7話 死因 過労と望郷
地下6層、黒絹の閨は薄暗い巨木の森だ。厄介な夢魔サキュバス達が多い。
主な光源はヒカリ茸の類いの地表から露出発光する結晶の類い。どちらも数は多いが光量は十分じゃない。
この森の木々は光ではなく深層である6層の魔力を糧に巨体を維持していた。
「セッ!!」
雷属性と加速を付与するナルコイズナのスキルで、サキュバス4体を魔法や魅了系スキルを使わせずに仕留めた。
「正規の魔除けの野営地まではキツいな、ここから距離を取ったら結晶の光源側でキャンプを組もう」
「目立ちませんか?」
連れ合いも、お零れ狙いの闇属性のダースケムシーノ3体を追尾貫通する矢スネークアロースキルで仕留めていた。
「どっちにしろだろ。視界が利いて魔力供給があるだけマシさ」
A+級侍職の俺とA級野伏職でエルフクォーターのティコは、規模のある戦闘で所属の攻略団からはぐれもう3日経っていた。
寝込みを襲うことに特化した夢魔の多いこの環境で2人だけ。開発の進んでいない6層は人工的な魔除けの設置が少なく、そもそも未開拓ルートの開拓中の中途だ。
それなりに高価な回復アイテムは多数所持していたがこの3日間、2人ともまともに眠れていなかった。
正直2人とも頭が回っていない。今の提案も『とにかく仮眠を取れる口実』を探していただけな気がする。
大して議論にもならず適当な所まで移動を済ますと、上等な霊木の灰と聖水で念入りに簡易な魔除けの結界を組んだ。
···結晶光源近くでの野営にも明確な利点は2つある。1つはやや温かいこと、もう1つは程度をわきまえれば火を起こしてても目立たないことだ。
上等な可燃キューブでハーブ水を温め、塩っぽいオートミールをビスケットにしたような棒状糧食に俺はナッツバター。ティコはメープルシロップを塗って齧る。
温度と糖分が脳と腹に沁みる。
「もっと早くに休憩すべきでしたよ」
「後になったらなんとでも言える。食い終わったら先に1時間仮眠を取れよ。俺はルート確認やり直す。さっきまで頭が回ってなかった」
「いえ、先に休んで下さい。ここ2日、私は矢はいくらか射りましたが前衛での運動量はオーレキさんの方が遥かに多い、限界でしょう。今のあなたの見張りで眠るのはリスキーです」
冷静だな。そして、2年程同じパーティだがいまいち気が合わないぜ。今回攻略団に組み込まれる機会に別のエルフ系のいる隊に移るかと思ったんだがそれも億劫だったんだろう。A級冒険者なんて変人しかいないしな。
他の隊員がいればまだ間が持つんだが···
「わかった。先に休もう」
俺は上等な防寒布を頑丈な収納の腕輪から引き出し、小刀は手に持ったまま。打刀はすぐ取れる位置に置き、光源結晶に触れて魔力も一応回復させて横になった。革張りの枕と防寒布が頭と背に吸い付くようだ。
疲れ過ぎている。30代だからなんとかなったが、40代までいったらさすがに辛いだろうな。
別れた元妻子や、疎遠の実家をふと思い出した。
「···私はゴーナヤ出身なのですが」
「っ!」
なんだ?
