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チャイムの国  作者: さくら
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もう一人の案内人


第二章:もう一人の案内人


「ようやく来たね」


振り返った先にいたのは、確かに私だった。


同じ顔。

同じ背丈。

同じ服。


でも、決定的に違うものがあった。


目だ。


その「私」の目は、深い深い海みたいに暗くて、

底に何かが沈んでいるように見えた。


「……誰?」


かろうじて声が出る。


すると、そいつは少しだけ笑った。


「ひどいな。君だよ」


軽い口調。


でも、その言葉は重かった。


「正確に言うなら、“こっちの世界の君”かな」


船が、きしりと鳴る。


外では、まだチャイムの音が重なっている。


「ブー ブー」


「ピンポーン……」


「ジー……」


音が重なるたびに、空間がわずかに歪む。


「……ここ、どこ?」


「中継点」


即答だった。


「全部のチャイムの“あいだ”にある場所」


そいつはゆっくりとこちらに歩いてくる。


私は一歩下がる。


床は固いはずなのに、水の上のようにゆらゆらと不安定だった。


「逃げなくていいよ。むしろ逆」


「逆……?」


「ここから先に進まないと、君は帰れなくなる」


心臓が強く鳴る。


帰れない?


「どういう意味……」


「君、もう三つ見たでしょ?」


指を三本立てる。


「砂漠、海、ジャングル」


言い当てられる。


「それぞれ、ただの幻じゃない」


そいつは、ドアに手を置いた。


「全部、“世界”なんだよ」



ドアが、ひとりでに軋む。


開いていないのに、向こうの気配が流れ込んでくる。


乾いた風。

塩の匂い。

湿った土の気配。


「それぞれにルールがある」


「ルール……?」


「砂漠は“時間”が遅い。だから長くいられる」


「海は“気配”が強い。見えないものがついてくる」


「ジャングルは“方向”が壊れてる。迷ったら終わり」


私は息を呑む。


ただのイメージじゃなかった。


全部、意味があったんだ。


「で、ここは?」


そいつは少しだけ考えてから言った。


「ここは、“選択”の場所」


その瞬間。


外のチャイムが一斉に止んだ。


静寂。


重たい、深い静けさ。


「……来るよ」


「何が?」


問い返した瞬間だった。


――コン


ドアが鳴る。


外から。


ノック。


チャイムじゃない。


初めての音。


私は凍りつく。


「今までのは全部、“呼ぶ音”だった」


そいつが低く言う。


「でもこれは違う」


もう一度。


――コン


「これは、“来る側の音”」


喉が乾く。


「開けたら、どうなるの?」


少しの沈黙。


それから、はっきりと。


「わからない」


即答だった。


でも、嘘じゃないとわかる。


「ただ一つだけ言える」


そいつは真っ直ぐこちらを見る。


「ここで立ち止まると、君は“どこにも行けなくなる”」



私はドアを見る。


開けるべきか。


逃げるべきか。


でも、逃げ場なんてない。


ここは船の中。


どこにも繋がっていない。


いや――違う。


「……チャイム」


私は呟く。


「私が押せば、行けるんじゃないの?」


そいつの目が、少しだけ細くなる。


「いいね」


指差す。


ドアの横。


そこには、見覚えのない装置があった。


丸い板に、いくつかの印が刻み込んである。


砂の波のような模様。

波紋のような円。

絡み合う枝の線。


そして――もう一つ。


何も描かれていない、空白。


「それが“選択盤”」


「触れば、行き先が決まる」


「でも気をつけて」


そいつの声が、少し低くなる。


「帰り道は保証されない」


ドアの向こうで、何かが動く気配がした。


「コン……」


今度は、少し強い。


急かされている。


私は深く息を吸う。


考える時間はない。


でも――


どうせ進むなら。


「……砂漠にする」


理由は単純だった。


一番、怖くなかったから。


手を伸ばす。


砂の模様に触れる。


ざらり、とした感触。


その瞬間。


世界が傾いた。


船が消える。


闇がほどける。


「いい選択だ」


遠くで、もう一人の私の声がする。


「最初は“時間の緩い世界”がいい」



気づくと私は、また砂の上に立っていた。


でも、前とは違う。


空に、一つの線が走っている。


ひび割れのような、光の筋。


そして、遠くに――


建物が見えた。


砂漠の中に、街がある。


「……行けってこと?」


風が吹く。


今度は、音だけじゃない。


ちゃんと“感触”がある。


私は一歩踏み出す。


靴が沈む。


確かな重み。


ここはもう、「通り過ぎるだけの場所」じゃない。


探索できる世界だ。

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