3話 死因 不仲
私達三姉妹はノームクォーターだ。寿命はストレートの人類の2倍程度。成長も遅く、ノームの小柄で丸い体型の血統ではエルフ血統のように美人にはならないから、大人になるまで苦労した。
母さんは私達を棄ててノームハーフが集まるコミュニティに出奔していた。
「2層よりマシだけど、3層もうんざりね」
長女のアンモン。D+級の魔法兵職。振り返って横目で盗み見ると横顔が母さんに似ている。高圧的。嫌い。
崖の通路から眼下の川を見下ろしながら顔をしかめている。
3層、百の川の連なる層は支流を含めると百どころではなく、移動に難のある層だった。
「4層の環境も酷いよ。あそこはオークが出る。私達は成長が遅いし、3層で稼いだらさっさとこんな稼業やめよう。街の暮らしなら、混血の私達は並の人間より有利なんだから」
次女のユンモン。D級+級の戦士職。声が母さんに似ている。すぐ虚勢を張る。嫌い。
通路が狭いから今は大体1列で移動している。カバーを外した鉄の槍を持っていて、先頭の私がトラップや道のコンディションやモンスターとの遭遇に警戒して少し遅れると、刃のある穂先でリュックに提げた鍋をすぐにカンッと小突いてくる。
このダンジョンに入ってから最初は竹槍だったけど今日まで合わせて1362回、私の鍋を小突いた。コイツが小突くからこの鍋で8代目だ。
「遅いよソンモン」
また小突いた、1363回目。
「···この通路でトラップの自動生成はあまり聞かないけど、通路の破損リスクや奇襲のリスクはあるでしょ?」
私はソンモン。D+級の鍵師。丸い鼻が母さんに似ていると思う。特に小柄で、内気で、子供の頃から守られていたから姉達に軽く見られてる。嫌い。
「ソンモンが言い返してきた! ハッ」
「やめな。ソンモン、通路の入り口は慎重に見極めてくれよ。早々位置変動はしないだろうけど」
「わかってる」
この支流の先の岩場の穴蔵には一箇所だけだけど宝箱のリポップポイントがある。
『清流シリーズの装備』のリポップだ。大体装飾品だけどたまに短剣なんかの小型武器が出る。
一度回収されると雨季以外は2〜3ヶ月後にリポップ可能。
清流シリーズの装備はボコサレスで無難に売却したら大体安宿で3人で一月暮らせる程度。普通に探索して4日程度で回収できる。
特に宝箱に紐付いた守護者はいないけど狭いからヒシウォーカーとかブルースライムとか、小型や不定形のこの階層で凡庸なモンスターが洞穴内を徘徊している。洞穴は大して深くもない。トラップの発生はないではない、程度。
難度は低く回収に4日も掛からなければ、あるいは他のリポップポイントや率のいいモンスターの狩り場が動線にあれば人気の回収地になってたろうけど、ここは孤立したルートで旨味は薄かった。
だから周知でも放置されがちなリポップ宝箱だ。
それでも私達姉妹のパーティがこの探索に取り掛かっているのは理由がある。
ボコサレスにあるぼったくりで有名な転送門で、遥か西の都市ゴーナヤに飛んで現地の『清流シリーズの装備マニア』向けの店で売却すれば往復の転送門代を差し引いても宿代1ヶ月半くらいにはなる。
ついでにゴーナヤでは他にもボコサレスでは薄い価値の物がそれなりに高く売れるので、私達が冒険者ギルドの預かり所に貯めた品々を一気に売り捌くチャンスだ。
一連の売却には迫害されがちだから連帯してるノーム混じりのコミュニティのコネも必須。
これは、私達にしかできない儲かる仕組みなんだ。
「あった。少し形は変わってるのと上部にも穴が開いてる。トラップや、モンスターは···入り口付近は大丈夫」
崖の通路の先の壁面にやや狭い入り口はあった。その斜め上に初見のやや小さな穴があった。私でどうにか通れるくらいか? そこから有毒ではない普通の苔が繁茂して露出してる。
「リポップそれも宝箱がある場合、出入り口が自然に塞がることはないけれど上に穴が空いてるから変動はあったと思う。確認した限り半年は放置されてるはずだけど、どうする?」
