、少し話がしたい」
「わたくしと、ですの?」
「他に......誰がいる」
「殿下、先ほどから随分と直球ですけれど、それも殿下の素なんですの?」
殿下は言葉に詰まり、また視線を泳がせた。
「……素、というか......貴殿の前だと、うまく取り繕えなくて.....」
「取り繕えない、というのは、つまり......」
「氷のような態度は、貴殿以外の全員に対して、必死に演じているものだ。貴殿の前では、なぜか、うまく機能しない」
会場中が、それはもう見事な静寂に包まれた。近衛騎士の一人が、思わず「殿下……」と声を漏らすのが聞こえる。
「まあ......」
わたしは扇で口元を隠しながら、小さく笑った。
「では、これから殿下の"素"を、少し観察させていただこうかしら」
「……望むところだ」
そう言った殿下の耳が、うっすらと赤くなっていることに、わたしは気づかないふりをしておいた。
――こうして、悪徳令嬢と呼ばれた夜は、冷酷王子の意外すぎる素顔と共に、思いがけない結末を迎えたのだった。
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これからの殿下との進展など、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




