4話『ぼったくりと、聖剣のローン契約』
「うわぁ……掃除したら、案外広くて良い店じゃないか!」
額に汗を浮かべたアルトが、満足げに腰を叩いた。
半日かけて埃を払い、蜘蛛の巣を取り除いた店内には、午後の柔らかな光が差し込んでいる。だが、商品棚は空っぽ。カウンターには傷が目立ち、お世辞にも「繁盛しそう」とは言えない。
「さて、あとは商品をどうするかだけど……」
アルトが首を傾げたその時、店の奥、影の溜まっていた死角から一人の男が静かに足音もなく現れた。
銀色の髪を後ろで束ね、隙のない漆黒のコートを纏った青年。その瞳は冷徹な知性を湛え、どこか人ならざる美しさを放っている。
「――お困りのようですね、勇者様」
「うわっ!? だ、誰だ!?」
アルトが飛び退き、腰のなまくらな鉄剣に手をかける。
俺――ノアは、完璧なビジネス用の笑みを浮かべて一歩前に出た。
「驚かせて申し訳ありません。私はギルド長から、この店の店主として推薦されました。ノアさんの『友達』のエリオットと申します」
俺は適当な偽名を名乗り、恭しく一礼した。
ちなみに「ノア(猫)」は、今頃カウンターの下で丸まって寝ているという設定だ。
「友達? ああ、そういえば猫のノアが奥に走っていったけど……。エリオットさんだったのか!」
アルトは一瞬で警戒を解いた。信じられないほどチョロい。
俺はアーク――今は机の上に置かれた古ぼけた本のふりをしている相棒――と目配せをした。
『(主殿、演技が板についてきましたね。彼の心拍数は安定しています。完全に信じ込みました)』
「アルト様。ギルド長から聞いた話では、あなたは世界を救う勇者を目指しておられるとか。……ですが、その腰の得物では、スライムを斬るのが関の山でしょう」
「うっ……。やっぱりわかるか? 昨日の雨でちょっと錆びちゃってさ……」
俺は、自分の手のひらから「影」をわずかに抽出し、それを実体化させた。
現れたのは、刀身にどす黒い紋様が刻まれ、中央に妖しく光る紅い宝石が埋め込まれた一振りの長剣。
俺の体の一部であり、持ち主が敵を倒すごとにその精髄を俺に「上納」する、吸魂の魔剣だ。
「これは古の秘宝、『魂喰らい(ソウル・イーター)』……もとい、『成長する聖剣・ルミナス』です。持ち主の成長に合わせて、剣自体も進化する伝説の逸品ですよ」
「せ、聖剣ルミナス……! すげぇ、なんて神々しい輝きなんだ……!」
アルトの目には、禍々しい影のオーラが「聖なる輝き」に見えているらしい。
「本来、金貨500枚は下らない代物ですが……。将来有望なあなたに投資したい。そこで、特別なローンをご提案しましょう」
俺はあらかじめ用意していた契約書を広げた。
「頭金なし。月々、獲得報酬の7割を納めていただければ結構です。ただし、支払いが滞った場合は……あなたの『経験値』で補填させていただくという、非常にリーズナブルな内容です」
「報酬の7割!? ……いや、でも、こんな凄い剣が手に入るなら安いもんか。それに経験値を払うってのは、もっと頑張れって意味だよな? 厳しいけど、俺のためを思ってくれてるんだ!」
アルトは感動に震える手で、羽ペンを握った。
『(……主殿、恐ろしい男です。彼にとって、これは「親切な支援」に変換されています)』
「さあ、ここにサインを。これであなたとこの店は、運命共同体です」
アルトが署名した瞬間、契約書が淡い黒光りを放って消えた。
これでアルトが魔物を倒すたび、その魂の大部分は剣を通じて俺の「糧」となる。
勇者が汗をかいて働き、俺は店でふんぞり返ってその成果を吸い上げる。完璧なビジネスモデルの完成だ。
「ありがとう、エリオットさん! 俺、この剣と一緒に、必ず有名になってこの店を繁盛させてみせるよ!」
「ええ、期待していますよ……『勇者様』」
俺はアルトを送り出し、閉まったドアの影で本来の「猫」の姿に戻った。
アークがパタンと表紙を閉じて笑う。
『お見事。これで勇者という名の自動集金システムが稼働しました。……さて、次は店を飾るための「魔物の剥製」でも狩りに行きますか? もちろん、本物の魔物を擬態させただけの、生きたガーディアンですが』
「ああ。……面白いことになってきたな」
俺はアルトが置いていった、安っぽい鉄剣を一口で噛み砕いた。
鉄の味が、妙に愉快だった。
【アークの記録帳】
• 個体名: ノア
• 種族: [虚無の残滓(擬態:人間 / 黒猫)]
• レベル: 2 → 3(契約による魔力還元で上昇)
• 称号: [高利貸しの店主]
• 保有スキル:
• [捕食進化]
• [魔剣生成:ルミナス](New):自身の体細胞を用いた寄生型武器。装備者の獲得経験値を常時70%徴収する。
• [擬態:人間]
• 保有資産: アルトとの専属ローン契約(将来的な利益:絶大)
• アークの分析:アルト様、意気揚々と狩りに出かけましたが、彼が強くなればなるほどノア様のレベルが上がるという永久機関が完成しました。……これが「勇者育成」の醍醐味ですね。
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