2話 死因 ゴブリンを侮り過ぎた
2層は稼げない。魔除けの配置の固い順路を通るか、遠回りでもより下層への直通エレベーターを使ってスルーってのが定石だ。
この湿地と洞窟の層は浅層のわりには環境が悪く、足場や視界の確保の難があること。下級でも有毒や群体のモンスターが多いこと。
不衛生なゾーンが散見されること。悪環境や地上への近さからビギナー冒険者狙いの悪徳冒険者がしばしば現れること。
そして古いダンジョンだから浅層なりに一点物のレアポップは既になく、リポップアイテムに関しては稀なレアリポップ品が出ないではないが基本カスであること。
これらの点でやはりスルーが定石。
だが、俺と相棒は一味違った。
「ぬんっ!」
銀の護拳を付けた相棒ゲンはホウセンカ拳のスキルで連打を放ち、ケムシーノどもを仕留めた。
「よっと」
俺も銀のチャクラムで、お零れ狙いか? 挟撃してきやがった原種スライムどもを一層した。
俺達ゃD+級の格闘士職と忍者職のコンビだ。装備も4層攻略推奨仕様。
初期投資はまぁ掛かるが、『2人だけなら』2層の収入で平均的な3層攻略を越えるコスパで稼げる。
3層を攻略していた前の5人パーティは探索力は高かったが人間関係が面倒だった。ゲンは俺の従兄弟。2人なら気楽でいい。
まぁずっとってワケにもいかねーだろうが、コスパ良く稼いで5層推奨装備を揃えて仕事もパーティメンバーをある程度選べるようになるまではこれでいくつもりだ。
「おっし、片付いた。ゼニオ、野営地で昼飯にしよう。腹減った」
ゲンはすぐ腹が減る。前のパーティで揉めた原因の一つだ。
「よし、位置変動してなきゃいいがな」
「早々変わらないって、それよか今日のメシはスコパベーカリーだろ?」
「おうよ! 奮発した」
俺達は雑魚モンスターどもの死骸を踏んで近場にあるはずの魔除けの野営地へと移動を始めた。
_____
ボコス迷宮のすぐ近くの攻略拠点小都市『ボコサレス』でもやや高級なベーカリーの名店スコパベーカリーで買ったのは、メルメル鶏カツのマスタードハーブサンドと小豆の甘露煮に加え生クリームの入ったヤサシアンコパンだ。
惣菜パンと菓子パンとしては定番だがスコパベーカリーのコイツらは物が違う。
「美味い! 美味い!」
「ははは、ゲンは子供の頃から美味そうに飯食うな〜」
「これが最後の飯でも後悔しないっ」
「勘弁しろよ」
「「ハハハハ」」
気安く飯が食えるのはいいことだ。前のパーティなんて解散する直前なんて『フォークの持ち方』から『コーヒーに共有の砂糖を入れ過ぎてる』まで、野営するだけで口論が絶えなかった。
「『ブルームーンストーン』に『眩いヒカリ苔』、『デリシャマイタケ』。今回の収集物はこんなもんじゃないか?」
「ああ」
俺は物価の高いボコサレスでは割高な砂糖を気兼ねなく入れた食後のコーヒーを飲みながら相槌を打った。
魔除けの野営地はこの層のどこまでも広がってる湿地の中に唐突にやや隆起した場所にある。
これもダンジョンの魔法の対価らしい。つまり『探索の成立』だ。
「···」
ここの野営地の位置は変わってなかったが、周囲の景色は少し変わったな。近くに見えてはずの沼は少し遠く。遠いはずの丘の気味悪い木が野営地に少し寄っていた。
ダンジョンは代謝でもするように日に日に少しずつ変動している。気味が悪いぜ。
と、木の向こうの岩陰に小さな人影が見えた。勿論子供じゃない。小柄なポックル族の冒険者の可能性もないではないが、動き方が不審過ぎる。
高価な遠眼鏡も持ってるが手早く正確に見たい。俺はイーグルアイスキルで目に魔力を込め、この辺りだと柱状の迷宮の薄暗い灯りの先の岩陰。確認した。
子供のような背丈、全体的に薄汚れ猫背で手足は痩せ腹は出て鼻と耳は長く口は大きく犬歯は長い。額の上辺りに短い角と獣のような目、粗末な武装。
小鬼モンスター、ゴブリンだ。
「チッ」
俺は舌打ちしてスリングと投擲用の小石を取ると投げ付けた。
数体いたが、一体の眉間を叩き割って仕留めた。連中は慌てふためいたが、腹が減っていたらしく、仲間の死体を安全な岩陰に引き込んで残り2体程でそれを喰いだした。
「モンスターか? あまり刺激するなよ?」
「ゴブリンだ。共喰いしてやがるっ。下等種族どもめ!」
吐き気がするっっ。
「ゼニオは亜人系のモンスター嫌いだよな〜」
「···駆け出しの頃、野外移動中にさ、通常の縄張りの範囲を越えて移動していたオーク族の集団に襲われて仲間の一人が生きたまま喰われるのを見ちまった」
僧侶職の、金が貯まったら故郷の傾いた教会学校を立て直すと言っていた。いい子だった。
「魔除けにも近付けないが人型の、知性はあるが人類に敵対する! 亜人どもは許せねぇ。俺は機会があればヤツらを殺すことにしているからなっ」
「落ち着けって、ゴブリンは徒党を組むし猿よりかは知恵がある。あとは帰るだけなんだから、な?」
「···わかってる。メシのあとのいい気分を害されて頭にきただけさ」
「ならいいけどよ」
ゲンはコーヒーのお代わりを淹れてくれた。持つべき物は従兄弟だ。俺は、気を落ち着けた。
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切っ掛けも、予感もあったが、数を増やしたゴブリンどもは魔除けの野営地近くから俺達を追ってきていた。
この層は洞穴エリア以外は平坦な湿地が広がっているからモンスターが自分のテリトリーを越えてまで執着しだすとどこまでも追われるリスクがあった。
「しつこいなっ。異常だぞ? ···ゼニオ、他のモンスターの巣にぶつけてみるか? 一層への階段までに追い付かれるぞっ?」
「やるか。この先の水場にハスウォーカーの巣がある!」
ハスウォーカーは蓮の花型のモンスターだ。かなり接近しない限りは襲ってこず、水場は丘に囲まれた窪地でやりようがある。
昨日、行き掛けに遠目に見てもいた。1日で大きく変動するなんてことはない。嵌めてやる!
