4話 死因 嫉妬
4層『氷雪の獄』はその名の通りの雪と氷の世界。
天井に魔力の灯かりが配置されているので3層同様明るい層だけれど、ランダムに雪雲を招く陣も描かれていて、曇天が多い。
かなり高い天井付近は存外気温が安定していているらしい。温度調節に失敗すると層全体がいつか氷柱で覆われて探索不能になり『迷宮の魔法』の前提が保てなくなるからだろう。
蟻の巣に蟻がおらず潰れた土塊になってしまったら、それはただの地面だ。
つまり私達は女王蟻様に餌をせっせと運ぶ働き蟻の群なんだ。
そう餌、例えば命を。
「カンヂィート!」
「うぅぐぅああーーーっっっ??!!!」
雪の止んだ雪原で、オーク2体に捕まったカンヂィートが海老のように兜を取られ顔から噛られだした。雪が血で染まる。戦闘中でもお構いなく捕食を始める。それが巨漢の豚の亜人、オーク族。
「スタンウィップ!」
助けにゆく間がない、私は突進してきたオークの1体の下腹部に鞭状の電撃魔法を放った。相手は雄の個体。睾丸は電撃で簡単に弾け有効度が高い。
泡を吹いて膝をついた相手の眉間に私は銀のメイスを振り下ろし両耳と両目、鼻から出血させて仕留めた。豚め。
「カン」
すぐにカンヂィートを助けに向かおうとしたら、
「ファイアボール×2!」
火球魔法2発が、すでに脱力していたカンヂィートを食べていたオーク2体の後頭部を吹き飛ばし仕留めた。
マリンだ。C級魔法使い職。相手していたオークマージは不自然に胸部に風穴が空いて死んでいた。
得意の転送魔法ポートだろう。基本的には手元にある小さな物を見える範囲にテレポートさせる魔法だが、魔法学校等で禁止されてる使い方もある。消耗の激しい魔法でもあるらしい。
「カンヂィート!」
マリンは動かない頭部の半ばなくなった彼の元に駆けた。
「···」
オークは離れて支援攻撃してた弓持ちが1体がいたけど、後衛組マリンとC級僧兵職で中衛の私相手に1人で弓で挑んでも勝てないと見て、雪の中走って逃げていった。
マリンが攻撃を優先するかヤツがあと3メートル私に近付いていたら倒せたが、もうしょうがない。
私はマリンがスルーした。メザルンとタカシの死体の回収に向かった。オークの死体も多数転がってる。
平均的な推奨装備のC級5人パーティでこの規模のオーク族の群をほぼ壊滅させたんだからそれなりの戦果だと思う。
まぁ、ダンジョンの中だから誰にも評価されないけどね。神様が、見てるくらいか···
マリンは泣きながらカンヂィートの遺体を抱き締めて血塗れになっていた。
それは悲劇的で、相手に顔がないことで抽象的でもあって、扇情的だった。
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また吹雪きだしたらたまらない。近くの洞穴で巣食っていた氷属性のホワイトスライムをマリンが容赦なくファイアボールで焼き払い、霊木の灰と魔方陣で即席の安全地帯を作った。
ギルドの汎用可燃キューブ数個で火を起こす。
それから収納の腕輪から3人の遺体を出して並べ、秘蔵のハイポーション4本と干し肉なんかの食糧やハーブ水を触媒に形だけは整える。
汎用魔法石で魔力を回復させる。
「ふう。手持ちと環境と私の技量じゃ蘇生までは無理だから、それより忍者職のタカシが死んだのが痛いね。地上まで帰るにしても」
「···私のサーチの魔方がある。それよりカンヂィートは街でちゃんと蘇生できそう?」
膝を抱えてまだグズグズ泣いていたマリン。
「ダメージあっても魂は遺体に大体残ってたけど、脳をちょっと齧られてる。捕食は破壊より深刻なんだよね、『存在性』を奪われるから。記憶障害や多少の後遺症は残るかも? まぁ身体はカンヂィートはC級魔方兵だから普通の暮らす分にはリハビリも半年掛からないと思う。蓄えもあるし、休ませたらいいよ。私も二位助祭の試験を受けようと思ってたからちょうど」
