エピローグ:世界一平和で、怠惰なスクラップ
「希望の芽吹き村」の午後は、相変わらずのどかだった。
かつて魔神を葬った聖なる地も、今はただの「日当たりの良い田舎村」だ。
「えいっ、とうっ! ……ふぅ、やっぱり剣の修練は疲れるなぁ」
村の外れで木剣を振るっているのは、少年のアルトだ。
かつて「全次元の勇者」だった面影はまだない。だが、その瞳には真っ直ぐな光が宿っている。
「にゃーん(……腰が高いぞ、アルト。その構えじゃ、スライムにさえ逃げられる)」
俺は近くの切り株の上で、お腹を出して日向ぼっこをしながら欠伸をした。
今の俺は、どこからどう見てもただの黒猫だ。かつての圧倒的な魔力も、神を喰らう翼も、すべて「内側の深い闇」に仕舞い込んである。
『(主殿。……口ではそう仰っていますが、先ほどアルト様の足元に転がってきた毒蛇を、視線だけで「消去」したのはどこのどなたですか?)』
(……うるさい。せっかくの昼寝を邪魔する『ゴミ』を掃除しただけだ)
アークのノートは、今や俺の毛並みの中に隠れ、実体を持たない思考のパートナーとなっていた。
「よし、今日はここまで! ……おいで、ノア。おやつにしよう」
アルトが俺を抱き上げる。
その腕の中は、かつて俺が支配したどの玉座よりも心地よく、温かい。
アルトが懐から取り出したのは、少し不恰好だが心のこもった手作りのクッキーだ。
「これ、リナリア……じゃなくて、村長さんの娘さんがくれたんだ。ノアにも半分やるよ」
俺は差し出されたクッキーを、カリカリと咀嚼する。
かつて神の心臓を喰らった俺にとって、それはどんな魔力結晶よりも深い「幸福」というエネルギーに満ちていた。
ふと見上げると、空の境界線が微かに揺らいでいるのが見えた。
かつて俺が排除した「女神の未練」の残りカスが、小さな塵となって消えていく。
(……アーク。世界の状態はどうだ?)
『(極めて良好です。大きな歪みもなく、あなたの「整理」のおかげで、この世界はあと数万年は勇者なしでも平和に回るでしょう。……ただ、あなたの好物が「最高級の煮干し」に固定されてしまったことだけが、唯一のバグと言えるかもしれません)』
(ふん。……たまには、安上がりの幸せも悪くない)
夕暮れ時。
村へ戻る道すがら、アルトは楽しそうに未来の夢を語っていた。
「いつか俺、すごい冒険者になって、ノアと一緒に世界中を旅するんだ! それで、困っている人をたくさん助けるんだよ」
「にゃお(……勝手にしろ。ただし、危なくなったら俺が影で片付けてやるがな)」
少年の夢を守るために、神すらも欺き、世界を一度壊して作り直した猫。
そんな真実を、アルトは一生知ることはないだろう。
それでいい。それが、この「世界一贅沢な片付け」の結末なのだから。
オレンジ色に染まる畦道に、二つの影が長く伸びる。
一つは少年の影。そしてもう一つは、時折、巨大な獣の形に揺らめいては、すぐに小さな猫の形に戻る、漆黒の影だった。
【アークの最終記録】
• 個体名: ノア
• 現在の役割: アルトの飼い猫(兼・世界の掃除屋)
• 今日の戦利品: アルトのクッキー半分
• 村に迷い込みそうになった次元のバグ(0.001秒で捕食)
• 分析:全次元の「スクラップ・プロジェクト」は完全に終了しました。
これ以上の介入は不要と判断し、本記録を凍結します。
……おやすみなさい、主殿。また次の「お片付け」が必要な時まで。
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