「ここまできたら行くだけだよ」
「早く先導して」
またユンモンにリュックの鍋を小突かれた。1364回目。
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入り口付近には水属性のブルースライムが数体いたけど、アンモンがライトの魔法を操って焼くように近付けると嫌がって岩の隙間なんかに逃げていった。
「···トラップはない。行こう」
小突かれる前にさっさと案内する。これまで回収や買った資料を照らし合わせても洞穴の構造はそう変わってない。ただ、目当てのリポップ宝箱の間に続くはずの通路手前に亀裂の空洞ができていてそこから入口上部でも見た苔の絨毯が見えていた。
「あれ、繋がってるね」
ライトの光球でだいぶ狭い隙間の空洞を照らすアンモン。
「ソンモンはチビだからあそこ通って出られるんじゃない? ひひっ」
「···」
別に面白くないけど、いける。私は装備も軽装。リュックを棄てれば入れる。
「わざわざ行かないから。宝箱回収しよう」
宝箱への通路に入る。水溜りが目立ちだす。ヒカリ苔は少ない。雨季以外でも変動によっては浅い水路のようになって点在する石の上を飛んで進むハメになったりするけど、今回はそこまでじゃなかった。
ただし、生臭い臭いが前方からしてきた。
「蟹臭いね。ロッククラブ? ここの狭い出入り口から入れるか?」
数個の光球の灯りを弱めつつその前方配置を慎重にして、鉄の握り手の杖からアンモンだけが持ってる高価な収納の腕輪から獲物の鉄のカタールを二刀流で取り出し持ち替えた。
「他に出入り口があるとか? まぁロッククラブならチョロいよ。私達の方が有利」
大盾と槍を掲げて見せるユンモン。
どうだろ?『大きな出入り口が開く』ていうのは前提の変わる重大な変動。狭くリポップ宝箱の配置の成立の縛りのあるこの洞穴ではそうない気がする。となると、まだ小さい幼体の侵入?
私は考察していたけど考えが纏まる前に、曲がり角の先に大きな気配を3つ、いや2つ感じた! 私はハンドサインでアンモンにライトの光球を消させる。
角から3人で慎重に先を伺う。宝箱の部屋はそのすぐ先のはず。足りないヒカリ苔の灯りの中、入口も見えていた。だけど、
ゴリゴリ。喰ってる。大きな蟹型のモンスター2体が同じ蟹型のモンスター1体の死骸を喰っていた。
「ロッククラブ···いやっ、キラーキャンサー!」
息を呑むアンモン。ロッククラブの上位種。3層でも危険地帯にしかいない強個体だ。
「なにかの拍子に幼体の内にたくさんここに入り込んで、中で大きくなって出られなくなって···餌不足で共喰いして残った個体が進化したんだね」
「マジかよ。2体ならいけるか? 不利、じゃね?」
「···ライトの陽動が効いたら宝箱にアタックしよう。ソンモンは癇癪玉の用意を」
アンモン案で行くことになった。果たして、キラーキャンサー2体は目にぶつけるように放ったライトの光球数個に激昂し、通路のずっと先に飛ばしたそれを追い掛けて横向きに爆走していった。
「行くよ!」
ユンモンは見張りに残し、私たアンモンは一気に宝箱の間に駆け込むっ。あった! リポップ宝箱。
私は素早く鍵と罠の探知と解除に掛かる。鍵はすぐ開けられる。宝箱に擬態したミミックでもない、罠は鍵穴からガスが噴出するタイプ。難度は大してことない。私は鍵と罠を素早く解除した。
「開けるよ」
開くと中には『清流のネックレス』が入っていた。あまり頑丈じゃないけど毒、麻痺、病、炎耐性のあるアクセサリー。素朴で可憐な装飾だった。シリーズ自体にマニアがいるのも頷ける。私はハンカチで包んで慎重に取った。
「戻って来た!」
出入り口でユンモンが叫ぶ。私とアンモンは走って合流して撤収に掛かる。キラーキャンサー2体は速いことは速いけど距離はあるし、曲がり角で減速もするはずだから逃げ切れるっ。
