2話『魔王軍、内部崩壊の予兆』
魔王軍四天王の一人、ザガンが「偵察」に旅立ってから数日が経過した。
魔王城の謁見の間では、残された三人の四天王が苛立ちを募らせていた。
「遅すぎる。ザガンの奴、たかが人間の村一つ潰すのに何を手こずっているのだ」
苛立たしげに爪を鳴らすのは、四天王が一人、変幻のシルフィーヌ。
風を操り、隠密と暗殺を得意とする彼女は、ザガンのような「力押し」の男が戻らないことに不信感を抱いていた。
「……ふふ、案外、勇者の美少女にでも骨抜きにされたんじゃないかしら?」
「笑えん。……シルフィーヌ、貴様が行け。ザガンを回収し、ついでにその村を『無』に帰してこい」
魔王の代理として玉座の脇に立つ影の命令に、シルフィーヌは不敵に笑って姿を消した。
数時間後。シルフィーヌは風の刃となって「希望の芽吹き村」へと舞い降りた。
彼女はまず、上空から村の様子を観察した。
「(……何かしら、あの男は。ザガンに似ているけれど、あんなに穏やかな顔をするはずが――)」
彼女の視線の先には、エプロンを身に着け、額に汗して巨大な石臼を回している大男の姿があった。
「ザガン殿! 次の粉が引けたよ! 助かるなぁ!」
「オウ、任せておけ勇者。……この粉で焼くクロワッサンは、魔王城の配給食よりよっぽど『力』が湧くからな」
ザガンは、アルトと親しげに笑い合いながら、山のような小麦粉を運んでいた。
かつて「鉄血」と恐れられた男の姿はどこにもない。そこにあるのは、村の物流を支える、ただの「力持ちのザガンさん」だった。
「(……狂ったの? 脳を焼き切られたの? それとも、あまりの恐怖に精神が崩壊したの!?)」
シルフィーヌは身震いした。
彼女は姿を消したまま、ザガンに近づき、耳元で鋭く囁いた。
「ザガン、何をしているの。目を覚ましなさい。魔王様がお怒りよ」
「……シルフィーヌか」
ザガンは表情を変えず、石臼を回す手を止めなかった。
「……逃げろ、シルフィーヌ。ここは地獄だ。だが、焼き立てのパンと適切な労働条件がある地獄だ。……魔王軍のブラックな環境に戻るよりは、マシだぞ」
「何を言って――」
「にゃお(その通り。うちの福利厚生は、死ぬほど手厚いぞ)」
シルフィーヌの背後から、冷ややかな声が響いた。
彼女が振り返るよりも早く、周囲の「空気(風)」が凝固した。
「(なっ……!? 私の風が、動かない!? 空間そのものが……食べられている!?)」
『(主殿。ターゲットの風魔法、および存在座標を「因果捕食」にて固定完了。……彼女の風の権能は、村の「全自動換気・冷暖房システム」として極めて有用なスクラップになります)』
俺は、影の中からヌリリと姿を現した。
絶望に顔を歪めるシルフィーヌを見上げ、俺は最高に「慈悲深い」笑みを浮かべた。
「にゃーん(さあ、お前も『契約書』にサインしろ。……拒否するなら、お前の風の権能だけを剥ぎ取って、ただの扇風機にしてやるが?)」
翌日。
「希望の芽吹き村」には、爽やかな風が常に吹き抜けるようになった。
村の広場では、透き通るような美貌を持った女性が、顔を引き攣らせながら巨大な団扇を振り、村全体の空気を循環させていた。
「あはは! シルフィーヌさんも働き者だね! おかげで夏でも涼しいよ!」
アルトの無邪気な声が響く。
ザガンはパンを齧りながら、同僚となった彼女に同情の視線を向けた。
「……慣れろ。ここは、逃げ出すよりも『働く』方が楽な場所だ」
俺はカフェのテラス席で、アークの頁に新たな「従業員データ」が刻まれるのを眺めていた。
【アークの記録帳】
• 個体名: ノア
• 種族: [神を喰らう影]
• レベル: 25
• 称号: [聖獣]、[はじまりの王]
• 保有スキル:
• [捕食進化]、[影の移動]、[魔剣生成:ルミナス]、[影の武装]、[影の支配]、[偽造の奇跡]、[影の代行者]、[光輝の反転]、[NPCマスク]、[記憶の断片化]、[影の自白剤]、[影の過負荷]、[因果捕食]、[神威の眼]
• 新加入スタッフ:
• 変幻のシルフィーヌ(元・魔王軍四天王):現在、村の気候管理・換気システム担当。
• アークの分析:四天王を二人確保。村のインフラが劇的に改善されました。……主殿、魔王軍の『人事部』がパニックを起こしているようです。次に来るのは、おそらく最も忠誠心の高い「あいつ」でしょう。
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