俺達は進路を改めてポーションを飲みながら移動を続けた。
途中、他の冒険者パーティにも遭遇した。離れた高台の丘にいる。1人、遠眼鏡らしいのを持っていた。
「おおい! ゴブリンに追われてるなっ。戦利品折半で共闘しようか?!」
俺とゲンは目配せした。
「たかがゴブリンだ! 問題ないっ」
「···そうか! 最近、ゴブリンのユニーク個体が出た噂があるっ。気を付けろ!!」
連中はあっさりしたもんでさっさと丘を反対側に降りて退散していった。
「いいのか?」
「ありゃE級パーティだ。ゴブリン相手にE級に借りを作ったって話が広まったら俺達ゃ2人組、組し易いと見られてゴロツキどもに狙われちまう」
「まぁ、2層は追い剥ぎも多いがよ···」
ゲンは不満げだったが、人間の悪党はゴブリンより厄介だ。
そうこうしてるうちに薄靄の掛かった件の水場が見えてきた。振り返るとゴブリンどもは回復もなく追い続けヘバってやがる。バカめっ!
「引き付けて適当に応戦して、一気に丘を駆け上がる、あとは駆け降りながら水際に追い込もう!」
「おう!」
俺は追加のポーションをゲンに投げ渡し、飲みながら俺達は段取りに掛かろうとした。だがっ、
「?!」
薄靄の向こう、水場ではハスウォーカーどもが矢でズタズタにされて全滅していた。
「なに??」
俺達を追って来ていたバテたゴブリンどもは距離を詰めず、離れた位置でニヤニヤしながら様子を伺っていた。
「ゼニオ!」
周囲の丘の上に弓を持った大量のゴブリンどもが現れ、俺達を見下ろす。
1人不可解な姿のゴブリンが、台座に担がれた煙? を吐き続ける貝型のモンスターと共に現れた。
貝はミスティックシェル。霧を生み出すこの層の一部で見られるややレアなモンスター。ゴブリンと共生するなんて話は聞いたことがない。
いやそれよりも、貝を従えた不可解なゴブリンだ! 額の辺りから後頭部まで異様に頭部が肥大している。巨大なブロッコリーのようだ。
そいつは嗤って口を開いた。
「『雑魚漁り』のゼニオとゲンか。噂通りいい装備だ。一手間掛かったが、元は取れるな」
流暢に共通語を喋りやがるっ。
「ゼニオ!! ヤバいぞっ? どうする??」
「···くっそっ」
「殺れ」
ゴブリンどもは一斉に矢を放ってきた。スキルでわかる。鏃が濡れている。毒矢だな。
ゆっくりに見える。ゲンが吠えていた。ボルビン土木会の下働きは辛かったろうが、もったいないことしたよ。
俺は、なんだったか。そう、自警団で粉屋の息子と取り巻きがいい顔してるのが気に入らなくて、酒の勢いで粉屋のボンを殴っちまって。取り巻きに殺されそうになって村を逃げて···
鍵師の組合に拾われてそこも合わなくて辞めて、それからしばらく、あ、ちょっと待てよ、まだ、俺の人生のいいとこまで思い出せてねーぞ?
なにしろD+級の忍者職だ。銀のチャクラムと鋼の小太刀の二刀流で毒矢は14本は落としてやった。
そっから、29本ぶっ刺されて、俺はハスウォーカーの死骸だらけの水場に落っこちてった。
あとは真っ暗で、でもよ? そう、待、て···
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私はボコサレスで密かに買ってこさせている人類の高級葉巻の煙を吐き出した。
沁みるなぁ···
水晶玉では淡々と2体の死体の回収作業を指揮するユニーク個体、ビッグヘッドゴブリンが映されている。
「やるじゃないか。『ビッグヘッドゴブリン』の発生は久し振りだろう?」
「40年ぶりかと」
資料をめくる秘書のハイサキュバス。
「面白い。取り立ててマージビッグヘッドに進化させ、3層の手頃なワーフロッグの部族を指揮させてみろ」
「···前回のビッグヘッドゴブリンは最終的にマスターに叛逆し、わたくしが処することになったのですが?」
迷惑顔のハイサキュバス。
「その時はその時だ。若い才能を見守ろうじゃないか!」
「はぁ、ではそのように···」
嫌そうだが、ハイサキュバスは手配の為に下がっていった。
水晶玉で拡大してみると、実にふてぶてしい顔付き。前に叛逆した個体の顔も思い出せた。
映像を切る。
「面白い」
私に成り代わろうとする野心、才覚。それもまた、このダンジョンの良質な対価だ。ククク····




