1話 死因 ポーションをケチった
私はボコス山のダンジョン、ボコス迷宮のダンジョンマスター、マミーエンペラー。ここは温帯の山地で砂漠ではないがゆえあってここの主に収まっている。
まぁ、私のことはいい。退屈しのぎの方が大事だ。
私は水晶玉でたまたま目に付いた『死相の濃い冒険者パーティ』に注目した。
稀に生還することもあるがそれはそれで面白い。さて、彼らはどんな散り様を見せてくれるだろうか?
ククク···
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俺は手応えを感じていた。少し無理をして地下3層の『百の川の連なる層』まで降りてきている。
3層ならD級冒険者の俺達で問題ない深さだが、装備が貧弱だった。
リーダーの俺、戦士職のヨノキは皮防具に銅剣。鍵師のモッサンも軽装で短剣とショートボウと石鏃の矢。魔法使いのレミに至っては平服に魔法使い風の三角帽子に魔法教室の練習生が使う見習いワンドだけだった。
持ち道具も乏しい。ギリギリの野営用品と、汎用ポーションはもう1本きりだった。
「あと一息で、『奇妙なラピス』のリポップポイントだ。元が取れるぜ? へへ」
「いや! 引き換えそうっ。汎用ポーション1本きりじゃ保たない」
モッサンは鍵師だがお宝より安全を取るタイプだ。
「まずリポップの周期情報は確かなの? 空振りならもう今月の橋の補修費の積み立てが···」
そう、『30年壊れたままの貧しい故郷と街道を繋ぐ橋の再建費を稼ぐこと』それが同じ村出身の俺達の目的だった。
「そんなことより生きるか死ぬかだ。ヨノキ、レミ、急ぎ過ぎることはない。30年待たせたんだから数日余計に遅れるくらいどってこたないだろ?」
「ボルビン土木会は業突く張りよ。期日までに積み立てないとまたなんて難癖付けられるかっ」
「だから多少高くても他にも業者はいるだろ?」
「お金がないじゃないっ!」
「俺に怒鳴ったってさ!」
「やめろって。二人とも、リポップまでにやり過ごせないモンスターと出くわしたら撤退。帰りも、一層への直通エレベーターは遠過ぎるから2層経由で大回りしよう。スライムの群生エリアくらならポーション1本でも抜けられるだろ?」
「「···」」
返事はなかったが同意してくれたみたいだった。モッサンの言い分もわかる。ラピスのリポップがガセでも、地上に戻ったら橋再建計画は見直そう。
正直、俺は実家の貧乏農業にうんざりしてこの計画に乗っただけだ。モッサンもダンジョンの死体回収業から足を洗いたかっだけ。レミも酒場付きの給仕兼踊り子の仕事を辞めたかっただけだ。
多少の素養と、目的がある。それに俺達は縋っただけだ。
少し慌て過ぎたのかもしれないな···
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果たして、やり過ごせない程の感覚の鋭いモンスターと遭遇せず俺達は想定リポップポイントにたどり着けた。
そこには、
「あった! やったぞっ」
確かにダンジョンに魔力を得て、奇妙なラピス鉱石が露出していた。レミのライトの魔法に照らされ、妖しく輝いていた。
「マジかよっ。これだけありゃ3ヶ月分は支払い···いや、支払いは1月分にして装備と物資を改めよう。その方が効率的だ」
「よかった···やっと余裕ができるのね。馬屋に泊まるのもいい加減、辞めましょうよ?」
「ああ、まずは回収だっ」
俺達は奇妙なラピスを回収し、細心の注意を払って危険な3層から近場の階段で逃れ、比較的弱いモンスターしか出ない2層の『湿地と洞穴の層』に来た。
「疲れたね。ポーション少しもらっていい?」
「ああ、3分の1ずつ飲もう」
「俺もか? まぁ2層に上がれたしな」
俺達は公平にマズい汎用ポーションを3分の1ずつ回し飲みした。それなりには回復する。
「あとはスライム地帯を抜けるだけだ」
「ここまで来たらいっそ、モンスターの少ない東周りルートでもっと迂回して地上直通エレベーターまで行かないか?」
「冗談でしょ? モッサンっ。半日掛かるわ」
「いやしかし」
「まぁ、スライム地帯を抜けたらすぐ地下1層。1層まで行ったら安全に行こう。2層は回り道が多過ぎる。ラピスもこれだけあると重いしさ」
俺がほぼ1人で持ってるラピス入りリュックを見せると、慎重派のモッサンも渋々引き下がってくれた。
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スライム地帯の洞穴の通路は生臭い臭気はいつも通りだが、変に焦げ臭かった。
「誰か、後先考えず火魔法でも使ったようね」
「ここらの原種スライムどもはよく燃えるからな」
「···急ごう。原種スライムは火傷は上手く治せないから時間差で捕食衝動が強くなるって説が確かあったっ」
俺達は顔を見合わせて小走りに走りだした。
だがモッサンの悪い予感は的中! 半透明の原種スライムどもの内、火傷で死にかけのヤツらばかりが異常な執着心と素早さで俺達を追い回し始めた!!