「ここはサキュバスどものテリトリーです。眠りは浅い方がいいでしょう。聴き流して下さい」
「···了解した」
よほどくたびれて見られたのか? あるいは疲労で感傷的になっているのか? どっちにしろ、居心地は悪いが『黙れ』とはさすがに言えない。
「ゴーナヤはノーム族混じりが幅を利かせています。嫌な所ですよ、連中はコンプレックスがありますからね。そういったのが徒党を組んで権力を持つと手に負えないところがあります」
それはノーム混じりに限ったことじゃないが、出自のことなら嫌悪が根深いんだろう。いや、どうでもいい。もう、寝よう···
「元々は街で暮らしていたんですが、まぁ色々ありまして。私は郊外で荷馬車の御者兼射手の仕事をしていました。単純に給料がいいんですよ、射手もできると。郊外といっても魔除けの街道に沿って馬車を進めてもしばしばトラブルがありますからね。弓は伯父から教わりました。ストレートの人間族の方だったのでその頃にはもう亡くなっていましたが。悪い暮らしではなかったですね。意外に思うかもしれませんが、エルフ混じりは定期便の類いの御者は向いてるんですよ。屋外で息は詰まりませんし、毎日緩慢に、同じことを繰り返す仕事でしょう? 適度に社会とも接するワケで、程好いんですよ。まぁ射手の心得でもないと中々就かない職ではありますが。当時は郊外に小屋を仲間と借りていましてね」
砂粒のようにティコの言葉が溢れ落ちて遠ざかっている。
エルフクォーターの寿命は人の2,5倍。生涯が長過ぎて俺達の感覚からするとせいぜい数年前であるはずの話が10年は昔だったりする。弓は引いていたようだが、郊外で御者をやっていたヤツが迷宮深層で探索するようになるには随分隔たりを感じた。
お前、ここで合ってるのか?
余計なお世話を考えながら、俺はいよいよ眠りに落ちていった。
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その日はマッキとイリィーは街の方に行っていました。付き合ってる2人は気楽なもんでその日暮らしのようにしています。昔は2人とも魔法道具屋で下働きしていたが、『飽きた』とのこと。エルフ系にはよくあります。
ナアンダも少し前までクラブ嬢のようなことをしていたけど、今は私達の小屋の管理を請け負うことと引き換えに日がな一日ここで絵を描いていました。
美しくそして、おそらく生涯まともには働かない人。それが私の彼女に対する評価でした。
「あらティコ、お帰り。随分早いのね?」
簡単な格好な彼女はいつもの青い、難解な絵を描いていた。
「1便キャンセルになりました。元々早番でしたし。ほら、北側の小屋の魔除けを修理しないと。まずナアンダ、小屋の管理は君の仕事ですよ?」
「簡単な大工くらいはするけれど、魔除けはわからないわ」
エルフ血統なのにナアンダは魔法全般が苦手···いや、覚える気がないようでした。生まれつき自覚的に美しいこと。それが彼女の魔法のすべてだったのかもしれません。
であるならばもっと、自覚的な選択を重ねるべきだったのではないでしょうか?
「そうだと思った! 最近ワーグが古くなった魔除けの土塁の内側に入ったという話を聞きますし、日が暮れるまでに片付けましょう」
「···早くに帰ってくれたのかしら?」
大きな瞳。
「キャンセルですよ」
私は素早く修理の支度を整えました。客やファンと思われるくらいなら死んだ方がマシです。
「弓を持っていって! そろそろ帰ってくると思うけど、マッキとイリィーはセボ林檎のシュトゥルーデルを買ってきてくれるそうよ? 仕事が上手くいったら」
「高いでしょ? また素焼きビスケットになリますよ。はは」
私は弓は大げさだから持たず、狩猟ナイフを···いや。いや、そう。私は仕事用の弓と矢筒をそのまま持ってゆくことにしました。
そうです、ほぼ素人の私が、魔犬のワーグ相手にナイフ1本でなんになるのでしょう?
私は弓や修理道具を持って両手が塞がったのでドアを閉められないまま、小屋の外に出ると北側の魔除けの補修に掛かったのですが、これは酷い、完全に壊れています。
まるで、外から抉じ開けられたかのように···っ!
