6話 死因 公正な闘争
不運な生まれという物があるが、他方で生まれながらの強者という物もある。
それがいつ詳らかとなるかは運命による。
「この出来損ないがっ!」
妻に先立たれ、義理の弟に金を持ち逃げされて店を畳み終わりのない下働きをするハメになった男は遺された子供を2人を疎み、苛烈に当たっていた。
すでに数日前に殴打された5歳の長男は部屋の隅で7歳の長女の掛けてやった薄汚れた布の下、静かになっており虫が集りだしていた。
今切り付けられ、額から左頬に掛けて傷を付けた長女も痩せ細りあざだらけであった。
「···」
少女は気の優しい性分であり己の死を含め寸前まで父を許していたが、父は錆びた刃毀れだらけの血塗れの手斧を取ると繰り言を言い出した。
「通りで! 街のヤツらを殺しまくってやんだ。はぁはぁ、俺には正当な権利がある。店の権利も俺のもんだ! 俺のっ、俺のっっ」
繰り言には飛躍があったがこの数年来、男の中で育った狂気を煮詰めた言語であった。
決定的な攻撃に至る狂人は判断力を失うのではなく、違う判断基準を獲得した別の人類といえる。
長女は父はやがて公的に処されることとなるとは思っていたが、今、限度を越えたことを認めざるを得なかった。
しかしその優しさから『解釈を変える必要がある』と了解した。
これは闘争であり。自分は闘士である。闘争は公正に命を懸けて行われなければならない。命の懸かる限り、その闘争に憎しみは介在せず、それは、一つの享楽となる。
「へへっ」
母を亡くして以来長女は初めて笑い、痩せた両の拳を万力の如く握り締めた。痩せた素足で踏み締めた薄汚れた床にはヒビが入る。
スキル『バーサク』。激昂の下に身体性を爆発的に強化し敵を殲滅する。
「···闘おう、父さん」
「あ?」
踊り掛かった長女の身体性は武装した屈強なオーク族の戦士を叩きのめすことが可能な域に達していた。
男の手斧が、草臥れた身体が、原型を留めぬガラクタと肉塊に変わるのにそう時間は掛からなかった。
「アハハっ!!」
返り血の中、長女は笑っていた。
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地下5層『サラマンダー領』。溶岩の露出の多い高温で乾燥した層。燈火型の灯りが多い。
有毒ガス地帯や砂漠のような地形もあるが、他方で良質な魔力の強い温泉も多く。温泉水の汲み上げ施設の多い層でもあった。
火の素材も当然採れ、危険なこの層は素材採取主体で、平時は諸設備の維持以外は積極的な探索調査を行わていない層であったが、ウィレム博士の発見から数ヶ月が経ち、再びボコス迷宮の公的発見初期のような活気が戻っていた。
···仮設の魔除けのベースキャンプの一角にある王都大学の秀才ルネスト博士のテントでは甘い絶頂の声が響いた。
「はぁはぁ」
「ルネストにしちゃ頑張ったね」
180センチは越える傷だらけの鍛え抜いた長身のしかし胸筋の発達の結果鞠のように突き出した豊満な胸を持つ、額から左頬にかけて傷跡のある女性の腕の中で汗だくの華奢な青年が虚脱していた。
「アロイーズには敵わないよ」
「はは。さて、そろそろ行かないと」
傷跡の屈強な女性、アロイーズはルネストの額にキスをしてそっと除け、身体を起こすと熱気の残る寝床の側に置いていた汎用エリクサーを一瓶飲み干し身支度を整えた。
両腕に強度強化された収納の腕輪・改。首に魔力充填式の大気のチョーカー。防具は下位竜の遺骸製の汎用ドラゴンメイルの軽量改良品。さらに首からゴーグル付きの防毒マスクを提げた。
再編された5層攻略団の1つアロイーズ団団長、A級格闘士職アロイーズである。
