7話『王都の洗礼と、猫の爪跡』
王都グラン・セラム。
石造りの壮麗な街並み、空を突くような白亜の城、そして街全体に漂う香水の匂いと――その裏にこびりついた、金と欲望の腐臭。
「すげぇ……! 人がはじまりの街の100倍はいるぞ!」
馬車の窓から身を乗り出すアルトの瞳は、純粋な驚きに輝いている。
俺は彼の肩で「にゃーん」と鳴き、アークと共に街の「密度」を測定していた。
『(主殿。流石は一国の中心。魔力の流れが複雑に絡み合っていますが、その大半は貴族街の結界に吸い取られています。……搾取の構造がはじまりの街より洗練されていますね)』
(……ああ。美味しい餌が、あちこちに転がっていそうだ)
その夜。フェルナンド公爵主催の、アルトを「歓迎」するための晩餐会が開かれた。
豪華絢爛なシャンデリアの下、着飾った貴族たちが、田舎から来た勇者を値踏みするように眺めている。
「……勇者様、背筋を伸ばして。失礼のないように」
隣に立つ聖女リナリアも、今夜ばかりは純白のドレスに身を包み、完璧な令嬢の仮面を被っている。だが、その手首は緊張で微かに震えていた。
「よぉこそ、辺境の救世主殿」
人混みを割り、肥満体の男が歩み寄ってきた。今夜の主賓、フェルナンド公爵だ。
彼の背後では、数人の取り巻きがクスクスと下品な笑い声を漏らしている。
「ドラゴンを倒したというから、どれほどの剛の者かと思えば……。案外、可愛らしい少年ではないか。ははは、その腰の剣は、もしかして玩具かな?」
「これは、エリオットさんに借りた聖剣ルミナスです! すごく強いんですよ!」
アルトが正直に答えると、会場中に嘲笑が広がった。
「聖剣だってよ」「貸し物か、傑作だな」「田舎者は騙されやすくて助かる」
さらに、公爵の腰巾着である子爵が、アルトの足元にいた俺に目を留めた。
「おやおや、晩餐会に野良猫を連れてくるとは。……勇者殿、王都では獣は皿の上に乗るものですよ?」
子爵がニヤニヤしながら、俺に向かってワインをぶっかけようとした――その瞬間。
(……アーク。こいつの『秘密のスクラップ』、一番えげつないやつをぶちまけろ)
『(承知いたしました。……ターゲット:バルト子爵。隠し事:「公衆の面前での女装癖」および「公金による高利貸しへの多額の借金」。……投影を開始します)』
俺が[影の支配]を微かに動かすと、会場の影が揺らめいた。
次の瞬間、子爵がアルトを罵倒しようと口を開いた瞬間、その声は勝手に「自白」を始めた。
「――私が愛しているのは、深夜に亡き妻のドレスを着て鏡の前で踊る時間だ! 借金取りから逃げるための金は、すべてこの公爵の裏帳簿から盗んでいる!」
「……え?」
会場が、静まり返った。
子爵は自分の口を押さえて絶叫しようとしたが、影が彼の喉を操り、止まらない。
「公爵! 貴方の愛人に手を付けたのも私です! 枕元で貴方のハゲ頭を笑うのが、彼女との一番の楽しみでした!」
「な……ッ、何を言っているのだ、貴様ァァァッ!!」
顔を真っ赤にしたフェルナンド公爵が叫ぶ。
だが、連鎖は止まらない。俺はアークと共に、嘲笑していた取り巻き全員の「影」に干渉した。
「私が聖堂に寄付した金は、すべて地下賭博の負け分を洗浄したものです!」
「実は、私の家系図は三代前から偽造されています!」
「私は昨日、公爵の靴に唾を吐きました!」
華やかな晩餐会は、一瞬にして地獄の暴露大会へと変貌した。
貴族たちが互いの胸ぐらを掴み合い、ワインが飛び交い、ドレスが引き裂かれる。
「……ええっと。王都の晩餐会って、こういう……本音で語り合う場所なのか?」
呆然とするアルト。リナリアもまた、口を半開きにしてこの「怪現象」を見つめていた。
彼女の聖なる力が、一瞬だけ俺の影に触れたが、俺は[光輝の反転]で「ただの幸運の波動」として誤認させた。
「……にゃあ(楽しそうだな、お前ら)」
俺は公爵の足元を悠々と通り過ぎ、テーブルの上の最高級スモークサーモンを一切れ、優雅に口に運んだ。
王都の洗礼?
いいや、これは俺たちがこの国を「解体」するための、前菜に過ぎない。
【アークの記録帳】
• 個体名: ノア
• 種族: [影纏いの神獣]
• レベル: 14
• 称号: [社交界の破壊者](New)
• 保有スキル:
• [捕食進化]、[影の移動]、[魔剣生成:ルミナス]、[影の武装]、[影の支配]、[偽造の奇跡]、[影の代行者]、[光輝の反転]
• [影の自白剤](New):対象の影を媒介に、本人が最も隠したい秘密を強制的に発言させる。
• アークの分析:フェルナンド公爵の派閥、一夜にして崩壊の危機です。……主殿、公爵が激昂して「勇者の実力検分」と称した決闘を仕掛けてくる確率、98%です。
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