6話『ギルド長バルカスの疑惑』
「……おかしい。絶対におかしいぞ」
冒険者ギルドの一室で、ギルド長バルカスは脂汗を拭いながら書類を叩きつけた。
彼の目の前にあるのは、新米勇者アルトに押し付けたはずの「事故物件」――もとい、現在の『黄金の足跡亭』の報告書だ。
本来なら、呪いと借金で数日のうちに野垂れ死ぬか、泣きついてくるはずだった。だが、アルトは死ぬどころか、連日手強い魔物を狩っては「聖剣ルミナスのローン返済です!」と、律儀にギルドへ手数料を納めにくる。
しかも、バルカス自身の懐が、なぜか日に日に軽くなっている。隠し口座の金が、まるで砂が指の間からこぼれるように消えていくのだ。
「あのガキ、何か隠してやがるな。……おい、野郎ども! 面を貸せ!」
バルカスは数人の護衛を連れ、北端の店へと乗り込んだ。
「いらっしゃいませ。……おや、ギルド長ではありませんか」
店に入ったバルカスを迎えたのは、銀髪の物静かな青年――エリオット(ノアの人型擬態)だった。
カウンターでは、一匹の黒猫が退屈そうにあくびをしている。
「エリオットだと? フン、聞いたこともない名だな。アルトはどうした!」
「勇者様なら、本日は森のオークを狩りに出かけております。ご用件は、代理の私がお伺いしましょう」
バルカスは店内の棚をジロジロと眺めた。
そこには、ノアが昨夜狩ったシャドウ・ストーカーの牙や、アークが鑑定した「ただの石ころ(に見える高純度魔石)」が、無造作に、かつ不気味なほど整然と並べられていた。
「けっ、ゴミばかり並べおって。……いいか、ここはギルドの管理物件だ。最近、この店から『不浄な魔力』が漏れ出しているという苦情があってな。抜き打ち調査をさせてもらうぞ」
バルカスは強引に奥の執務室へ入ろうとした。その時、エリオットの手がバルカスの肩を優しく、だが逃げられない強さで掴んだ。
「おっと、失礼。……バルカス様、それよりご自身の『体調』を心配された方がよろしいのでは?」
「あぁ? 何を言って……」
言いかけたバルカスの顔が、急激に青ざめた。
エリオットの指先が触れた瞬間、バルカスの視界に、自分自身の財布から「透明な糸」が伸び、カウンターに置かれた一冊の古ぼけた本――アークへと繋がっている光景が見えた(幻覚だが)。
『(主殿、準備完了です。彼が以前サインさせた契約書の「譲渡条項」を今、発動させました)』
(ああ。……こいつがアルトから奪おうとしたもの、すべてを『手数料』として没収する時間だ)
「バルカス様。あなたがアルト様に押し付けた債務、実は……『サインした本人の最も大切なもの』を吸い出す呪いが掛けられていたようでしてね。……おや、お財布の中身だけでは足りなかったようです。次は、あなたの『健康』、あるいは『運』でしょうか?」
エリオットが耳元で囁く。その声は、バルカスには死神の宣告のように聞こえた。
「ひっ、ひぃ……!? な、なんだ、この寒気は……!」
バルカスの膝がガクガクと震えだす。
実際には、アークがバルカスの生命力をわずかに「鑑定」という名目で吸い取っているだけなのだが、極度の恐怖と後ろめたさが彼をパニックに陥れた。
「い、嫌だ! こんな店、もう知らん! 帰るぞ、お前ら!」
バルカスは護衛を突き飛ばし、転がるように店から逃げ出していった。
その拍子に、彼は入り口の段差で派手に転び、金貨の入った袋をぶちまけた。
「……にゃあ(ご苦労様)」
猫の姿に戻ったノアが、床に転がった金貨を前足でアークの方へ転がした。
『ふふ、臨時収入ですね。……主殿、あの豚はもう二度とここには近づかないでしょう。代わりに、彼がこれまでに横領してきた不正の証拠、すべて私の頁にコピーしておきました。……これ、いつか「餌」として使えそうですよ』
「……徹底してるな、アーク」
ノアは再びカウンターの上で丸まった。
まもなく、アルトが大きな獲物を担いで、何も知らずに「ただいま!」と帰ってくるはずだ。
【アークの記録帳】
• 個体名: ノア
• 種族: [虚無の残滓(擬態:人間 / 黒猫)]
• レベル: 5
• 称号: [影の支配者]
• 保有スキル:
• [捕食進化]
• [影の移動]
• [魔剣生成:ルミナス]
• [影の武装]
• [因果の搾取](New):契約の不備を利用し、対象の資産や生命力を合法的に(?)徴収する。
• アークの分析:バルカスからの「上納金」により、店の改装費を確保。アルト様には「ギルドからの特別ボーナス」と偽って渡しておきます。……主殿、そろそろアルト様に「次のステージ」――強力な魔物が住まう迷宮の情報を与えても良い頃合いです。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