「ナアンダ!」
呼び掛けた直後、ナアンダの悲鳴っ。私はナイフ、ではなく弓と矢筒を持って小屋に駆け戻りました。
「ティコ! 助けてっ」
ナアンダが絵描き道具を散らしてワーグにのし掛かられていました。
ワーグ、顔は毛玉のようてその奥に光る目と、戯画のような口を持つ下位の魔獣。
私は冷静に、正確に、矢を射ちました。頭部に1発射っても死なず、吠えて向かってきました。私は伯父に習った通りに、ワーグの戯画のようにバカげたくらい大きく開けてきた口にもう一撃射ち込んで、この忌まわしい犬を仕留めました。
「ティコ!」
「ナアンダ!」
私達は抱き合い、それから恐る恐る、軽くキスをして、そこからは大胆なキスをしました。そこへ、
「うわっ? 何事?!」
「タイミングよっっ」
セボ林檎のシュトゥルーデルをきっちり買ってきたマッキとイリィーが帰ってきてしまい、ナアンダは笑って、私は大慌てすることになりました。
それからの日々は細やかな物で、エルフ血統らしく年月を掛けて、私は街で一部屋買い。ナアンダは私の部屋で絵を描き続けて青い小さな個展を開けるようになり、マッキとイリィーは同じ街で小さな魔法道具屋を始めました。
弓は思い出に部屋に飾り、私達はそれからも長い年月をゆっくりゆっくりと、この地で歩んでゆくこととなったのでした···
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精気を吸い付くされて嗄れたティコとオーレキの死骸が魔除けの壊された光源結晶の野営地に打ち捨てられた。
「ぷぁーっ! A級の精気利っくぅ〜!!」
「うまひ、うまひ、ふへも生える」
揃って両腕が焼き切れていた2体の中位の夢魔マージサキュバスが、艷やかな肌になって腕を再生させた。
1体は奇妙な花のようなワンドを咥えていた。生えた手でワンドを取るマージサキュバス。
「ハイサキュバス様に超おねだりして『眠り香の杖』頂戴しといてマジ助かったわ〜。コイツら中々ガッツリ眠んないし、魔除けもガッツリ組むし、やり難かったわー。腕吹っ飛んじゃうし」
「A級だしね。侍の方は5層だったら団長だよ。まぁオッサンで超疲れてたからガッツリ寝かせたらチョロかったけど。つか疲れてる相手の方が燃えるしっ! イヒヒッ」
「そっちはいいよね。こっち、妄想力強めでトラウマありきだもん。やり難かったわ〜。なに青い個展って? 記憶ベースの『あり得たその後の芸術作品群』とか! 急に再現難度上げ過ぎだしっ」
額の汗を拭いて見せる杖持ちのマージサキュバス。
「コイツ、本当は小屋でナイフ1本でワーグに突っ掛かって1回死んでんだ。先に女が完食されてる間に魔法使える友達2人が帰ってきて、なんだかんだで『綺麗な遺体』で蘇生できたみたいだけど」
「きっつ〜。まぁ片っぽに瑕疵があったから付け込めたんじゃん? つーか、こっちの侍の方が精気強かったからちょっとお裾分けしてあげよっか?」
「マジで? いっただき〜☆☆☆」
2体のマージサキュバスは口付けして精気を分け合いだしたのだった。
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私はマージサキュバス達のじゃれ合い映像を切った。
平時そもそも探索者の少ない6層で、やる気も薄いサキュバス達が積極的に攻勢に出るとA級でもコロリと落ちてゆくものだな。
A級冒険者はそうそう替えも利くまい。
「随分ちんたらやっている。これだから夢魔どもは」
特段アポもなく、私の部屋にニーベルング族が入ってきました。片手に提げていた門番のアークデーモンの生首を私の足元に転がしてくる。迷惑。
「いちいち門番の首跳ねるのやめてもらえるかな? 殿下」
彼はニーベルング族の第2王子、トゥパクだ。
「搦手のサキュバスどもが防衛戦等無理がある。このトゥパクの! 私兵団を6層まで通させてもらうっ」
「人類の数は多く、英傑も少数いる。ダンジョン攻略が地域紛争となってしまえば押し負けるよ?」
跡目争いの実績がほしいだけだろうね。それはどうでもいいが、迷宮の魔法の主旨にも反し、反動の処理が面倒。
「地下世界は広大だ! 我らが地上の争いにいつまでもかま掛けると思うか? とにかく任せておけ。それからサキュバスどもには話を通しておけよ? 絡まれたら鬱陶しいからなっ。このトゥパクの、進軍である! ハハハッ」
行ってしまった。清々しい程後先考えていない。
「···あの、マスター。首、くっつけてもらえます?」
生首で死んだふりしてたアークデーモンが言ってきた。
「自分でやっときなさいよ?」
「はぁ」
眉間から羽根を生やして飛んでいった。門番の意味薄いな。これだから知性の高い魔族は···
しかし少々場が荒れてきた。対価の流れを整理しなくてはいけないね···