「エアナイフ!」
風魔法で纏めて切り裂くレミ。だが数が多い。
「もう魔力がっ、明かりを維持できなくなる」
「荷物持ってやる! 走れ」
皮の盾を捨て、レミのリュックを取って俺達は走る。寄ってくる手負いのスライムは銅剣で斬る。モッサンも走りながら器用にショートボウを撃つ。
洞穴を抜けるにはあと5割はあるがどうにかいけるか?
···いや、それは前衛職の俺や足の速い鍵師のモッサン基準だった。
「はぁはぁ、待ってっっ」
荷物を持たなくて息も絶え絶えになるレミ。くっ、走りながらでもポーションを残しておけば···いや、ボルビン土木会に嫌味を言われてももう少し、ポーション1本余計に買える程度手元に金を残しておけば···
「あ」
フラついていたレミはスライムではなく、湿った通路の苔に足を取られあっけなく転倒。またたく間に火傷で激昂した手負いのスライム達に集られ見えなくなった。
「レミ!」
「ヨノキっ! もう無理だっっ」
自分のリュックも捨てて身軽になったモッサンに腕を取られた俺は、
「クソっ!」
レミのリュックを捨て、身軽になり、ラピス入りのリュックだけを背負って走った。
程なくレミのライトの魔法の明かりは消えた。明かりを放つ苔は多少あったがほぼ暗がりの中、俺達は気配頼りでも元々視覚に頼らないスライム達俺達を的確に狙う。
暗くなって有利と見たんだろう、手負いではないスライム達まで集まりだした。
走って、斬って、走って、斬って、走って、斬って···
消耗する中、段々、痩せた畑で痩せた両親と働いていた日の夕日や、子供の頃壊れた橋の後ろの石に座って速い流れの崖下の川を見ながら、
「私! 踊り子になる! 踊るの大好き!」
というレミと、
「俺は冒険者になりたい。ドラゴンとか、倒したい。なんてね、はは」
体格に恵まれなかったが戦士職志望だったモッサン。
「俺は頑張って働いて、この橋を再建するよ。何時間も回り道して、通行料払って品物を売ったりしてるから俺達の村は貧乏なんだよ!」
等と言っていた。
そうか、俺か。俺が言い出しっぺだったか···
「モッサン、積み立てより弔いとレミの実家に金を」
気付くとモッサンの気配がない。
振り返るとスライム達に集られているのが苔の鈍い光の向こうに見えた。
「い、行け···っっ」
失敗だ。
「ちくしよーっ!!」
俺は振り切って走った。集るスライム。斬り払う。安物の銅剣はスライムの酸に傷んで折れた。
それでも走る。洞穴の向こうにはダンジョンの魔力で灯る明かりがあり、洞穴暮らしのここの原種スライムは嫌うはずだ。
走って、走り抜けて···俺はスライムの洞穴から飛び出した。
転び、奇妙なラピスが散らばる。振り返るとスライム達は追ってこない。洞穴の中の2つの新鮮な餌を優先して暗がりに去っていった。
「はぁはぁはぁ···」
護身用の粗末なダガーは残っていたが、もう一歩も動けない。全身酸でダメージを受けていた。酷く、喉が渇いた。
俺は倒れたまま散らばったラピスを見て泣いた。
それでもダンジョンは非情だった。
「ケムん」
「ケムケム!」
モヒカン毛の芋虫のぬいぐるみのような下級モンスター。ケムシーノの群れが集まってきた。弱いヤツらだ。群れといっても十数体。視界も悪くない。
「は、はは。ゆ、夢、見させろよ」
俺はどうにかダガーを抜き、身体を起こしたが、立てない。焼けたように喉が渇いていた。
「···はぁはぁ、3匹くらいはさ、連れてってやるっ」
「ケムーーんっ!」
「ケームケムッッ!!」
腹ペコらしいヤツらは纏めて飛び掛ってきた。
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「惜しいね。金策してた風だが、技量のわりにショボい装備。安全第一であろうに」
鑑賞し終わった私が『ダースエリクサー』をグラスに注いでいると、
「マスター、3層のリポップ調整は引き続き『換金重視』でよろしいでしょうか?」
秘書のハイサキュバスが資料を手に確認してくる。
「そだね。3層くらいだと微妙な装備しか自然発生だと配置できないし、換金重視でいいよ。ここも古いからコスパ悪いと3層はスルーされがちだから」
「はぁ、ではそのように。ええと、ダンジョンリポップ調整錬成用の魔石の手配は···」
ハイサキュバスは忙しそうに退室していった。
3層なりに得る者は得て、失う者は失う。
良い対価の循環だ。クククク·····