「なんでミンミンも一緒に休暇取るつもりなの?」
蛇のような目だ。エルフクォーターのマリンは人の2,5倍の寿命で見た目よりずっと年上だけど、故郷のエルフクォーターのコミュニティを災害で失うまでは長くハーブ園で絵本の中みたいな暮らしをしていた。年増のお嬢さん。
今は恋を知って、自分の半分も生きてない10代後半の人類に固執してる。純粋で、愚か。
私は高揚した。
背信でしょうか? しかし修道院の頃からの性質です。御心の赦すところだと解釈しています。
「パーティも半壊だし、他の2人もすぐには復帰できないよ? なんだかんだでお金も飛ぶしさ。それよりローブとインナーも汚れてるんじゃない? ずっと魔力で凍傷防いでたの? これだからエルフ血統の人は···」
敵意のある顔されたけど気力も体力はもう限界らしいマリンが服を脱ぐのを手伝ってあげた。最初の頃より鍛えられていても人形のように華奢。
水が足りないから高価な水素材アクアジェムで湯盥に水を溜め、マリンの血塗れの装備を沈めた。
「ウォッシュとドライの魔法を使える?」
「···別に風邪を引いてるワケじゃないから」
洗浄魔法と乾燥魔法で選択は簡単に済んだ。無意識だろうけど、マリンの好みで洗浄魔法にはハーブの香りが付与されていて装備はいつもの香りがした。
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また雪が降り出していた。スノーシューで進む。マリンが杖にサーチの魔法を付与して先導している。私は臨戦態勢で側に控え、続く。
霊木の灰を触媒に私が浄めの術を掛けたからアンデッドや闇属性のモンスターは寄らないはずだけどそれ以外は危険だ。
私達は1番近い昇りのエレベーターや階段、あるいはより近い正規の魔除けの野営地ではなく、冒険者ギルドが運営している4層のベースキャンプの1つを目指していた。
4層でも数ヶ所しかないが遠いという程でもなかった。
地上までの直通エレベーターはなく、ほぼ安全な1層までのここの直通エレベーターは遠過ぎる。キャンプで保護してもらうしかない。
「ねぇ」
まただ。食い下がってくる。
「なんでミンミンの腕輪にカンヂィートを入れたの?」
「マリンの腕輪はメザルンとタカシで一杯でしょ? 今から交換するの面倒だし」
「3人の腕輪も活用すればよかった」
「遺体を入れ子構造にするの? シュールだよ、ふふ」
「面白くないっ!」
「大きな声出さないで、モンスターが寄るから」
これはもう地上に戻ったら離散になりそう。だったら、いっそしっかり嫌われてみよう。彼女の長い生涯、私のことをたまに思い出すだろう。舌打ちしながら。ふふ。
それから程なく、マリンのヒステリーに反応したのかどうかはわからないけれど、招かざる客が現れた。それも子連れだ。
猛牛のような巨体の猪型の牙だらけのモンスター、スパイクビースト亜種とその幼体2体。親は幼体を後ろに下げ、雪を蹴って挑んできた。氷属性の速いモンスターだ。こんな平地環境じゃ遁走は現実的じゃない。
「マリン、足止めしてっ」
「わかってる! ファイアボール×2!!」
火球は2発放たれた。でも速度も精度もいつもより甘い。疲労と雪の影響?
1発は躱され、もう1発は当たりが浅く楕円状に軌道修正して迫ってきた。
「ディフェンド! ストロング!」
自分とマリンに守備魔法、自分に筋力強化魔法を掛ける。もう一手差し込めるっ。
「スタンウィップ!」
電光で左目を潰し、勢いを殺したがまだ止まらない!
ディフェンドの魔力障壁を突き破ってきた巨体を銀の盾で受けたけど、牙が私の左肘と腹を突き破った。
「っっ?!」
傷口が凍り付きだす。倒さないとっ、不調のマリン1人じゃ!
