3話『道具屋「黄金の足跡亭」開店』
翌朝、はじまりの街に降り注ぐ陽光は、昨夜の雨が嘘のような快晴を告げていた。
……もっとも、俺にとっては眩しすぎて不愉快極まりないが。
「よし、行くぞノア、アーク! 今日から俺たちの伝説が始まるんだ!」
宿の安っぽい朝食(薄いスープと硬いパン)を平らげたアルトは、鼻息も荒く俺たちを連れ出した。
俺は彼の肩の上で、あくびを噛み殺しながら周囲を観察する。アークは腰のベルトに括り付けられた古ぼけたポーチの中に収まり、静かに周囲の魔力をスキャンしていた。
たどり着いたのは、街の中心に構える冒険者ギルド。
荒くれ者たちの怒号と酒の匂いが混じり合う、文字通りの伏魔殿だ。
「おい、新入り。そこをどけ」
入り口で大男に肩をぶつけられたアルトが、バランスを崩してよろめく。
その瞬間、アルトの足元で「カラン」と乾いた音がした。
「……あ、金貨?」
アルトが足元を拾い上げる。そこには、誰が落としたのか、あるいはどこから沸いたのか、眩い純金貨が一枚落ちていた。
「おいおい、そいつは俺の……」
と、肩をぶつけた大男が戻ってこようとした瞬間、彼は自分の足でもつれて派手に転倒し、周囲の笑い者にされた。
『(……主殿、見ましたか。これですよ。一切の脈絡なく、世界が彼に味方する。これが固有スキル[幸運:極]の正体です)』
(反吐が出るな。……だが、好都合だ。アーク、あの奥でニヤけている脂ぎった豚がターゲットか?)
『(はい。この街のギルド長、バルカス。汚職と横領の常習犯です。彼は今、アルトが拾った金貨を見て、どうやって巻き上げるか考えていますね)』
案の定、ギルド長のバルカスが揉み手で近づいてきた。
「おやおや、幸運な若者だ! 私はギルド長のバルカス。君のような前途有望な新人を助けるのが私の役目でね。……どうだい、その金貨。ただ持っているより、この街で『投資』に使ってみないか?」
バルカスが提示したのは、街の端にある「呪われた事故物件」の権利書だった。
かつて道具屋だったが、店主が謎の失踪を遂げ、多額の借金だけが残ったという、誰もが避けるゴミ物件だ。
「投資……ですか? 俺、仲間と拠点が欲しかったんです!」
アルトの純粋な瞳が輝く。バルカスは心の中で「カモが来た」と嘲笑ったことだろう。
だが、その影で俺はアークと意識を共有し、権利書の裏側に隠された「真の価値」を暴いていた。
『(鑑定終了。……主殿、当たりです。その物件、地下に「古の魔力溜まり」が直結しています。バルカスはその価値に気づいていない。ただのボロ屋だと思っています)』
(上出来だ。……アーク、あの豚が書いた契約書の「利息」の部分、書き換えておけ。アルトがサインした瞬間、負債がバルカス自身に転移するように)
『(御意)』
アルトはバルカスの甘い言葉に乗せられて、無造作にサインした。
契約が成立した瞬間、バルカスの顔が一瞬だけ青ざめた。彼には自覚がないだろうが、因果の糸が今、強制的に繋ぎ直されたのだ。
数時間後。
街の北端、蜘蛛の巣だらけの廃屋の前に俺たちは立っていた。
「ここかぁ……。ちょっとボロいけど、掃除すればなんとかなるよな!」
「にゃあ(前向きすぎるだろ)」
アルトが腕まくりをして中に入っていく。
俺はその後ろ姿を見送りながら、アークを咥え、ポーチから引きずり出し、誰も見ていない店内の闇の中へと歩みを進めた。
「さて、アーク。そろそろ俺も『店主』の姿を準備しないとな」
俺の影が膨れ上がり、猫の輪郭を飲み込んでいく。
影の中から現れたのは、仕立ての良い黒いコートを纏い、どこか人間離れした知性を湛えた銀髪の青年――ノアの「人型擬態」だった。
「……ふむ。やはり人型の方が呼吸がしやすい」
『(お似合いですよ、主殿。さて、これよりこの場所を拠点とし、勇者を広告塔に据えた「黄金の足跡亭」の運営を開始します。……まずは、アルト様に「ギルド長から店主を紹介された」と思い込ませるための記憶操作の準備を)』
「ああ。……あのお人好しなら、俺が『ギルド長から推薦された。』と名乗れば、二つ返事で信じるだろうさ」
俺は口角を吊り上げ、埃を被ったカウンターの埃を指で払った。
勇者の幸運。魔導書の知恵。そして魔神の武力。
世界で最も不釣り合いな三人が揃った店が、今、静かに産声を上げた。
【アークの記録帳】
• 個体名: ノア
• 種族: [虚無の残滓(擬態:人間 / 黒猫)]
• レベル: 2
• 称号: [裏の店主]
• 保有スキル:
• [捕食進化]
• [影の移動]
• [擬態:人間(New)]:魔力を消費し、任意の人間形態を維持する。
• [魔眼:小解析]:対象の表層的な価値を見抜く。
• 保有資産: はじまりの街の廃屋(地下に魔力溜まりあり)
• アークの分析:ギルド長バルカスへの逆呪詛(借金転移)は完了しました。アルトの幸運に守られている限り、この店に税務調査が入ることもないでしょう。……さて、主殿。次は「何を売るか」ですね。
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