「碑文の類いを見付けたら壊さないでね」
「見付けない方がいい物もあるよ。今も大騒ぎだろ?」
「僕は学者だけど?」
「ははは、ハイポーション飲んどきな」
アロイーズはテントを出た。待ち構えていた同じ隊のドサとエンゾが資料と巻かれた飛行絨毯を手に詰め寄ってきた。
2人ともゴーグル付きガスマスクを付けっぱなしにしている。
「姉御!」
「相変わらずおぼこい坊っちゃんタイプに目がないッスねっ」
「ブチのめすよ? 首尾は?」
「やはりPK58からのルートでショートカットできそうです。変動でも大きく動かない筋ですね。未開拓ですが」
「取り寄せた飛行絨毯はどれも問題ないッスが、売れますかね? アロイーズ団破産しちゃうッスよ?」
「個別の隊編成は元のパーティベースでいいからね? 絨毯は、帰りエレベーターまで徒歩で戻りたいかい? 文句言われても学者と役人と技師連中に売れ。同業連中は今は財布の紐が緩くなってるだろうさ。これから金が際限なく掛かる。それに万一のこともあるしね···」
「了解です。調整しやす」
「んじゃ、売っ払ってくるッス」
ドサとエンゾはそれぞれ仕事に向かった。
「···」
ベースキャンプの団員全体の疲労度はそうでもなかったが、役人や技師や学者といった非戦闘員が少々多過ぎるのがいかんともし難い。アロイーズは下手に碑文の類い等を掘り当てなければいいと考えていた。
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が、未開拓の不動ルートを進めば当然確率は上がる。強壮な5層のモンスターを蹴散らしながらアロイーズ団は進行する中で、谷の地形をしたエリアで碑文を発見した。
「『地の者どもと約定し···』。なるほど、改変込みでもこれは」
マスクを付け碑文に殺到したルネスト達学者達は解析に夢中になり、同じくマスクの役人達は地下鉱脈の確度はどれほどか? としきり学者達に問い質しだしていた。
キャンプでもなんでもないが進行は止まった。魔除けの設置技師達や冒険者、同行の少数の軍人達はうんざり顔ながら、アロイーズの指示で碑文周辺に魔除けの仮設ベースキャンプを設置し始める。
その最中、
「っ!!」
アロイーズ他、勘のいい者達はその気配に気付いた。
やや離れた位置の溶岩の沼に炎の召喚陣が出現し、そこから巨体の三つ首の魔犬ケルベロスと多数の火の猟犬ヘルハウンド達が飛び出してきた。
ケルベロスは6層級の魔獣であった。
「防衛反応ってヤツかっ!」
キャンプの魔除けは未だほぼ不成立であった。
「軍の者達は非戦闘員共に飛行絨毯で手前のキャンプまで離脱! ケルベロスはアロイーズ隊で討つ! 団の各隊はヘルハウンドどもをしばし抑え後衛の溜め撃ちで離脱! 絨毯買い渋った連中は有料で乗せてやれ!!」
アロイーズの号令に全体が動きだしたが、
「アロイーズ!」
ルネスト博士は軍の兵に急かされながらも呼び掛けた。
「いい女がいたと覚えておけっ! ハッ」
アロイーズは邪魔なガスマスクを剥ぎ取り、大気のチョーカーを発動させて清浄な空気を維持し収納の腕輪から出したフルフェイス型の汎用ドラゴンヘルムを被った。ドサとエンゾも付き従う。
華奢なルネストはまだなにか叫んでいたが兵達に抱えられるように飛行絨毯に乗せられ、他の非戦闘員達と共に撤退していった。
「ワァオオオォォンンッッッ!!!!」
半端なキャンプの魔除けを紙のように引き裂きケルベロスはヘルハウンド達を引き連れてキャンプに雪崩れ込んできた。
アロイーズは収納の腕輪・改から汎用ドラゴンクロ―を一組取り出し装備。鍵師や忍者職の韋駄天スキルよりかは自在性はないが加速が鋭い縮地スキルで一気に間合いを詰める。