はずだったんだけど、
「うわっ?」
共喰いの死骸の脇を駆け抜けようとしたら、いつの間にか死骸に集っていたブルースライム2体が先頭のアンモンに飛び掛って纏わり付いたっ。発生させる水で包んで溺死させようとする。
「アンモン!」
「来てるってっ」
通り過ぎて振り返ったけど、キラーキャンサー2体は迫ってる。
「待ちな! ここで迎え撃つよっ、ごほごほ」
無詠唱のエンチャントエアでカタールに風を纏わせブルースライム2体を引き裂き、もう逃げるのは諦めた水浸しで咳き込むアンモン。
「お前1人でなっ」
ユンモンは大盾を棄てて片手で私の腕を掴んで角を曲がり出した。力が強いっ。
「ユンモン?!」
「2対1だと不利だろっ?!」
信じられないっ、コイツ! ああ、もうダメだ。角を曲がってしばらく進むとキラーキャンサー2体は追ってきた。1体はユンモンの片足をもう1体はユンモンの頭を齧りながら追ってくる。
「···離せ! 走り難いっ。地上に戻ったらお前と絶縁するからなっ!」
振り解いて、リュックを棄て、ポーチにあるだけ詰めた癇癪玉を確認する。
「1対1なら、私の方が有利だし、ひひ、ひっ」
棄てたリュックは蟹達の足で蹴散らされた。カンッと音がする。1365回目。
私は癇癪玉を半分、スィッチを入れ纏めて後ろに投げた。1体は効果抜群で走る勢いと転倒した体勢もあって足を何本か折って追跡不能になったが、1体は少し怯んだくらい。十分だ。
私は身軽になった鍵師職の本気の走りで一気に駆け抜ける。韋駄天スキル。ユンモンは置いてゆく。
「地上まで私と動いた方が有利だぞ?!」
うるさい。ずっとお前が嫌いだった。私は癇癪玉を1つ、ユンモンの足元に投げた。炸裂したそれでユンモンは簡単に転んだ。迫る蟹1体。
私は宝箱の間への通路を飛び出した。苔の裂け目の見える所だ。出口近く。でも、出口の側にはブルースライムが3体もうろついていた。癇癪玉を全てここで使い切れば突破可能。しかしここは3層の孤立エリア。地上に戻らなくちゃいけない。
「···」
苔の裂け目が安全な保証はないが、ほぼ確実にすぐ近くの外まで通じている。スライムは確実な脅威。アンモンへの所業からするとあの蟹はすぐ追ってくる。
私はずっとハンカチに包んで持っていた清流のネックレスを付け、腰の鞘の鋼のダガーを抜いて身を屈め、裂け目に入り込んだ。
すぐに腹這いになって進むことになったけど、どうにかねじ込んで進むと開けた明るい所に抜けた。狭い通路の突き当たりだ。右手の壁面の上部に割れ目があった。外から見た穴だ! 私なら登れるっ
「やった!!」
私は歓喜して、突き当たり通路の奥側の暗がりに背を向けていた。次の瞬間、ヒュッと音がして、縄のような物が私の手足を捉えて引き倒した。
振り返ると通路の向こう側から、十数体の根の触手と棘の実を持つ水草型の魔物ヒシウォーカーが伸ばした触手で私を捕獲し、寄ってきていた。
1体につき1個から3個目玉がある。
上部の、比較的明るい3層の迷宮の明かりに清流のネックレスが輝いていた。
力が抜けた。
「···母さん。ネックレス、似合ってますか?」
私は、姉達と話し合うべきだったことを反芻していた。
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唐突な母への呼び掛け、まぁないではないか。ふふん。水晶玉を切る。私は紳士なのでスプラッタ趣味はない。
「マスター。蟹、焼けました」
「おう、悪いね」
食べたくなったのでハイサキュバスにキラーキャンサーのハサミを塩焼きにしてもらっていた。煙やへは気体モンスター、デススモッグに処理させる。
剥き身にダンジョンスダチを絞りかぶり付く。
「んっ! 泥生臭いっっ」
「まぁ食用種ではありませんし、わたくし、料理人でもないので···」
だが、完食しよう。この苦しみ、それもまたダンジョンの対価だ! クククク···