「んあぁっっ!!!」
ハードブレイカースキルで撃ち込んだメイス越しに魔力を炸裂させ、スパイクビースト亜種の側頭部を吹き飛ばし、脳を飛び散らせた。
獣は倒れ、私は両膝をついた。
「···マリン、ハイ、ポーションを···あと、幼体がまだ···マリン?」
返事がないので振り返るとマリンは千切れ飛んだ私の凍り付いた左腕から収納の腕輪を奪っていた。
「半年も! あったら、私よりもっ、同じ時間を生きれるあなたの方が選ばれるっっ。カンヂィートは渡さないっ!! ···フライ」
マリンは消耗の激しい飛行魔法で飛び去っていった。
「ふふ···」
舌打ちじゃ済まなくなるよ? すぐに親の仇を討ちに来た飢えた幼体が飛び付いてくる。
神よ、マリンに掛けた全ての浄めと守備魔法を解きます。
私はあなたの信に応えられなかった···ふふ。
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吹雪の中、フライは長く保たない。ミンミンの腕輪を調べればまだ魔法石があるだろうけど、踏ん切りがつかないわ。降下する。
距離は稼げた。ベースキャンプはすぐそこだ。見張り台に灯された魔除けの聖火が雪の嵐の向こうに見えている。
スノーシューで進む。私の冒険者活動はこれまでだろう。故郷の復興はもういい。カンヂィートと、カンヂィートと暮らす。···そして全て終わったら地獄に堕ちよう。
探知魔法のサーチも上手く維持できなくなってきた。正面方向に限定する。あと少しだ。ぼんやりと探知魔法の感覚はキャンプの城壁を捉えていた。
「···?!」
朦朧と歩いていると、突然左右の足元に刺すような魔の気配を感じた。探知を避けて脇に回り込んだ?
雪中から飛び出してきたのは4体のアイススペクター! 氷の死霊っ。ミンミン? いや、早いか。
「ファイアボール×4っ!!」
サーチを諦め、残る魔力全ての死霊達を消し飛ばした。
「はぁはぁ」
ミンミンの、ミンミンの腕輪から魔法石を探さないと、魔力が足りず、吹雪が堪える。
かじかむ手でポーチから腕輪を取り出し、中身を探ろうとしたけど、魔法式のロックが掛かっていた。当たり前だけど、念入りな式!
「なんなのよっ! もうっっ」
私はなけなしの魔力で必死で式の解除に掛かった。あと少し、もう少し···
ドッ! 唐突だった。私は背後から並の人で扱えない太い矢で背と胸を貫かれた。
「え?」
鈍痛っ、吐血する。へたり込んで振り返ると、中距離まで迫っていたあの、逃がした1体のオークが憎悪の表情で迫ってきていた。弓を投げ棄てる。
地獄はずっと近い所にあった。
「···ポート」
私は残りの命を魔力に代えて、ミンミンと私の腕輪を見張り台の聖火を目印に飛ばし、意識を遠のかせた。
すぐに防寒効果の高い魔除けの帽子が剥ぎ取られ、大きな手が私の肩の骨が砕けるほど荒々しく掴んできて、生臭い口が私の頭頂部を噛み砕いた。
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ふーむ?
「やっぱり4層にオーク族を配置したのは意地悪だったかな?」
私はスプラッタショーの始まった水晶玉の映像を切った。
「ヤツらでは生存困難な5層配置は拒否されましたし。4層の環境ならやたら繁殖もできませんから、ちょうどいいですよ。初期は3層に居座ろうとして揉めたんでしょう?」
ハイサキュバスはオークが嫌いなので資料を見るのも嫌そうだった。
「君の前任者が苦労していたね」
「わたくしはあんな豚どもと交渉したくはないです!」
「すぐどうこうしろとは言っていないよ。ま、4層の勢力構成なんかを再調査しといてくれる?」
「かしこまりました」
ハイサキュバスは退室していった。
「···」
正直、オーク族はどのダンジョンでも持て余しがちなんだよね。油断するとすぐ増えちゃうし。餌が枯渇すると暴走するし。かといってオーク族抜きでダンジョン構成するとこの辺りの『マスター会』の会合で、
「はい、マミーエンペラー君。イージーモード採用でーす」
とか言われちゃうし···
「悩ましいな」
取り敢えず、4層環境でもまた増えているようならオーク族の配置情報をギルドに横流ししておこう。
冒険者ギルドとの癒着。それもまた、ダンジョンの対価さ。クククク···