ケルベロスは三つ首で岩を融解させるファイアブレスを吐いてきたが、氷の連打スキル、アイスブロッサムでドラゴンクローを損耗させながら相殺。即座に風属性の蹴り上げスキル、エアサマーソルトで首を1つ消し飛ばした。
仰け反る巨体のケルベロス。団の各隊がヘルハウンド達に応戦し、ドサとエンゾもアロイーズを取り囲もうとするヘルハウンド相手に露払いに回る。
猛るヘルハウンドの前足の鉤爪で切り付けてきたが、アロイーズは踊るような足捌きで回避する。掠れば強固なはずの装備が安々と破損する。先程の蹴り上げに使った右の下位竜製レガースも砕けていた。
5層推奨装備の限界であった。ドラゴンヘルムも片目が見えるくらいに砕かれる。
「懐かしい死の香り! とうとう掴まったかっ?」
エンゾが膝裏に喰い付かれたのを機に次々と喰い付かれだし、ドサもエンゾの救援を考えた隙にヘルハウンド2体の連携した小規模なファイアブレスにマスクごと頭部を焼かれた。
他の団のパーティも後衛の溜め撃ちで一時受け持ちのヘルハウンド群を撃ち払うと、飛行絨毯で撤退に掛かる。
ケルベロスに関しては最大加速で飛行絨毯に追い付き、飛び付きとブレスで対空攻撃可能。
アロイーズは五分程度は頭の隅にあった自身の生存撤退案を棄てた。
忌避しており、見境いはなくなり力を使い果たすバーサクスキルの発動を自らに許可する。
「オオォッ!!!」
吠えるアロイーズ。溢れる魔力。漲る身体。
殺到したヘルハウンド群を左のレガースを砕きながら旋風脚スキルで挽き肉に変え、ケルベロスが2本の首でのファイアブレスは撃つ前に間合いに入り、初手の数倍のアイスブロッサムで頭部の1つを砕きながら押し留めた。
両手のドラゴンクローは砕ける。
アロイーズは素手と全身に魔力を巡らせ、さらにケルベロスに突進する。苦痛に顔を歪めながらも残り1つの首で牙を剥き出し応戦するケルベロス。
爪と牙と炎と半減した眷属のヘルハウンド群でアロイーズに襲い掛かる。
「ワァオオオォォンンッッッ!!!!」
「オオォッ!!!」
獣同士が喰い合いするように激しく撃ち合い、いつしか兜も鎧も全損し、火傷と裂傷塗れとなり両拳は砕けた骨が露出し、鎧下も多くは破けてながら撃ち合い続け、
「···へへっ」
アロイーズは身体と周囲のそこかしこが炎上する中、全てのモンスターを打ち倒していた。バーサクスキルは解除される。
破損もあり、大気のチョーカーの魔力充填が切れ、千切れ落ちた。
ドサとエンゾを失い、非戦闘員と隊員はごく一部の不運な者を除き離脱に成功していた。碑文の情報も持ち帰れてはいる。
すでに当たりの付いたこのショートカットルートの開拓は残り3割程度であった。
「···闘ったなぁ」
アロイーズ団、団長アロイーズは笑みを浮かべ、戦闘の傷ではなく谷状の地形に充満した有毒ガスにより意識を失い、そのまま身体に点いた炎によって焼死していった。
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私は水晶玉の映像を切った。
「遺体を回収できれば眷属にしたい逸材だったね」
話を振ってみたが秘書のハイサキュバスの様子はいつもと違った。
「5層で得られた情報とショートカットにより、6層移行の探索がより進むことになります」
彼女は逆巻くように魔力を高めた。
「6層はわたくしのテリトリー。迎え撃たせて頂きます」
「好きにしたまえ」
「はっ」
畏まり、ハイサキュバスは退室していった。
「それも対価さ」
永くの退屈であったが、物事が動く時はこんなものか。クククク···




